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敗北の国  作者: Lv:7
12/13

雷の音


――雷鳴が、空を裂いた。


ルメルの南西。帝国軍の一部隊が動きを見せたという報が入ると、カイは即座に動いた。風を纏った脚で地を蹴り、誰よりも早く現場へと急行する。


かつての彼なら、周囲を気遣い、仲間と連携していたかもしれない。だが、今の彼にはもう、何もなかった。


セリナも、マークも、守れなかった。


罪も贖えず、戦友も、愛しい人も失った。


ただ、戦うことしか残されていなかった。


**


丘にたどり着いた時、既に帝国兵たちが展開を終えていた。


その中央。白銀の髪を靡かせ、雷の気配を纏った一人の女将校が立っていた。


その姿に、カイの足が止まる。


「……セリナ……?」


あまりにも似ていた。髪、構え、魔力の質……その全てが、セリナの面影を思い起こさせる。だが、彼女は確かに死んだ。マークの魔法で。自らの目で、手で、亡骸を抱いた。


違うと分かっていても、心がざわつく。


「名を名乗れ!」カイは剣を構え、叫ぶ。


女将校は答えない。ただ、淡々と雷の剣を構え、無言のまま距離を詰めてくる。


その動き――まさしく“雷”だった。


瞬間、女の体が空気を裂き、目にも留まらぬ速度で迫る。


「くっ!」


カイは風を纏った体をひねり、間一髪でかわす。すれ違いざまに交差する剣。火花と雷鳴が弾け、空間が振動した。


(速い……!)


だが、怯んでいる暇はない。反撃の風刃を放つが、女は雷の跳躍で難なくそれをかわす。地に着地するより早く、次の一撃が飛んでくる。


「……なぜ、そんな目で俺を見る……セリナと、同じ目を……っ!」


風の力を極限まで高める。瞬間的に視界が白く染まり、突風が吹き荒れる。その風を乗せた剣が女の脇腹を捉える。血が飛び散り、女の身体が吹き飛ぶ――


だが、倒れない。


「……!」


女将校は姿勢を崩さず、雷の魔力を爆発的に放出しながら突っ込んできた。その速度は、先ほどの比ではない。


(このままじゃ……!)


迎え撃つカイ。風と雷の渦の中、最後の一撃を交わす。風刃と雷剣が交錯した刹那、風がかき消され、視界が真っ白になった。


――ずぶり、と重く鈍い音。


視界が戻った時、女の剣がカイの胸を貫いていた。


「……っ……あ……」


血が、口からこぼれ落ちる。足に力が入らない。女は言葉を発することなく剣を引き抜き、静かに後退する。


「……まだ、終わって……ない……!」


風が、再びカイの体を包む。意識が薄れゆく中で、それでも彼は一歩、また一歩と足を進めようとする。


だが、その身体は限界だった。


胸から流れる血が止まらない。魔力も、風も、もう応えてくれなかった。


「俺……こんな場所で……」


ふと、頭に浮かぶ言葉があった。


『帰ったら……王都のパン屋に行こう。もちろん、私の奢りだ』


(行きたかった……な……セリナ……)


視界がぼやける。女の姿も、帝国兵も、遠く霞んでいく。


カイの膝が崩れ、ゆっくりとその身が倒れ込む。


「……パンは……好きか?」


気づけば、彼の口からその言葉が漏れていた。


目の前の女は、少しだけ驚いた表情を浮かべ、カイに答えることなく立ち尽くす。


その瞬間、カイの視界が完全に消えた。


風が、彼の体を撫でるように吹き抜けた。


**


その後、帝国の雷使いの女は小隊を率いて撤退。


カイの遺体は、誰にも発見されることなく、戦場の中に埋もれていった。


――そして、その地に咲いた一本の白い野花が、風に揺れていた。

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