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敗北の国  作者: Lv:7
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徴兵の朝

朝露がまだ土を濡らしていた。

風もなく、どこまでも静かな、田舎の朝。カイは畑の端に腰を下ろし、土に染まった掌を眺めていた。


 


「……終わったな」

そう呟いたのは、畑仕事ではなく、目の前に貼られた紙切れのせいだった。


村の掲示板には、王の印が押された紙が数枚、風に揺れていた。

『緊急動員令』——それはこの国の若者にとって、死刑宣告とさして変わらない。


 


「お前もか、カイ」

声をかけてきたのは、幼なじみのマークだった。肩から古ぼけた荷袋を提げ、泥のついた靴を引きずっている。


「見たか、あの紙……あいつ、動員令なんて、また大げさなもん書きやがってよ」


「マーク……」


「なぁ、オレらが何した? 村で畑耕してただけだろ。戦争なんか、貴族の道楽だろうが……なんでオレらが、殺し合わなきゃならねえんだよ」


 


カイは返せなかった。ただ、手にした徴兵状を握りしめていた。


王国は、いま戦争をしている。ヴァルド帝国との全面戦争。

遠い話のように思えていたが、ついにそれは、足元にまで届いた。


 


その日の午後、彼らは村を出発した。馬車一台に数十人の若者。

兵士になるための訓練も、猶予もなかった。国が欲しているのは“兵”ではない。

ただの「肉壁」だった。


 


数日後、前線の軍営に着いたカイたちは、配属先を割り振られた。

名前を呼ばれたカイは、不安げに一歩を踏み出す。


「第三小隊所属。上官はセリナ中尉だ。すぐに顔を出しておけ」


セリナ。

その名を聞いた瞬間、なぜか胸の奥が妙にざわついた。


 


———


 


夕刻、指定された天幕の前でカイは軽く咳払いをした。


「……カイです。新しく配属されました」


「入って」


低く、涼やかな声。

中に入ると、そこには一人の女性士官がいた。淡い銀髪を肩に流し、冷たい目を地図に落としている。


「私はセリナ中尉。君は歩兵? 剣の扱いは?」


「……ほとんど素人です」


「なら、死なないように気をつけて。私も、君の死体を拾う暇はないから」


一見、冷たい言葉だった。

だがその横顔には、多くの死を見てきた者の影が宿っていた。


カイは、なぜかこの人に守られたいと思った。

そしてそれと同時に、自分の命が他人任せでしかないことにも気付いた。


 


———


 


その夜、寝床の藁の上でカイは、黙って天井を見上げていた。


マークはすでに寝息を立てていた。

遠くで雷のような音が鳴っている。前線の砲撃だろうか。


彼は拳を強く握りしめた。

この戦争で生き残れる保証は、どこにもない。

だが今はまだ、恐怖よりも現実感のなさの方が勝っていた。


 


——明日から、戦争が始まる。


彼はそう思った。


まだ、このときは知らなかった。

自分がこの戦争で何を失うのかも、そしてその結末に何も残らないことも。

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