第五話「保健室で失態する」
大丈夫だと言っても「とりあえず」と流されて、保健室でしばらく休まされる事になった。
外界とカーテンで仕切られたベッドの上で寝転んでいられるは、どこか特別感があって安心する。
するけど……
「(別に体調が悪い訳でもないのに休んでいて良いのかな?)」
それと同時に不安もある。
本当に体調が悪い人が来た時に迷惑をかけそうだし、実は体調が悪くないってバレて怒られそうで怖い。
それにあの子にも迷惑かけちゃったし。
ええっと……
「あれ……名前、なんだったっけ……?」
顔は思い出せる。しかし名前を思い出そうとすると途中で止まる。
さっきまで普通に思い出せていたし、喋っていた相手。
それなのに名前が出てこない。
「え? なんで?! なんで思い出せないのっ?!」
パニックになり叫ぶよう声を上げる。
当然ながらその疑問に答えてくれる人はいない。
代わりに私の声で保健室の先生が慌ててやって来る。
「どうしたの?」
「あ、すみません。なんでもないです」
心配する先生に無事を伝える。
訝しげな表情を浮かべつつも「そう」とだけ言って先生は去って行く。
「(変な子って思われたかな……)」
自分の不注意で印象を悪くするのは嫌だ。
しかし不安に感じるけど、確認する術はない。
仕方がないと諦めてヒビの事について考えるべく思考を切り替えようとした所、誰かがまたやって来たのかカーテンに人影が映る。
寝転がっているから少し分かり難いけど、さっき保健の先生が来る時に見えた影よりも高くて肩幅も広い気がする。
「九重。大丈夫か?」
カーテンの前にいるのは担任の先生だったらしい。
「あ、はい。大丈夫です!」
思わず大丈夫、と返してしまったけれど、今の自分は体調が悪いという体でここにいる事を思い出す。
だから慌てて訂正を入れる。
「あ、えっと! 私は大丈夫なんですけど、大丈夫じゃないみたいです!」
しかし頭でしっかりとまとめる前に発言してしまったため滅茶苦茶な返答になってしまった。
本当は「私(自身の見解で)は(元気で)大丈夫なんですけど、(友達が言うには)大丈夫じゃないみたいです!」と言うはずだったのに。
「そうか。なら良かった」
だと言うのに先生は納得してくれた。
困惑していると彼は続ける。
「実はさっき高野がな、慌てて先生の所に来て九重の体調が最悪だーって。息切らしながら言うからビックリしたよ」
「っ!?」
先生にも心配かけちゃった……
心が締め付けられる。また失敗してしまった。
一日に何度も失敗をした。全部私がやった事だ。
「(どうして私って、こんなに出来が悪いんだろう……)」
不出来な自分を自分が許せない。
そんな気持ちに気を取られていたせいで、明るく笑うように喋っている先生の様子に気がつけなかった。
「大丈夫そうなら良かったけど、もし辛いなら親御さんに連絡──」
「! 大丈夫です! 大丈夫ですから連絡は良いです!!」
「お……おう。それじゃあ、次の体育の先生には私から言っておくから。安静にするんだぞ」
聞き逃せない言葉に再度声を荒げてしまう。
本当になんの体でここにいるのか。
先生は若干気圧され早々に保健室を去って行った。
元気である事にお咎めを受けずに済んだのは嬉しい反面、まだ胸に罪悪感がへばりついている。
しかし身体は呑気な物で、お腹の音が小さく鳴る。
「あ、お昼。まだ食べれてない」
気持ちは重いままなのにお弁当の事が気になり始める。
今日の給食弁当は特別好きな物もなければ嫌いな物も入っていなかった。
だから食べれなくても困らないけど、授業中にお腹が鳴るのは恥ずかしい。
皆には先に食べてと伝えておいたから待たせちゃうって事がないのが唯一の救いかなー。
私のせいで食べれない……なんて事はないか。
私のためにずっと食事を我慢してくれる。なんて、そんな事は起こらないか。ははは。
「……名前。高野さんだ。良かった思い出せて」
自虐したのに少しだけ心が楽になった。
それでふと、名前を忘れていた子の顔を思い出す。
先生が名前を言ってくれたお陰でフルネームで思い出せた。
次会った時に名前を言えなかったらって考えるだけでゾッとする。
学校で少しアクシデントはあったものの、その後は復帰していつも通りで過ごし終える事が出来た。
家に帰ってからもお母さん達から何か言われる事もなかった。
お風呂から上がり、ようやく私の時間になる。
「昨日はログイン出来なかったから、今日はその分もやらないと」
ヘッドフォンを着け、事前に起動させておいたパソコン。
いつもはスマホでログインしているけど、たまにはパソコンでプレイしたくなったので今日はパソコンにする。
ゲームが起動して待機画面には苦労して作ったアバターが映る。
視線を左上に向けるとオンラインフレンドが「1」になっている。
その人のチャットで「お邪魔して良いですか?」と伝えるとすぐに了承が返ってきた。
「いつも早い」
そう感じつつ入室する。
私のアバターの横にフレンドのアバターが椅子に座っている。
黒をメインとした衣装で、忍者を模した様なアバター。
最初の頃は、女の子のアバターだから可愛くすれば良いのにって思っていたけれど、今となってはこの衣装もカッコいいと感じている。
「こんばんはー」
『……こんばんは』
マイクに向けて喋ると落ち着いた声音で挨拶が返ってくる。
「(男の人の声が耳元で聴こえるって、やっぱりまだ慣れないなぁ)」
ヘッドフォンから聴こえてきたフレンドの声に少しだけくすぐったさを感じる。