第二話「朝起きて」
スマホのアラームでようやく目が覚める。
スヌーズになるようにしてアラームを止め、身体を起こす。
「朝、か……」
重たいまぶたを上げれば白の布地に数匹の色違いの兎が刺繡されたタオルケットがぼやけて映る。
そして窓から差し込む朝日によって否応がなしに朝が来た事を知らせてくる。
「ああ……嫌だ嫌だいやだ。起きたくない、学校行きたくない、もっと寝てたい、人に会いたくない。嫌だ嫌だいやだ面倒くさい。会いたくない行きたくない会話したくない。見られたくない変て思われたくない嫌われたくない死にたい我慢したくない。でも我慢しないと離れて行っちゃう嫌われちゃう。それも嫌だ、でもやるのも嫌だいやだ……」
その憂鬱な知らせに低く唸って身体から暗い気持ちが漏れ出る。
まるでドロッとした気色の悪い、どす黒いヘドロの様な気持ちが吐露する。
そして一度口を開けば留まる所を知らないかのように溢れ続ける。
が、それもスヌーズが鳴るまでであった。
起きてからスヌーズが鳴るまでの約十分間垂れ流し続けた愚痴に栓をしてベッドから降りる。
そして部屋を出る。
いきたくないと言う身体に鞭を打ち、一階を目指す。
腕を組んで言う事を利かない身体に痛みを持って自制させる。指に力を入れて二の腕を掴む。
夏だから腕を見られる可能性があるので爪は立てないように気をつける。
以前それで騒がれそうになってからは気をつけている。
流石に虐待と騒がれるのも困る。これは自分のせいなのだから。
「っ⁉」
重い足取りのせいで足を踏み外しそうになったが、寸前の所で手すりに捕まれ踏み止まる。
危なかったー……最近多いから気をつけてたのに……
朝からの不運にさらにテンションが下がる。
そうして階段を下り終え、キッチンへと繋がるドアを開ける。
「おはよう」
先程までの低い声は消し、いつもの落ち着いた声音で挨拶する。
「うん、おはよう」
朝食の支度をしているお母さんが顔をこちらに向けずに挨拶を返す。
その横を通り抜けてお風呂場へ向かう。
洗面所はここにしかないので毎朝お母さんの横を通らないといけないので早速キャラの時間になる。
「私今日早いから、悪いけど早めに手伝って」
「はい、すぐ終わらせる」
いつも手伝っているのだから、たった数分でもゆっくりしたい。
そんな気持ちを呑み込んで返事をする。
鬱陶しい前髪が邪魔にならないようにして洗面所で顔を洗う。泡立てネットを使って出来た泡を顔に着ける。
しかし全体を洗うのも面倒に思い、掌で顔を覆っただけで泡を流す。
「……」
もし誰かに顔を洗っていない事がバレてバカにされたら? 汚いって罵られる?
そう考えただけで泡を流そうとしている手が止まる。
そして急いで追加で泡を起こして、まだ顔に流し終えていない水を含んだ泡があるのを無視して顔に着ける。
念入りに顔を洗い、すすぎ落す。
泡を落とし終えたら使い捨ての洗顔タオルで顔を包む。
「ふうー」
顔を洗い終えたこの瞬間のスッキリ感は好きだ。洗顔料のお陰なのかもだけど。
鏡で泡の洗い残しがないか確認するべく、視線を鏡へと上げた。
そこには──
「ん……?」
ヒビが入っていた。
ちょうど自分の眉間の下のくぼんだ部分、鼻根から鼻尖にかけて波打った線がある。
ゴミ? それとも割れてる?
顔を近づけてそれを確認する。が、それは生き物のように鏡の世界を移動し注視させてくれない。
そして移動先は下。
私の顔が寄った事でそれは下へと逃げてしまった。
それに違和感を抱き、顔の角度を変えて覗き込覗き。
しかしどんな動きをしようとそれは私の鼻と一緒に移動する。
「………………え?」
まさかと思い、恐る恐るそれに向けて指を伸ばす。
固まって指の動向を目で追う事しか出来ない中、指が鼻に当たる。
そのヒビは確かに私の鼻にあるらしく、鏡に映ったヒビが指で隠れてしまう。