錬金術師にできること①
ルミナが新天地で活躍の片鱗を見せている頃。
ラットマン王国の王都、その宮廷でも変化が起こっていた。
とても些細ではあるが、個人にとっては大きな変化である。
「リエリアさん、こちらの資料も目を通しておいてください。ポーションの発注もお忘れなく」
「……すみません、少し多くはありませんか?」
リエリアに仕事を伝達したのは、宮廷錬金術師の室長。
すなわちこの国でもっとも地位の高い錬金術師の女性だった。
彼女は国王直下の部下の一人である。
故に、彼女の指示は王国の意思でもあった。
そんな彼女の伝達に異を唱えることは、王国の意向に反する行いとなりかねない。
誰も、文句なんて言わない。
リエリアはそれを理解しながらも、尋ねずにはいられなかった。
「多いというのは?」
「仕事量です。とても一人で担当する量ではないように思えます」
「何を言っているのですか? 私は各人の実力に見合った仕事量を割り振っています。リエリアさんの実力であれば、これくらい容易にこなせるでしょう?」
「そ、それは……」
彼女は言いよどむ。
できません、とは言えない。
せっかく室長が自分を評価してくれているのに、それを否定することは自身のプライドを傷つける行為に他ならないから。
もちろん、それだけが理由ではなかった。
「確かに、以前よりは少し増えているはずです。あなたの妹、ルミナさんが転属になってしまいましたから」
「……」
「まったく困りましたね。あの子はとても優秀な錬金術師でしたから。さすがは姉妹ですね」
「あ、ありがとうございます」
複雑な心境である。
間接的に自身も褒められているようだが、実際は違う。
働いていたのはルミナ一人。
つまり、今褒められているのはルミナだけだ。
室長は二人の関係性を知らない。
「彼女にお願いしていた仕事が浮いてしまいましたから。その分は各人に少しずつ割り振っています。あなたはルミナさんと同じくらい優秀なはずですので、他の方よりは多めに増やしていますよ」
「ご、ご期待頂きありがとうございます」
「はい、期待していますよ。ルミナさんの分まで、しっかり働いてください。できますね?」
「……はい」
いいえ、とは言えない。
言いたくても、絶対に口にできない。
ここで否定すれば、バレてしまうかもしれないから。
今まで仕事をしていたのはルミナだけ。
自分は押し付けて、遊び惚けていたことに。
「それでは失礼します」
「はい」
「リエリアさん、今日からはしっかり働いてくださいね」
「――!」
否、すでに気づかれていた。
多くの部下を従え、それを管理する室長の目は節穴ではない。
すべてを完璧に見抜くことは難しくとも、リエリアがどういう人間なのかは知っている。
彼女が勤勉ではないことを。
真に勤勉だったのは、ルミナだったことを。
そして……。
「……できるわよ。ルミナにできたことが、私にできないはずないわ!」
リエリアはムキになって仕事を始めた。
確かに、才能という一点において、ルミナとリエリアに大きな差はない。
むしろ純粋な才能なら、短期間で宮廷入りしたリエリアのほうが勝っている。
だが、彼女は大いに間違えた。
いかに才能があろうと、努力を怠った。
錬金術師にとって才能とは、入り口にすぎない。
知識を身に付け、経験を積み、想像力を養うことで、飛躍的な成長を遂げる。
努力なくして、才能を伸ばすことは叶わない。
スタートラインは同じでも、努力の差で大きく離される。
今や、錬金術師としての実力は、ルミナのほうが圧倒的に上だった。
それに比例するように、仕事効率も、速度も差が生まれている。
彼女が同じようにできるとすれば、相応の努力をした後……ずっと先のことだろう。
◇◇◇
「――え! 室長さん、気づいていらっしゃったんですか?」
「ああ、知っていたぞ。一度相談を受けたことがあるからな」
アトリエで栄養ドリンクを作っている私の横で、殿下から宮廷の事情について少し聞いた。
驚かされたのは、トップである室長さんのことだ。
誰に対しても平等で、地位や権力では優劣をつけない。
優劣を生むとすれば、仕事ができるかどうか、錬金術師として優れているかどうか。
ちょっと雰囲気は怖いけど、そういう人だから信頼できた。
「気づかなかったか? だからお前に回す仕事は、なるべく納期が先のものを多くして、少しでも負担を減らそうとしていたんだぞ」
「そういえば……」
思い返すと不思議なことに、無茶なスケジュールの仕事は一つもなかった。
ギリギリだけど、なんとかなる期間の仕事ばかりだった。
それはある時期を境に変わったように思える。
室長が気を回してくれていたのか。
でもそれなら、いっそお姉様に注意してくれたらよかったのに。
そうすれば……。
「直接言えばよかったのに、って思ってるだろ?」
「え、あ、すみません……」
殿下にバレてしまった。
慌てて謝罪すると、殿下は笑いながら言う。
「謝るな。俺もそう思うからな」
「は、はぁ……」
「けど、仕方がない部分もある。家庭内の問題に口を出すことになるし、依頼自体は各人に提供され、それをどうするかは個人の問題……極論、仕事に支障がなければいい」
「そうですね……」
納期は一度も遅れたことはない。
私が失敗すれば、お姉様に怒られてしまう。
そして馬鹿にされるだろう。
それが嫌で、毎日汗を流して働いた。
今でも鮮明に思い出せる。
宮廷での過酷な日々を……。
「それにな? お前はしっかり仕事をやりきっただろ?」
「あ、はい。そうですね」
「凄いことだ。他人の倍はある仕事量を一人で、しかも他に遅れない速度で終わらせていた。室長や俺が深く踏み込まなかったのは、お前がやれてしまうからっていうのもあったんだよ」
「それは……どういう……」
「一言で表すなら、期待していたんだよ」
「期待、ですか?」
殿下は小さく頷いた。
テーブルに置かれた完成している栄養ドリンクを手に取る。
飲むわけじゃない。
見つめながら、続けて語る。
「お前は無茶に応えた。そこに俺たちは、成長の可能性を見た。無理をしてお前が倒れてしまうなら、貴族の関係性など気にせず止めただろう。だがお前は応えたんだ」
殿下はワクワクした顔で私に視線を向ける。
キラキラと瞳を輝かせて。
「お前ならもっと成長して、すごい錬金術師になれる。そう期待したから、見守ることにしたんだよ。仕事量を調整しながら、お前がより成長できる環境を整え、いざという時は助けられるようにもしていたんだぞ?」
「そ、そうだったんですか?」
全然知らなかった。
「結局必要なかったからな。お前は全部やってのけた。この都市に錬金術師を派遣する話が出た時な? 俺と室長は真っ先にお前を推薦したんだ」
殿下だけじゃなくて、室長さんも私を推薦してくれた?
知らない事実がいくつも聞けて、驚いてばかりだ。
「お前なら任せられる。この国を代表する錬金術師になるってな」
「そんな風に……」
思ってくれていたのか。
私が知らないところで、気づかないうちに支えてくれていた。
見てくれていたのは、殿下だけじゃなかったのか。
「……いつか、ちゃんとお礼を言いたいですね」
「ははっ、そこは文句でもいいぞ? 結局、仕事山ほど押し付けてたのは事実だからな。俺も含めてだが」
「いえ、文句なんて!」
少なくとも今は……。
嫌がらせと期待は、まったくの別物だ。
意図があり、今に繋がっているのなら……。
それはきっと、必要なことだったのだろう。