待っていたのは王子様④
翌日の朝。
清々しい気分で目覚めることができた。
こんなにも気分がいい朝は初めてかもしれない。
仕度をして、朝食も自分で作って食べて、準備万端で部屋を出る。
向かった先は、昨日契約を交わした部屋だ。
トントントンとノックをする。
「入れ」
「はい」
殿下の声が聞こえて少し安心しながら、扉を開けて中に入る。
大統領が座っていそうな椅子と机のセットに、殿下が書類仕事をしながら私に視線を向ける。
その隣には補佐役のアルマさんの姿もあった。
「待っていたぞ。昨日はよく眠れたか?」
「はい」
「ならよかった。さっそくだが、お前にやってもらいたい仕事についての説明をしよう」
「よろしくお願いします!」
ワクワクしながら返事をした。
殿下はニコリと微笑み、席を立つ。
「あとは任せる」
「かしこまりました」
「どこへ行くのですか?」
「言ったろ? お前の仕事について説明するって。実際に見てもらったほうが早いからな」
私はキョトンと首を傾げる。
それから殿下に連れられ、執行部の建物を出発した。
夜とは異なり、工事が再開されて賑やかだ。
「どこへ向かっているのですか?」
「お前の職場だよ」
「職場……」
執行部の建物で働くわけじゃないのか。
ちょっと残念に思う。
宮廷のように、私が働く場所は別で用意されているのか。
他に誰がいるのか。
ちゃんと馴染めるかとても心配だ。
「緊張しなくていい。今から向かうのは、ルミナ専用の職場だからな」
「私専用!?」
「そうだ。つまりはこういうこと」
私たちはたどり着いた。
大きな看板がある。
まだ名前は入っていない。
けれど、外観や雰囲気から私は察する。
「ここは……お店ですか?」
「そう。正確には錬金術師のアトリエ。要するに、お前の店だ」
「――! 私の……」
お店?
驚きのあまりぼーっと立ち尽くす。
そんな私の肩をトンと叩き、殿下が語る。
「ここは交易都市。各国の技術、商品を売り買いする場所だ。うちから提供する商品の一つが、お前の作るポーションや、錬金術で作り出す道具になる」
「わ、私がお店を?」
「そうだ。びっくりしたか?」
「それはもちろん、だって、こんな……」
錬金術師にとって、宮廷は職場の最高峰ではある。
だから誰もが目指していた。
けれどもう一つ、それと同じくらい憧れるものがあった。
それは、自分のアトリエを持つことだ。
自分だけの職場、お店、つまりは城を築くこと。
私たち錬金術師にとって、人によって宮廷よりも価値ある場所になる。
私もいつか、自分のアトリエを持ちたいとは思っていた。
まさか、こんな形で……。
「夢が叶うなんて」
「不服は……ないな?」
「もちろんです!」
泣きそうな瞳を拭い、殿下に精一杯の笑顔を見せる。
こんなに嬉しいことが続いてもいいのだろうか。
幸せ過ぎて、夢じゃないかと思ってしまう。
燦燦と輝く太陽の光が、その熱が、現実だと実感させてくれた。
「商品や主な開店時間は自分で決めていい。もちろんこっちでチェックはするが、基本は自由だ」
「自由! いいんですか?」
「そういう場所なんだよ。この街はな」
「――素敵ですね」
心からそう思う。
宮廷では一日の仕事量は決められ、ノルマもあった。
ノルマが達成できなければ、自身の評価や報酬に悪い影響が出る。
逆に独自の研究などで成果を出せば、より評価してもらえる。
私の場合はお姉様の分も働いていたから、自分の研究なんてする余裕もなかったけど……。
(ここなら仕事と両立できるかも!)
今からワクワクしてきた。
自分のアトリエに、自身の研究も始められる。
今まで諦めていたことが、一気に可能になった解放感。
「素材は申請すれば用意できる。ここは三か国が連なる場所だ。うちの国じゃ手に入らない素材も、比較的楽に見つかるかもな」
「そうですね。ほしいものリストを作っておきます」
「ああ、そうしてくれ。さ、中を見ようか」
「はい!」
自分が働くお店、アトリエの見学。
こんなにワクワクすることはないだろう。
扉を開けるとベルが鳴った。
来客を告げるための仕掛けだ。
入ってすぐにショーケースや棚が並んでいる。
今は何も置いていない。
でも、想像することはできる。
ここに並ぶ商品を、自分が働く光景を。
「いい感じ」
「ここが店舗、で裏手が工房になってる」
「はい!」
案内されて裏手へ向かった。
店舗とは別の部屋があり、そこは宮廷で働いていた研究室とよく似ている。
錬金術師の職場は、大体同じような外観になるのだろう。
必要な道具は、すでに揃えられていた。
「設備は宮廷と遜色ない。ポーション用の小瓶はあるし、宮廷で使っているような素材は一部だが用意してある」
「本当だ」
薬草にハーブ、あとは肝心な水も。
他にも香草だったり、ポーションづくりに使えそうなものがある。
「ここにある物は自由に使ってくれ。実際に店舗としてオープンするのはまだ先になる。練習に使ってもいいし、残しておいても自由だ」
「自由……」
この素材なら……。
「あの、少しお待ちいただいてもよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
「えっと、作りたい物があるんです。殿下にも見ていただきたくて」
「へぇ、面白そうだな。いいぞ」
「ありがとうございます!」
許可は頂いた。
自由にしていいなら、そうさせてもらおう。
私は王都から持ってきたカバンから、一枚の布を取り出す。
「それは?」
「使いまわせる錬成陣です。毎回描くのは大変なので」
「なるほどな。で、何の錬成陣だ?」
「ポーションです。一応くくりは回復系ですけど」
用途はちょっと違う。
私は素材を錬成陣の上に乗せて、錬金術を発動させた。
光が放たれて、素材が消失して粒子になる。
粒子は集まり、再構成されていく。
そうして一本の小瓶に入った黄色い液体が完成した。
「できました。私特製の、えーっと……栄養ドリンクです!」
「栄養ドリンク?」
上手い名前が浮かばなかった。
少しストレートすぎたかな?
でも意味合いはまさにそのままだ。
「何なんだ? 回復のポーション」
「を、より薄めて常用できるようにしたものです。滋養強壮に効果があって、疲れが溜まっている時に飲むといいんですよ」
「漢方みたいなものか?」
「はい。それより効果は高いですし、早いです」
前世の栄養ドリンクを参考にしたものだ。
効果は前世の物より優れている。
この世界には栄養ドリンクなんてものはなかったけど、激務をこなす私にとっては不可欠な相棒だった。
「いっぱい働いている人も多いですし、肉体労働の疲れにいいかなと思いまして」
「もしかして、街の連中に?」
「はい。ここにある素材だけで数百本は作れそうなので。回復ポーションより素材が少なく済むんです。もしよかったら使ってもらえると……殿下?」
殿下はキョトンとしていた。
けどすぐ、呆れたように笑って。
「はははっ、お前は最高だな」
「え? へ?」
「来てすぐに、自分じゃなくて周りのことを見ている。中々できないぞ?」
「そ、そうでしょうか」
「ああ、やっぱりお前を選んで正解だった」
殿下は私の肩をポンと叩く。
「ありがとう。有難く使わせてもらうよ」
「は、はい!」
殿下に褒められて喜ぶ私が、小瓶に反射して映っていた。
私がここに来て初めて作ったポーションもどき。
まさかこれが、後に大ヒット商品になるとは、この時は思いもしなかった。
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本日ラストの更新です!
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