待っていたのは王子様③
夜のシュナイデンは、王都とは雰囲気が全く違う。
明るさはあるけど静かで、建物から漏れる部屋の灯りは少ない。
自分たち以外に人の気配がなく、まるで世界にたった二人しかいない……なんて幻想を抱かせる。
「殿下もよく散歩されるんですね」
「まぁな。静かな場所で歩いていると、考えを整理したり、アイデアが浮かんだりするんだ」
「わかります。じっとしているより、動いている方が頭が働きますよね」
「ルミナもか。ああ、だからよく宮廷をぐるぐる歩いて回ってたのか」
「え! 見ていたんですか……」
「ああ、何してるのかと思って見てたよ」
恥ずかしい。
見られていたんだ。
殿下のおっしゃる通り、宮廷で働いている時、よく庭を散歩したり、考えに詰まった時は廊下を歩きまわっていたりした。
定時は過ぎた後で人は少なかったし、見られる心配はないと思っていたのに……。
見られていたなら完全に不審者だっただろう。
「うぅ……」
「そんなに恥ずかしがることか? 俺も偶に城でも散歩してたし、似たようなものだろ」
殿下の優しいフォローが、逆に恥ずかしさを増した。
たぶん見え方の問題です。
私みたいなのがウロウロしていたら、ただの不審者に見られるから。
やっぱり恥ずかしい。
こっちではなるべく室内で完結させよう。
「あ、そういえば、部屋のシャワーって魔導具じゃないんですか?」
私は話題を変えることにした。
ちょうど気になっていたことを聞くチャンスだったのもある。
殿下は答える。
「ああ、あれは電気を使ってる」
「やっぱりそうなんですね」
「よく気づいたな。うちの国じゃ魔導具が主流で、電気を使った道具は使われていないのに」
「あ、話に聞いたことがありまして。もしかしたらと」
前世の記憶があったから、なんて言えない。
今のところ、私以外に転生した人間に会ったことがなかった。
特別は時に理解されない。
変人だと思われないように、転生者であることは隠している。
「勤勉だな。他国のことも調べているなんて」
「す、少しだけです」
嘘は言っていない。
他国の技術や歴史についても、錬金術を極めるために触れたことがある。
確か魔導具より、電気の技術が発展していたのは……。
「モースト帝国の技術を借りているんだよ。シャワーだけじゃない。生活に必要な道具の大半は、電気を用いた発明品で賄っている」
「そうなんですね。どうしてか聞いてもよろしいですか?」
「そっちのほうがコストが安いし安定しているんだよ。魔導具は便利だが、一つ作るのにかかる材料も、人件費も高い。そもそも作れる魔導具師が少数だ」
「確かに……」
電化製品なら、作るラインと素材、あとは技術者が揃えば量産できる。
魔導具のように特別な材料はいらない。
前世で使っていたような最新のものは難しくとも、古いタイプの製品ならこの世界の技術レベルでも再現できるかもしれない。
ううん、現に再現されている。
「使える技術は取り入れる。それがこの街での基本だ」
「いいことだと思います。これが私たちの国でも主流になればいいですね」
「まだ難しいな。一度浸透した技術や常識を、まるっと変更するのには時間がかかるんだ。特にラットマン王国は長い歴史の中で、魔導具に支えられているからな」
歴史というのは偉大で、時に面倒なものでもある。
文化や伝統を守るために、現代の風習や考え方から逸脱することは、前世の世界でもあった。
この世界も例外じゃないのかもしれない。
でも、この街はそういう面倒なことを排除して、いいものは取り入れようという精神で運営される。
前世を知る私にとっても、居心地がいい場所になる予感がした。
それからしばらく他愛のない話をして、気づけば元の場所に戻ってきていた。
「この建物は特に大きいから目立ちますね」
「だろ? 迷った時はここに戻ってくれば解決する。よく覚えておくといい」
「はい。そうします」
「執行部が正式に動き出したら、案内所とかも作らないとな。迷子の預り所もいるか。あとは治安維持のために騎士団の待機場所を……」
殿下は真剣な顔でお仕事のことをぼそぼそと呟いていた。
私以上に考えることが多そうだ。
なんだか宮廷で働いていた頃の自分を見ているような気持になる。
「殿下、私に手伝えることがあればいつでもおっしゃってください!」
「ん? ああ、ありがとな。けど、お前にも自分の仕事があるんだ。宮廷の時みたいに、無理に何倍も働くのはなしだぞ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「普通のことだ。さ、もう遅い。明日に備えて休め」
「はい!」
殿下のおかげで迷うことなく散歩ができた。
心なしか眠気もある。
お腹は相変わらず減っていないけど、明日になればグーグー音を鳴らすだろう。
今はお腹いっぱいだ。
殿下とゆっくりお話ができて。
「じゃあな」
「殿下!」
「ん?」
「私を選んでくれて、本当にありがとうございます!」
今度は言えた。
改めて、感謝の言葉を。
殿下は少し驚いた顔をして、優しく微笑む。
「こちらこそ、期待している」
「はい!」
こうして、初めての夜は終わった。