待っていたのは王子様②
「寝泊まりはここを使ってくれ」
「ここ……」
手続きを終えた私は、殿下に案内されて用意された自室へと向かった。
部屋は手続きをした建物内にあり、三階より上は私を含めたここで働く人たちのプライベートルームになるらしい。
いわゆる社宅のようなものだけど、開けてびっくりだ。
「広いですね」
「そうか? これくらい普通だと思うが」
これが普通と言えるのは、きっとあなたが王子様だからですよ。
私が暮らしていたロノワードの屋敷の自室よりも広い。
体感で二倍くらいはありそうだ。
加えてベッドなどの生活道具は揃っているし、台所にシャワールーム、もちろんトイレもある。
「ここに家賃なしで住めるんですか?」
「そうだが、不服か?」
「いえいえ! とても素敵な部屋でビックリしました!」
「そうか? ならいいが、本当なら一人に一人ずつ専属の使用人を付けようかと思っているんだが」
「そこまでして頂かなくても大丈夫です! 身の回りのことは、自分でやれますから」
使用人までつけてもらえるのは便利だけど、私はどちらかと言えば一人の時間が欲しいタイプだ。
ずっと誰かと過ごしたり、身の回りのお世話なんてしてもらったら、申し訳なくて落ち着かないだろう。
ご厚意には感謝しつつ、全力で拒否した。
「そうか。貴族の屋敷に生まれた人間が、使用人なしで生活できるなんて大したものだ。貴族は待遇に甘えて、長く自立できない奴が多いからな」
「そ、そうですね。あははは……」
ふと、リエリアお姉様が浮かんだ。
彼女は典型的なお嬢様で、身の回りのことは使用人たちに任せっきりだ。
家事なんてできないし、するつもりもない。
たぶん一生、誰かの手を借りて生きて行くつもりなのだろう。
それができるのも、恵まれている証拠だ。
「荷物を置いたらあとは自由にしてくれて構わない。食事も必要ならこっちで用意できるし、自分でやりたいなら保存庫に材料は入れてある」
「ありがとうございます。せっかくなので自分で作ります」
「そうか。自立しているのはいいことだ」
殿下は優しく微笑んでくれた。
褒められるとポカポカした気持ちになる。
普段からあまり褒められてこなかったからかな?
「今日はもう予定もない。明日の朝、契約した部屋に来てくれ。具体的な仕事の説明はその時にしよう」
「はい!」
「じゃあな」
殿下は軽く手を振って、部屋から去っていく。
その後ろ姿を見送り、扉がバタンと閉まったところで。
「あっ……お礼言いたかったなぁ」
私を選んでくれたことへの感謝を、改めて伝えようと思っていたのに。
「明日でいっか」
部屋の中を見渡し、ふかふかのベッドに倒れ込む。
「はぁ……疲れた……」
一気にいろいろな体験をして、ずんと身体が重たい。
思えば一週間馬車に乗るという長旅の直後だ。
お尻と腰は少し痛い。
殿下の前で緊張もしていたからか、全身の力が抜けてゆく。
気づけば、私は眠りに落ちていた。
「……はっ!」
唐突に目覚めて、ベッドから起き上がる。
部屋は真っ暗だった。
とっくに夜になっていたらしく、カーテンの開いた窓の外は星空が見える。
「寝ちゃってたんだ」
よほど疲れていたらしい。
変な姿勢で寝ていたから、髪の毛もぐちゃぐちゃだ。
「シャワーでも浴びよう」
服を着替え、シャワールームを使う。
この国の生活を支えているのは魔導具だ。
前世が科学によって進歩したのに対して、この世界は魔法によって人類社会は発展している。
シャワーも見た目は普通だけど、立派な魔導具で……。
「あれ? 違う?」
よく見ると、私が知っている魔導具のシャワーじゃない。
どちらかと言えば、前世のシャワーに近い。
「まさか、電気?」
いつの間に電気を取り入れるようになったの?
それともこの街だから?
さっそく疑問が一つ増えた。
明日、殿下に会った時に聞いてみようと思う。
シャワーを浴びて着替え直した私は、キッチンに立つ。
何か食べようかと思ったのだけど……。
「あんまりお腹空いてない……かも」
空腹は感じていない。
寝起きで感覚が鈍っているのだろうか。
食事は昼にしたっきりで、その後は何も食べていないのに。
「お腹空いてないのに無理に食べてもしかたないし、どうしようかな。外は夜だし……」
もう一度寝る?
今から眠って、朝までぐっすりいける?
寝起きで目は冴えている。
無理にベッドへ入ったところで、眠れずに悶々と過ごすだけになるだろう。
結果、私は部屋を出て散歩することにした。
身体を軽く動かせばお腹も空いて、いずれ眠気も来るだろうと思ったから。
「自由にしていいって話だし、いいよね」
と、自分の中で確認する。
昼間と違って、建物内は静かだった。
みんな休んでいるのだろう。
邪魔をしないように、起こさないようになるべく静かに外出する。
外は明るかった。
工事途中の建物を照らす光のおかげだ。
初めての場所だから、少しだけ怖さはあるけど。
人通りのなさも理由だろう。
時間も時間だし、街の広さに対して、人の数は王都に比べて圧倒的に少ないみたいだ。
「さすがに夜は工事もしてないか」
「当たり前だろ? 夜は休む時間だぞ」
「ですよね――って! 殿下!?」
「こんばんは、ルミナ」
振り返った先にはエルムス殿下の姿があった。
「ど、どうしてここに?」
「ん? こっちのセリフだぞ。こんな夜更けにどうしたんだ?」
「えっと、私は眠れなくて散歩を……」
「散歩か」
「はい。あの、すみませんでした」
「別に謝ることじゃない。ただ、夜遅いし女性が一人で出歩くのは感心しないな。今度から夜に出かけるなら、俺かアルマに声をかけるといい」
「え! さ、さすがにそれはご迷惑では……」
散歩のために殿下に声をかける?
なんと恐れ多い。
「迷惑じゃないぞ。俺も夜は時々こうして散歩してる。今日は偶々、お前が外に行くのが見えたから出てきただけなんだが」
「私を追いかけて……?」
「ふらっと出て行ったから、迷子にならないか心配だろ?」
「……」
私のことを心配して、追いかけてくれた?
殿下がわざわざ、私のために……。
「どうした?」
「いえ! ありがとうございます!」
「声がでかいぞ。もう夜だからな?」
「あ、すみません、つい……」
気をつけないと。
興奮したりビックリすると、ついつい大きなリアクションをとってしまう。
「さて、散歩に来たんだ。せっかくだから一緒に歩こう」
「はい! 光栄です」
こうして図らずして、殿下と二人で夜の街を歩くことになった。
いろんな意味でドキドキだ。