待っていたのは王子様①
ここから先が未投稿話です!
交易都市シュナイデン。
ラットマン王国、モースト帝国、タガリス王国の三か国の国境に位置する巨大都市。
ここはまだ地図にも載っていない。
三か国が自由に交易を行える場所として新設計された都市だという。
「ここが入り口だ」
「お、大きいですね……!」
私はエルムス殿下に連れられ、シュナイデンを囲む鋼鉄の壁に設けられた巨大な門の前に立っていた。
見上げるほど大きく、巨人でも通るのかと思えるサイズが圧巻である。
リアクションをとる私の横で、殿下はクスリと笑った。
「そっちは荷物の運搬用で、人間が通るのはこっちだぞ」
「え、あ、人用があるんですね」
「そりゃな。こんなでかい門を一々、人が通るたびに開け閉めするのは大変だろ?」
「確かに……」
開けるだけでも大変そうだ。
おそらく魔導具によって制御されていると思うけど、そのために莫大な魔力貯蔵が必要になる。
隣には小さな人力で開けられる扉があった。
こちらも鋼鉄で出来ていて、門番の騎士が数名待機している。
「中に入れてもらうぞ」
「はっ! 申し訳ありませんが、念のために通行許可証をお願いできますか」
「わかってるよ」
「許可証?」
そういえば、御者のおじさんもそんな話をしていた。
殿下は懐から手のひらサイズのカードを取り出し、門の手前にある細長い棒状の装置にカードをかざした。
ピッと音が鳴り、鋼鉄の扉が勝手に開く。
「これも魔導具ですか?」
「そうだ。好き勝手に入れる場所じゃない。この許可証を持っている人間だけが、自由にここを出入りできる」
殿下が持っている許可証には、何やら文字が書かれている。
魔法陣も描かれており、たぶん装置と対になる魔導具の一種だろう。
「電車の改札みたいですね」
「改札?」
「あ、いえ、なんでもありません」
ふと、前世の記憶が蘇った。
電車の改札と、交通系電子マネーを思い出した。
仕組みは別物だけど、役割は似たようなものだろうと解釈する。
私は殿下に尋ねる。
「あの、私は許可証を持っていません」
「大丈夫だ。一人までなら、この許可証で一緒に中へ入れる」
「そうなのですね」
「ああ、今は実験段階で閉鎖的だが、いずれは一般人でも一定の基準をクリアすれば、許可証が発行できる仕組みを作るつもりだ。さ、いつまでもここにいると騎士たちの邪魔になるからな」
「そ、そんなことはございません!」
騎士は慌てて否定した。
殿下は悪戯な笑顔を見せる。
ラフというか、お茶目な性格の人なのだろうか。
こうして話すのは初めてで、私もまだ殿下がどんなお人なのか量れずにいる。
「いくぞ、ルミナ」
「はい!」
ただ、この人の笑顔を見ていると、なんだか心が温かくなる。
初対面なのにそう思わせられるって、すごく素敵なことだと思った。
私は殿下の後に続いて中へと入る。
そして――
「わぁー!」
広がった光景に、目を奪われ、懐かしさを感じた。
大きな建造物が建ち並ぶ。
ラットマン王国の王都も、貴族が暮らすエリアは大きな建物が多かった。
けれど外見が全く異なる。
一言で表現すると、都会のビル群に似ているんだ。
「凄いだろ? 三か国で最新の建築技術を応用して街づくりを進めているんだ。まだ完成前だがな」
「凄いです! 都会っぽくていいと思います!」
「都会?」
「あ、えっと、賑わっている街って意味です」
都会という表現も、この世界では新しい。
しかし思わず口に出してしまうほど、前世の記憶と重なる光景だった。
より具体的に表現するなら海外……そう、時計塔のあるロンドン市街の雰囲気に似ている。
都会のビル群と、ロンドンの中世チックな建物の融合、みたいな雰囲気だ。
言葉での表現は難しいけど、とにかく現代的で、私が知っているこの世界の風景とはまるで別世界のようだった。
「ルミナは驚き方が独特だな。知らない表現も出てくる」
「あ、すみません」
「褒めてるんだよ。都会か……俺も今度からそう呼ぼうかな? 賑わう街って意味なら、まさに俺が目指している場所だ」
殿下は腰に手を当て、街並みを見つめながら嬉しそうな横顔を覗かせる。
子供みたいにワクワクしているようだった。
殿下の夢……。
世界で一番栄えている街にしたいと、彼は言っていた。
選ばれたからには、私もその一助になれるように頑張らなくては。
「よし、頑張ろ」
「ルミナ?」
「あの、私は何をすればいいんですか?」
「やる気あるな。その説明の前に、まずはいろいろ手続きをしてからだな」
殿下に案内されて、街中を歩いて行く。
自然と周囲に目がいく。
殿下のおっしゃっていた通り、まだ建築途中の建物も多かった。
建築工事をしている職人の方々の声が響いている。
「おい新入り! そこつったってるとあぶねーぞ!」
「すみません!」
なんとなく建設業ってスパルタなイメージがあるけど、この世界でも変わらないのかもしれない。
ああやって汗を流し、全身を使って働いてくれる人が大勢いるから、温かな家に住むことができる。
日々感謝しなくちゃいけないな。
こうして働いている人の姿を見ることで、そう感じられる。
案内されたのは建設された建物の中でも、特に大きな建物の一つ。
街の中心部に近い場所にあるここは、殿下曰く、街を運営するための拠点らしい。
市役所みたいなものだろうか。
この世界風に言うなら、ここがこの街の城なのだろう。
中は広く、大勢の人が出入りしていて忙しそうだ。
「慌ただしいですね……」
「毎日こんなだぞ? 最近は特に忙しいからな」
「そうなんですか」
「ああ、こっちだ。中に入ってくれ」
「はい」
案内された部屋に入ると、メガネをかけた高身長の男性が立っていた。
私を見て、くいっとメガネをあげる。
「いらっしゃいましたか。お待ちしておりました。ルミナ・ロノワード様」
「あ、はい。初めまして」
厳格な雰囲気の人に、思わず背筋がピシッとなる。
この人は誰だろう?
私は尋ねるように、隣の殿下に視線を向ける。
「こいつは俺の補佐役のアルマだ。一番の部下ってところかな」
「そうなんですね! ルミナ・ロノワードです! 今日からよろしくお願いします!」
「はい。殿下から聞き及んでおります。私のことはアルマとお呼びください」
「困ったことがあれば俺かアルマに相談するといい」
「はい!」
「うん。アルマ、書類は?」
「こちらに」
テーブルの上に、書類が広げられていた。
殿下に誘導され、テーブルの前へと移動する。
書類はこの街で活動するための注意事項などが記されていた。
いわゆる契約書のようなものだ。
「目を通していただき、サインを頂ければ契約は成立となります」
「は、はい!」
しっかり目を通さないと。
「そんな仰々しいものじゃないぞ。内容をざっくりいうと、ここで働くことの許諾と、無暗に情報を漏らさないでねってことが書いてある。あとは他国の人間とも仲良く、か」
「大雑把ですね」
「いいだろ? 間違ってないんだし」
「確かに、殿下がおっしゃった内容に間違いはありません。契約期間は二年、その後は申し出がない限りは自動更新になります。報酬などは追って決めますので、現時点で確定はできませんが」
「大丈夫です! 大体わかりましたから」
話してくれている間に、資料には簡単に目を通した。
書類仕事も二倍やらされていたから、要点を見ることにも慣れている。
私はペンをとり、サインした。
「書きました!」
「迷いがないな」
「はい」
殿下に連れられこの街に入った時から、どうするかは決めていたから。
「じゃあこれが許可証だ。今日からお前も、この街の一員になる。気を引き締めてくれ」
「はい!」
許可証を受け取ったことで、私は正式にシュナイデンで働くことになった。
今はとても、ワクワクしている。