辺境に飛ばされて④
「よいしょっと」
荷物を馬車に詰め込む。
辺境の領地へは、馬車を借りて行くことになった。
私以外に乗客はいない。
御者のおじさんも面倒くさそうな顔をしていた。
それも仕方がないかもしれない。
馬車で一週間もかかるらしいから。
「すみません、お願いします」
「かしこまりました」
長旅だ。
生まれ変わって初めて、王都を出る。
こんな理由で外の世界に出ることになるなんて、小さい頃は夢にも思わなかったけど。
「シュナイデン……どんな場所なのかな」
私がこれから向かう領地の主要都市らしい。
地図にも載っていなくて、調べてもよくわからなかった。
よほど辺鄙な土地なのだろう。
事前に調べてわかったのは、私が暮らすラットマン王国と、モーストとタガリスという二つの隣国の国境が交わる地点にあるということ。
三国は同盟を結んでいて、友好国として長年互いに支え合っている。
争いごとは起きないと思うけど、国同士で生活様式や文化も違うし、少し不安はある。
変な問題に巻き込まれないといいな。
行ったらいきなり、他国のお偉い人が待っていたりして?
「なんて、さすがにないよね」
不安よりも、期待のほうが大きい。
もう余分な仕事をやらされることはない。
居心地の悪い屋敷に戻る必要もなくなった。
最初から一人だから、今さら一人で生活することに何の不安もない。
こういう日が来るだろうと思って、家事全般も一人でこなせるようにしてある。
あとはどんな場所で、どんな仕事をさせられるかだ。
◇◇◇
「……えぇ……」
到着して、私は驚きのあまり見上げた。
空ではない。
空を一部覆いそうな勢いの高い壁に。
「な、なにこれ……」
「ここまででいいですね? こっから先は入場許可がないと入れんので」
「え、許可? そんなのいるんですか?」
「当たり前でしょ? ここは三国家が共同で開発してる交易都市ですよ?」
「こ、交易都市!?」
そんなに凄い場所だったの?
しかも三つの国が共同で運営している?
初めて聞いたんだけど。
「知っていたんですか?」
「私らは仕事柄ね。一般人にはまだ知られてないですし、王都から出ない貴族なんかも知らない人は多いんじゃないですか。あなたみたいにね」
「は、はぁ……」
「それじゃ、私はこれで」
「え、あ!」
御者のおじさんはそそくさと行ってしまった。
取り残された私はぽつんと立っていると……。
「失礼、ルミナ・ロノワードというのはお前か?」
「え、あ、はい!」
突然見知らぬ男性に声をかけられて、思わず慌てて振り返った。
私は見惚れた。
その容姿に、毅然とした立ち姿と、人を惹きつけるような赤い瞳に。
「待っていたぞ」
「あ、あなたは――エルムス・ラットマン殿下!?」
ラットマン王国の第二王子様?
どうして王族の方が、こんな辺境の地に……?
いいや、ここが交易都市だとするなら、いても不思議じゃない?
それ以前に……。
「声が大きいな」
「す、すみません。驚いてしまって」
「元気があるのはいいことだ。じゃあ荷物をこっちに、中を案内しよう」
「あ、あの!」
さりげなく、殿下は私の大きな荷物を代わりに持ってくれた。
その優しさに触れるより、私はどうしても気になった。
「ど、どうして、殿下が私の名前を知っているんですか?」
一度も接点はない。
あるとしても、お姉様と会ったことがある程度だろう。
パーティーに参加するのはいつも姉の役目だった。
私は毎日、宮廷で働き続けていたから。
そんな私の名を、容姿を見て私だと気づけたのは一体……。
「なんでって、お前をここにスカウトしたのは俺だからだ」
「……へ?」
「あれ? ちゃんと伝わってなかったのか? 俺がお前を、この交易都市シュナイデンを発展させる一人に選んだんだ」
「え、え、ええええええええええ!?」
思わず大きな声で驚いてしまった。
殿下はびっくりして身体をわずかに震わせた。
「声がでかいって」
「す、すみません何度も! 知らなくて……」
「みたいだな。まぁでも事実だ。お前にはこれから、俺の元で働いてもらうぞ」
「殿下の元で、ですか?」
「不服か?」
「いえそんな!」
「ならいい。この交易都市は名の通り、三国の交易の中心になる街だ。お互いの利点と欠点を理解し、より深く助け合い、支え合うための取り組み、その一環を担う。具体的な発表はまだだが、俺はこの都市を世界で一番栄えた街にしたいと思っている」
殿下は外壁を見上げながら、高らかに夢を語った。
とても大きな夢だ。
私は知らぬ間に、殿下の夢の前に立っている。
「そのために、お前の力を貸してほしい」
「私の……」
「そう、錬金術師としての技量、経験、知見を存分に活かしてくれ! そのためにお前をここに派遣させたんだ。我が国を代表する錬金術師としてな!」
「だ、代表!? 私が?」
「ああ、お前が、だ」
殿下は私の顔を指さしてそう言ってくれた。
王国を代表する錬金術師……?
それに私が選ばれた?
「さて、立ち話もなんだ。中を案内しよう」
「あの!」
疑問ばかりが浮かぶ。
質問してばかりで申し訳ないとは思うけど、聞かずにはいられない。
「どうして、私なんですか? 錬金術師は他にも……例えば、リエリアお姉様のほうが……」
「お前の姉か」
「はい」
才能も、地位も、気品も。
私よりも全てを持っている彼女のほうが相応しい。
そう……。
「思わないな」
「え……」
「俺はお前を選んだ。それはな? お前のほうが適任だと思ったからだ」
「私が……」
適任?
殿下は優しく微笑む。
「中々いないぞ? 二倍の仕事を普通の業務時間で終わらせる。しかも完璧にな」
「え、ど、どうしてそれを?」
誰も知らないはずなのに。
知っているのは家の人間と、婚約者だったゼオリオ様くらい。
「見ている奴はいるってことだ。俺は知っていた。他人の家庭の事情だから、下手に口を出すべきではないと思ってたんだが……さすがに我慢できなくてな」
「……まさか……殿下は――」
「お前の努力はちゃんと実ってるよ。見ていた俺が保証する。だからここで、お前の才能を、努力の成果を、存分に花開かせてくれ」
「っ――!」
この人は、私をあの場所から救い出すために、この地へ招いてくれた?
そういうことなの?
一国の王子様が、私なんかのことを知っていてくれた?
「お、おい、泣くなよ」
「すみま、せん……でも、嬉しくて」
自然と涙が零れ落ちた。
殿下が見ていてくれたこと、殿下が私の努力を肯定してくれたこと。
何より、私を選んでくれたことが嬉しくて。
もう誰も信じない。
大切なものは、ほしいものは自分の力で手に入れる。
そうするしかないと思っていた。
今でもその考えは変わっていない。
ただ、それでも――
「ありがとうございます! 殿下の期待に応えられるように、精一杯頑張ります!」
「ああ、期待してるぞ」
見ていてくれる人がいる。
認めてくれる人の存在は、やっぱり支えになるのだと再認識させられた。
「はい!」
「じゃあ行こう。ここがお前の新しい職場で、お前が名を遺す都市だ」
殿下に連れられて、分厚い壁の向こうへと歩き出す。
交易都市シュナイデン。
中はどうなっているのだろうか。
不安はなくなった。
あるのは期待と、胸を満たすほどの幸福だけ。
私は今、とても幸せだ。
この幸せが続くように、この地で再出発をしよう。
第二の人生の、第二のスタートラインを今――
踏み越えた。