エピローグ
「失敗しただと? ふざけるな!」
怒声と共に壁に手を叩きつける。
暗い路地で密会する二人の男。
一人はエルムス暗殺を企てた男だった。
そしてもう一人は……。
「僕がいったいどれだけ出資したと思っているんだ?」
「すんません。思わぬ邪魔が入りまして」
「っ……」
暗殺者は元々、現王政に反対する勢力に雇われた組織の人間だった。
ゼオリオは彼らとコンタクトを取り、シュナイデン計画の中心人物であるエルムスを殺害、もしくは重傷を負わせることで、現王政がいかに愚かな行いをしているのかを示すつもりだった。
というのは全て建前である。
ただ、気に入らなかった。
エルムスと、彼に認められた元婚約者ルミナの存在が。
「ふっ、まぁ手違いとはいえ、彼女に怪我を負わせたことはよかった。痛い目をみれば、これで少しは反省を……なんだ?」
「……っ、にげ……」
「――!?」
話している最中、暗殺者の男が突然倒れてしまった。
周囲には誰もいない。
廃村の誰もいない路地を密会場所に選んでいる。
しかし、足音がした。
「だ、誰だ!」
「――随分と勝手なことをしてくれたな」
「――! ば、馬鹿な……どうして……あなたがここに?」
「ゼオリオ、だったか」
「エルムス殿下!」
彼の前に現れたのは、エルムス王子だった。
酷く怒りに満ちた表情をしている。
その威圧感に気圧されて、ゼオリオは後ずさる。
「お前の家系も、現王政に反対する者だったとは知らなかった」
「な、何の話ですか? 僕はただ友人と話をしていただけですが」
「友人? お前の友人は、日ごろから凶器を持ち歩き、他者の命を狙う輩なのか?」
「っ……」
この期に及んで誤魔化しは通じない。
改めて理解したゼオリオは、どうやって逃げるかを考えていた。
距離はある。
完全によられる前に走れば間に合うかもしれない。
ゼオリオの足が、背後に向こうとした。
「無駄だ」
「――!」
ゼオリオは転んでしまった。
(なんだ? 何かに躓いたのか?)
足元には何もない。
整備はされていないが平らな道だった。
引っかかるものは何もないのに、何かに足を掴まれたような違和感があった。
「くそっ!」
「無駄だと言っただろう?」
「がっ!」
逃げようとしたゼオリオの身体を、見えない力が抑え込む。
地面に貼り付けにされたような姿勢で動けなくなる。
「こ、これは……」
「風っていうのは空気の流れだ。操ればお前を押しとどめるくらい簡単だぞ」
「風……馬鹿な! 魔法を使った気配など……! まさか、あなたは……精霊使いなのか?」
「どうでもいいだろ? そんなことは……」
焦って逃げようと暴れるが、無駄なあがきだった。
完全に拘束されてしまったゼオリオになす術はない。
「お前はやりすぎた」
「あ、あなたは無事だったじゃないか! 怪我をしたのは――」
「そうだ。彼女だ。俺を庇って大怪我をした」
苛立ちで手が震える。
エルムスは怒っていた。
彼女を傷つけた暗殺者と、それを仕向けたゼオリオに。
何より、巻き込んでしまった自分自身に。
「彼女が気に入らなかったか? 俺のやり方が間違いだといいたいか? お前が何を考え、何を思おうが勝手だ。けどな? 他人を傷つけていい理由はどこにもない」
「わ、悪いのはあなただ! あんな女を贔屓にして! シュナイデン? 王族はいいですね? やりたいことを好き勝手にやれて! 僕なんか――がっ!」
エルムスの拳が、ゼオリオを黙らせた。
重い拳を受けたゼオリオは情けない顔で意識を失う。
「そうだな。俺が悪い」
エルムスは小さくため息をこぼす。
「だからこれは、ただの八つ当たりだ」
その後、ゼオリオは国家反逆の罪状で牢獄へと収監された。
この事実を知るのは一部の人間だけである。
◇◇◇
朝、目が覚める。
まだ身体は少し痛いけど、もう大丈夫だ。
私が倒れてから一週間が経過した。
もう限定開放は終わってしまっている。
「片付けに行かないと」
起きて歩こうとして、ふらつく。
数日まともに歩いていないから、筋肉が衰えてしまったらしい。
倒れそうな私を、そっと抱き寄せてくれた人がいた。
「殿下……!」
「急に歩こうとするな」
「す、すみません!」
「いいから。ベッドに戻れ」
殿下に手を引かれて、病室のベッドへと戻る。
「病み上がりなんだ。もう少し休んだほうがいい」
「もう大丈夫です! 聖女様のおかげで、怪我も治りました」
「それでもだ。怪我が治っても、精神的な疲労はすぐには治らない。短い期間とはいえ、毒にも侵されていたんだ」
刃には毒が塗られていた。
傷と毒の二段構えで、殿下を暗殺しようとしたらしい。
毒は新たに開発されたもので、解毒薬がなかった。
この都市に聖女様がいなければ、私も危なかっただろう。
「限定開放はどうなったんですか?」
「無事に終わった。騒ぎも大事にならずに済んだからな」
「そうですか。よかったです」
私のせいで大失敗、なんてことにならずに。
ホッと胸をなでおろす。
「そんなことを心配するのか。刺されたのはお前なんだぞ」
「そ、そうですけど、みんな頑張って準備してきたことなので、私のせいで中止とかになったら申し訳なくて」
「誰もお前のせいなんて思わない。いや、俺のせいだな」
「殿下のせいじゃ!」
否定しようとしたけど、殿下の表情を見て言葉が詰まった。
今の殿下に何を言っても、きっと納得しない。
自分のせいだと、心から思っている顔だった。
「俺が巻き込んだ。本当にすまない」
「いえ、えっと……殿下に怪我がなくてよかったです」
今の私にできるのは、精一杯笑って大丈夫だとアピールすることだ。
それ以上のことはできない。
何を言っても、殿下は否定するだろうから。
「……あの時言ってくれたこと、覚えてるか?」
「え? あの時って……!」
私が倒れた直後のことだと気づく。
苦しそうな殿下に私は言った。
私は……どこにも行きませんから。
「あ、あれは……」
今になって恥ずかしくなる。
殿下に向かって、私は何を言っているのだろうか。
ただあの時は、苦しむ殿下に少しでも安心してほしくて……。
「嬉しかったよ」
「え……」
殿下は優しく微笑みかけてくる。
「俺のことを気遣ってくれたんだろ?」
「あ、はい……」
「嬉しかった。だからこそ、もう二度とこんな無茶はしないでくれ」
殿下は私の手をとり、ぎゅっと握る。
その手は温かく、わずかに震えていた。
「お前がいなくなったら、俺は悲しい」
「殿下……」
握る手が、少しだけ強くなった。
この手の中に、殿下の心が宿っている。
私は受け止めるように、殿下の手を握り返した。
「――はい」
殿下のおかげで、私は自分の居場所を見つけることができた。
この感謝を伝えるには、まだまだ時間がいる。
私のほうこそ、いなくならないでほしいと思った。
だからあの時、迷わず身体が動いたんだ。
この街は、この感覚は……。
殿下の夢は、もう私にとっても夢になった。
だから一緒に歩みたい。
願わくは、殿下の隣を歩けるように。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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