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どこにも行きません④

 順調なスタートだった。

 前回の反省を活かした新商品も、無事に新しいお客さんたちの心を掴んでいる。

 きっかけは同じ。

 優しい冒険者の方々の厚意のおかげで、多くの人に伝わった。


「ありがとうございました!」


 購入してくれたお客さんに、精一杯の感謝を込めて挨拶をする。

 商品の説明をして、大きな声で挨拶をして。

 朝からずっとしゃべり続けているせいで、ちょっぴり喉が枯れ始めていた。

 悪い気分じゃない。

 むしろ、疲れすらも心地いい。

 お店を始めた人たちは、みんなこういう感覚になるのだろうか。

 自分のお店が、商品が受け入れられる嬉しさで満ちる。


「ふぅ、お客さんもいなくなったし、今のうちに棚の整理をしなきゃ」


 暇になった時間を見つけて、空いた棚に商品を補充していく。

 予想していたけど、今回も売上一位は栄養ドリンクで決まりそうだ。

 一般人から冒険者まで、いろんな人の心と体に刺さる商品だから。

 その次に調味料たちが来る。

 特に一般のお客さんに好評で、様々な味や香りは料理を激変させる。

 購入したお客さんたちは、早く帰って試したいとワクワクしてくれていた。

 料理が上手くいったら、私にもおすそ分けをすると言ってくれたお客さんもいたくらいだ。


「楽しみだなぁ~」


 料理も人によって味が変わる。

 まったく同じ材料で、同じ作り方をしても個性が出る。

 錬金術にも似た要素がある。

 何かを作る時は必ず、作り手の心が反映されるのかもしれない。


 カランカラン。


 棚の整理も終わりかけのタイミングで、新しいお客さんがきた。


「いらっしゃいませ」

「お邪魔するよ」


 ぞろぞろと男性のお客さんが入ってくる。

 見るからに高貴な立ち振る舞い。

 一緒にいるのは使用人だろう。

 貴族の男性は、私に尋ねる。


「ここが噂の錬金術師のアトリエか。面白いものがあると噂を聞いたのだが」

「あ、はい。面白いかどうかはわかりませんが、新商品はいくつかございます」

「ほう。どれだ?」

「こちらの棚です」


 どこの貴族だろうか。

 ラットマン王国の貴族っぽくない服装と雰囲気だ。

 どちらかというと、トリスタン様の服装に近いような……。

 ならモースト帝国の方だろうか。

 失礼のないようにしっかり接客をしよう。

 

 私は丁寧に、新商品の調味料や栄養ドリンクを説明した。

 貴族の男性は頷きながら聞いていた。


「調味料か。どれ、おすすめを味見させてもらおう」

「はい!」


 少し緊張するけど、ちゃんと説明は聞いてくれているし、横柄な態度もない。

 貴族の中には平民に対して粗暴な態度をとる人もいる。

 この人は大丈夫そうだ。


「面白いな。これほどに味の変化が、深みがあるのか」

「まだ開発途中ですが、他にもたくさんあります」

「なるほど。どうだ? 我が家と直接契約をしてはくれないか?」

「え? 直接……?」

「そうだ。実にいい商品だった。ぜひとも我がトバール家と直接契約を結び、その商品を届けてほしい。代わりにアトリエの経営は私が援助する」

「あの、えっと……」


 思わぬお誘いに動揺する。

 要するに、お得意先になりたいということだろうか? 

 私としては嬉しい話だけど。


「すみません。そういうお話は一旦、殿下に相談してから決めたいのですが……」

「このアトリエの主は君だろう? ならば君が決めればいいことだ」

「それはそうかもしれませんが……」


 このアトリエを始めることができたのは殿下のおかげだ。

 私は経営のことは素人だし、このシュナイデンにおける外部とのやり取りも、基本的には殿下に任せている。

 こういう話は一度殿下と相談したい。

 そう思ったのだけど、思った以上に貴族の男性はグイグイくる。


「さぁ段取りを決めよう。必要なら我が屋敷に招待しよう」

「い、いえ、やはり殿下に相談を」

「そうだぜ。そういうのは勝手に決められちゃ困る」

「誰だ? 今は大事な話を――トリスタン殿下!」

「トリスタン様!」


 いつの間にか、貴族の男性の背後にトリスタン様が立っていた。

 遅れて扉のベルが鳴ったことに気づく。

 ちょうど今来たところみたいだ。


「よっ、ルミナ」

「こんにちは」

「ト、トリスタン様、どうしてこちらに?」

「ただの見回りだ。ダメだぜぇ? いくらほしいからって強引に契約なんて決めちゃよ。ルミナはエルムスのお気に入りだからな」

「エルムス殿下の!?」

「お、お気に入り……」


 なんだか語弊があるような気が……。

 悪い気分じゃないからいいか。


「これは失礼しました。今の話は忘れてください」

「いえ! 殿下に相談してからでもよければ、ぜひお願いします。それではダメですか?」

「いいえ、それで構いません。感謝します」


 強引だけど悪い人じゃなさそうでよかった。

 私に謝罪し、トリスタン様にも挨拶をして去っていく。


「ありがとうございます。トリスタン様」

「いいってことよ。貴族にはあーいう強引な奴も多いからな」

「それでも商品を喜んで貰えたのでよかったです」

「ったく甘いな。気をつけろよ? 今回は規模がでかい。どんな奴が入り込んでるかもわからねーんだ。それこそ王族を毛嫌いしてる奴もいる。現王政に反対してる連中が、粗探しで潜り込んでるって話もあるみたいだしな」


 そんなことになっていたのか。

 私がアトリエのことで夢中になっている間に、外では問題もチラホラ起きているらしい。

 大人数を一度に招いたことによる揉め事、トラブル。

 それを解決、未然に防ぐためにトリスタン様も動いている。


「じゃあな、十分に気をつけろよ」

「はい!」


 トリスタン様が去っていく。

 再び静かになり、棚の補充をしようと思ったところで。


「ルミナ」

「殿下!」


 エルムス殿下がアトリエにやってきた。

 走ってこられたのか、少し呼吸が乱れている。


「入れ違いか」

「もしかして、私を助けるために来てくださったんですか?」

「まぁな。精霊たちが教えてくれた。トリスタンに先を越されたか」


 殿下は少し残念そうだった。

 私は嬉しくて、笑みがこぼれる。

 殿下はいつも、私のことを見守ってくれている。

 今だって忙しいはずなのに。


「ありがとうございます」

「俺は何もしてないよ」

「いえ、殿下が見守ってくれている……そう思うと安心です」

「――そうか」


 心からそう思う。

 カランカランとベルが鳴る。

 新しく数名、お客さんが入ってきた。

 何人かは殿下に気づく。


「邪魔しちゃ悪いな。俺は戻るよ」

「はい。ありがとうございました!」


 殿下が去ろうとする。

 私の無事を確認して、安心した横顔で。

 きっと気を抜いてしまったのだろう。

 彼の背後に、ナイフを持った男性が近づく。

 奇しくも私が、それに気づいた。


「危ない!」

「――!」


 他に方法は浮かばなかった。

 私は走り出し、殿下を庇うように押しのけた。

 突き出したナイフは、代わりに私のお腹に刺さる。


「ぅ……っ……」

「ルミナ!」


 殿下が慌てて駆け寄る。

 犯人は慌てて逃走していく。


「殿下……人が……」

「そんなことは後でいい! 傷を早く……誰でもいい! 運ぶのを手伝ってくれ!」


 殿下が慌てている。

 痛い。

 寒い。

 意識が……遠のいていく。


  ◇◇◇


 痛みと振動で目が覚めた。

 どこだろう?

 白い天井はアトリエではない。

 

「安心して! 私が必ず助けるわ」

「頼む」


 聖女様の声だ。

 温かくて優しい光が私を包む。

 一緒にいるのはエルムス殿下とトリスタン様だった。

 そうか、ここは執行部の医務室。

 運び込まれた私は、聖女様の力で治療を受けていた。


「俺が油断したからだ……」

「お前のせいじゃねえ。警備はオレの担当だった。オレのミスだ」

「違う。あの男は俺を刺そうとした。それを庇って……」


 苦しそうな顔だった。

 初めて見る。

 こんなにも辛く苦しい表情をする殿下は……。


「俺のせいだ。また俺のせいで……」

「エルムス」

「勝手に決めつけないで。私が助ける。死なせないわ」


 二人の声も殿下には届いていないように見えた。

 かつてのトラウマが殿下を苦しめている?

 私が傷ついたせいで、殿下が悲しそうだ。

 どうしてだろう……嫌だ。

 そんな顔をしないでほしい。

 私の前で、悲しい顔をしないで。

 

 どうすればいい?

 私はどうしたら、殿下を笑顔にさせられる?

 今の私にできることは……。


「ルミナ?」

「大丈夫……ですよ」


 私は精一杯の力を振り絞り、落ち込んでいる殿下に手を伸ばす。

 殿下は私の手を握ってくれた。


「私は……どこにも行きませんから」

「――!」


 今の私にできること、言えるのはこれくらいだ。

 どこにも行かない。

 勝手にいなくなったりしないと。

 ほんの少しでもいいから、殿下に安心してもらいたかった。


 殿下の瞳から、涙がこぼれる。


「――ありがとう」


 ぎゅっと握りしめた手は温かくて、心地よかった。

 私は再び眠りにつく。

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『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』

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