どこにも行きません②
兄弟だから当然だけど、容姿はエルムス殿下に似ている。
目の色とか形、髪の色も同じだ。
髪がエルムス殿下よりも長くて、少し女性チックな見た目だった。
何より容姿は似ているのに、醸し出す雰囲気はエルムス殿下とはまったく違う。
ベリル殿下の第一印象は……。
「随分と忙しそうにしているな」
「兄上ほどではありませんよ?」
「そう謙遜するな。貴族たちの間でも噂になっているぞ。交易都市は順調に進んでいるようだな」
「はい。皆の協力のおかげで、予定より早く完成しそうです」
「よいことだ。王子として一度決めたことだ。最後まで責任をもってやり遂げろ」
「そのつもりです」
淡々と二人は会話を交わす。
兄弟の和やかさとか、仲睦まじい雰囲気は一切感じない。
むしろベリル殿下は少し威圧的だった。
いいや、エルムス殿下のことを見定めているような視線だった。
その視線が、今度は私に向けられる。
「君がルミナ・ロノワードだね」
「は、はい!」
緊張で背筋がピンとなる。
この人の前では、一切の失礼を許されないと直感した。
「エルムス殿下の元で働かせていただいております。錬金術師のルミナです!」
「知っているよ。宮廷錬金術師だった君を、エルムスがスカウトしたのだろう?」
「はい!」
「しっかり成果は上げているかな?」
「あ、はい。えっと、頑張らせていただいています」
「そうじゃなくて、具体的な成果だよ」
「具体的……」
相手を値踏みするような視線だった。
冷たい。
そう感じてしまう。
エルムス殿下の優しく温かな視線とは、正反対だった。
「エルムスが選んだんだ。何の成果も残せていないんじゃ、その目は節穴だったということになる。人を見定める目は王子として不可欠だからね」
「あの……」
背筋が伸びっぱなしで、緊張から上手く言葉がでない。
殿下やトリスタン様、聖女様と接する機会に恵まれて、目上の方と話すのも慣れていたのに。
今までが特別だったと認識させられる。
まるで夢から現実に引き戻されるような感覚だ。
「彼女は素晴らしい成果を残しています。先日の限定解放では、売上も上位でした。新しい商品も続々と開発してくれています」
困っている私を、殿下がフォローしてくれた。
殿下はそのまま続ける。
「彼女のアトリエは、シュナイデンの目玉の一つになりますよ」
「ほう。それは期待できるな」
「はい」
ベリル殿下の視線が再び私に向けられる。
冷たい視線が少しだけ和らいだ。
「これからも励むといい。我が国の繁栄のために」
「は、はい!」
たった数分の会話で理解した。
この人が見ているのは私じゃない。
私が何者で、何ができるのか。
この国にとって、私という存在がもたらす影響が、良いのか悪いのか。
私自身の価値を見定めているんだ。
「エルムス、お前のやろうとしていることは、将来的に我が国の繁栄に繋がる。そうだな?」
「はい」
「ならば失敗は許されない」
「わかっています」
ベリル王子は常に、この国の未来のことを考えている。
そこに感情論は一切ない。
合理的に、機械的に情報を処理している。
そうすることが当たり前であるかのように。
「次の解放はいつ頃だ?」
「前回から一月後を予定しています」
「なら今度は、王都の貴族たちも参加させろ。彼らの賛同なくして、交易都市の完成はない」
「……シュナイデンは商人や一般市民のための交易都市です」
「だとしてもだ。この国を支えている富の多くを貴族たちが保有している。優先すべきは彼らの意思、その次に国民の意思だ」
「……俺は、逆であるべきだと思います」
二人の王子は視線をぶつけ合う。
目に見えた対立。
階級や地位を重要だと考えるベリル殿下に対して、エルムス殿下はそれを否定する。
なぜ否定するのかは、彼の過去が理由だ。
「ふっ、お前の考えは知っている。だが、世界はそう簡単ではないぞ」
「それもわかっています」
ベリル殿下はどこまで理解して発言しているのだろう。
エルムス殿下の想い、真意を知った上で否定しているのなら、それは少し寂しい。
これじゃ二人より、幼馴染の三人のほうがよっぽど兄妹らしく見える。
ベリル殿下が立ち去ろうとする。
「私はこれで失礼するよ。また会議が入っているからな」
「お忙しいところ、気にかけてくださって感謝します」
「私も注目していることだ。お前たちの行く末を、見守らせてもらおう」
「はい」
エルムス殿下と話し終えたベリル殿下は、私に向かって言う。
「新商品とやらにも期待している。よい物なら王都にも広めよう」
「は、はい! ぜひお願いします」
最後まで緊張し通しで、どっと疲れが溜まった。
私たちの隣を通り過ぎ、背を向けて去っていく姿を見てホッとする。
やっと終わる。
と思ったら、ベリル殿下は立ち止まった。
「一つ、個人的な忠告をしておこう」
気を抜いていた私はビクッと反応して背筋を伸ばした。
エルムス殿下は動じず、毅然とした態度で応える。
「なんですか?」
「お前たちがやろうとしていることは、歴史を見ても新しい試みだ」
殿下は背を向けたまま続ける。
どうしてだろう?
後姿から感じる雰囲気が、今までとは違っていた。
視線が見えないから?
冷たさが薄れて、むしろ……。
「新しいことを進めれば、当然様々な意見が出るだろう。中には否定的な者もいる。特に現王政に否定的な者たちは、お前の計画を快く思っていないだろう」
「……そうですね」
エルムス殿下は寂しそうな横顔を見せる。
「何が起こるかわからない。自分自身を含め、周囲の者たちに危険が迫った時、守れるようにしておけ。失う苦しみは、お前もよくわかっているはずだ」
「……はい」
ベリル殿下が歩き去っていく。
それは不器用な思いやり。
王子としてではなく、一人の兄として弟の身を案じている。
私にはそう見えたし、何よりエルムス殿下は嬉しそうだった。
王族という選ばれし立場の人たち。
普通の兄弟とは違うけれど、彼らなりの距離感があるのだと知って、私はホッとした。
「守れるように……か」
「殿下のこと、心配してくれているんですね」
「そうだな。きっと」
殿下は小さく息を吐き、ベリル殿下が去った方向に背を向ける。
「俺たちも行こう。期待に応えないとな」
「そうですね!」
戻ったらすぐに新商品の開発をしよう。
「また街を解放するんですね」
「その予定だ」
「初めて聞きました」
「戻るまでに伝えるつもりだったんだ。順番が逆になったな」
前の解放から一か月後なら、戻ってからの時間も多くはない。
できる限り準備をして、前回の反省を活かそう。
今度は王都の人も来るらしい。
恥ずかしくないように、殿下に選ばれたことが正しかったと証明するために。
シュナイデンの錬金術師として、精一杯のおもてなしをしよう。
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(次回更新は2/4です)




