どこにも行きません①
ルミナとの再会は、各人各様の変化をもたらした。
姉のリエリアの場合――
「私がルミナより劣ってるなんてありえないわ。絶対に……絶対にないのよ!」
大出世を果たしたルミナに影響され、いつも以上に仕事に励むようになった。
空いた時間に錬金術に関する勉強もするようになる。
今までの彼女は、自分は優れている、と信じて疑わなかった。
しかし今、その自信が揺らいでいる。
立場、環境こそが自身の優位性を示す要素だと彼女は知っていた。
宮廷で働く自分と、第二王子に認められて大役を任されていたルミナ。
どちらが優れているか?
認められているか?
揺らいだ自信を確信へと変えるため、彼女は生まれて初めての努力を始める。
きっかけは怒りだった。
決して褒められた感情ではないけれど、彼女にとってはよい傾向だった。
元より才能には恵まれている。
正しく努力し、成長することができれば……。
彼女はいずれ、王国にとっても大きな存在となるかもしれない。
その様子を室長は影から見守っていた。
彼女の変化に、一番に気がついたのは室長だった。
常に部下たちのことを気にかけ、必要に応じで仕事量を調整したり、時に期待から厳しく接することもある。
リエリアに対しては、これまでルミナに押し付けていた罰として、彼女と同等の仕事量を割り振っていた。
(……変わろうとしているのかしら)
真意はわからない。
なぜ努力するようになったのか。
ルミナに触発されたのだろうか。
ただ一つ言えるのは、彼女の錬金術師としての研鑽は、たった今始まったのだということ。
(少しだけ、仕事量を減らしましょう)
彼女が自信をつけられるように。
ほんの少しずつでも、勉学の時間に当てられる余裕ができるように。
これをきっかけに彼女が成長してくれたら、ルミナがいなくなった穴もようやく埋まるだろう。
室長はリエリアを見守りながら、自身の仕事に戻る。
彼女はずっと、心の奥底で引っかかっていた。
ルミナを追い込んでいたのはリエリアやその周囲だが、自分もその一人なのではないか、と。
彼女の才能に期待して、成長のために裏で仕事量を変えていた。
期待からの行為だった。
決して悪意や、嫌がらせの目的ではない。
リエリアたちとは違う。
けれど、それが彼女を追い詰めてしまっていたのなら……。
そう思わずにはいられなかった。
ありがとうございました!
殿下から聞きました!
私を推薦してくれたこと!
それに仕事のことも、気づいて調整してくださっていたこと!
ルミナからの言葉が、彼女の心を救った。
「感謝すべきは私のほうね」
よくぞ。
よくぞ期待に応えてくれたと。
成長し、巣立った大きな才能に、更なる期待を寄せる。
彼女ならきっと大丈夫だ。
恵まれた環境で、ようやく手に入れた居場所で、今度はもっと大きな空へと羽ばたいてく。
それを見守ることが、今の室長の喜びになっていた。
この二人にはある種、よい変化が現れた。
ただ一人……そうはならなかった人間がいる。
◇◇◇
「くそっ!」
ゼオリオは荒れていた。
自室の花瓶を叩き割り、中身がカーペットを汚す。
呼吸を荒げて、怒りで顔の血管が浮き出ている。
彼の脳裏には何度も、あの瞬間が思い浮かんでいた。
――とても不快です。
「っ……不快だと? この僕に向かって!」
怒りのまま拳を壁に叩きつける。
大きな音と揺れで、近くにあった小物が落下する。
そんなことはお構いなしに、何度も叩く。
怒りが治まるまでずっと。
「ルミナの癖に……」
これからの私の人生に、ゼオリオ様は必要ありません。
キッパリと拒絶された思い出が、脳裏に焼き付いて消えてくれない。
怒りは増すばかりである。
見下していた人間が大出世を果たし、自身の誘いをあっさりと断ってしまった。
ルミナには当然、見下す気はない。
しかし彼には、見下されたように感じてしまった。
「錬金術の才能しかない女が、僕を見下すなんてありえない。あってはならないんだ!」
ロノワード家でも異端だったルミナ。
公爵家令嬢の地位は、形ばかりであってないようなものだった。
婚約していた期間も、本心から愛したことなどない。
一方的に利用していただけに過ぎない。
その程度の女だった。
彼にとってルミナは、利用価値があるかどうかで関係を保つ存在だった。
それが今は、自身が釣り合っていない現実に直面し、怒り乱れる。
「エルムス殿下が彼女を選ばなければ……勘違いさせるからいけないんだ」
怒りの矛先は、ついにエルムスにも向けられた。
「何が交易都市だ! 国王にもなれないからって、好き勝手やっているだけじゃないか」
ゼオリオはエルムスの支持者ではない。
彼の家柄は第一王子を支持している。
なぜなら第一王子のほうが、次期国王となる可能性が高いから。
国王になる王子と懇意にすることで、後の地位を確立する目的だった。
「そうだ……殿下が間違っているんだ」
支持者の中には時折、過激な思想を抱いてしまう者がいた。
「僕が正してみせる。交易都市なんて……この国には不要なんだ」
◇◇◇
王都で過ごした期間は、たった四日間だった。
必要な報告を済ませる目的を果たせば、残る理由もない。
私たちにはまだまだやるべきことがある。
「もう少しゆっくりもできるが、いいのか?」
「はい。戻りましょう」
私がいるべき場所はシュナイデンだ。
もうここは、過去の居場所でしかない。
会いたくなかった人、会っておきたかった人、ここでやるべきことは終わった。
本当に心残りはない。
「そうか。馬車を用意させている。行こう」
「はい!」
私たちは二人並んで、王城を後にする。
廊下を歩き、もうすぐ出入り口に差し掛かるというところで――
「もう出発するのか? エルムス」
一人の男性が私たちの前に立った。
殿下のことを呼び捨てにして、堂々とした態度を見せる。
そんなことができる人間は、同じ地位にいる者だけだろう。
さすがの私も一目でわかった。
「お久しぶりですね。兄上」
「そうだな。一月ぶりか」
ベリル・ラットマン第一王子。
ラットマン国王の正統後継者であり、エルムス殿下の実兄だ。
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(次回更新は2/2です)




