精霊の瞳に守られて④
お姉様と室長さん。
二人と偶然に再会し、それぞれ聞きたかったことを聞き、伝えたかったことを伝えた。
偶然ではあったけど、満足している。
特に室長さんには感謝を伝えたいと思っていたから。
私はとてもいい気分だった。
スキップでしたいような気持ちで、廊下を歩く。
ふと思う。
これが運命だとするなら、次に出会うのは誰なのだろうか?
お姉様、室長さん……。
私にとって思い出深く、関わりがあった間柄。
残る人物と言ったら――
「やぁ、ルミナ。久しぶりだね」
「……」
やっぱりこの人か。
廊下の対角から歩いてきた人物が、私に声をかけた。
私は立ち止まり、小さくため息をこぼす。
「おや? もしかして僕のことは忘れてしまったかな?」
「……いいえ、お久しぶりです。ゼオリオ様」
忘れるはずがないだろう。
一応、私の婚約者だった人だ。
婚約はすでに破棄されている。
ただの他人でしかない。
「失礼します」
「つれないじゃないか。せっかく再会したんだ。もう少し話そう」
「……」
話すことなんてない。
私たちは他人だ。
家族でもなく、仕事仲間というわけでもない。
どうしてだろう?
この人に対しては特に、苛立ちを感じてしまうのは……。
「聞いたよ。エルムス殿下の元で街づくりをしているんだってね?」
「……はい。そうです」
「凄いじゃないか! 大抜擢だ」
「そうですね」
異様にテンションが高い。
こんなに高いのは初めて見る。
私と婚約をしていた頃でさえ、優しかった最初の一年でさえ、ここまでは一度も見せなかったのに……。
なんだか、嫌だな。
「驚いたよ。君がこんな大役に選ばれるなんてね」
「そうですね。私も驚きました」
「うんうん。そのおかげで目が覚めたよ! やはり僕には、君が必要だってね」
「……はい?」
この人は何を言っているのだろう?
「ルミナ、僕とまた婚約してくれないかい?」
「……」
本当に何を言っているのだろう?
婚約?
また?
もしかして忘れてしまったのかな?
「婚約を破棄したのは、ゼオリオ様です」
「そうだね。あのときの僕は間違っていたよ。君しかいないんだ」
「……お姉様との婚約はどうされるのですか?」
「リエリアさんとは婚約していないよ。仲良くさせてもらっていただけで、婚約者ではないんだ」
言葉が過去形だ。
まるで、今は違うみたいな言い方……。
私は訝しむ。
「それに、彼女も今はとても忙しいみたいでね? 毎日仕事に追われて、僕のことなんて相手にしてくれないよ」
「……」
そういうことか。
少しずつ、背景が見えてきた。
ついでに彼の薄っぺらい思惑も……ため息が出そうだ。
「君が一番だってことに気づいたら、君のことばかり考えていた。僕の相手に相応しいのは君しかいないよ」
「……はぁ……」
ついにため息が出てしまった。
特大のが。
私は呆れる。
一時期とはいえ、こんな男を信頼していたのか。
比べるのも失礼だけど、殿下とは大違いだ。
「もちろんお断りします」
「――! ルミナ?」
「何を驚いていらっしゃるのですか? 当然でしょう? まさか、承諾されると本気で思っていたのですか?」
「と、当然じゃないか! 君だって本心では、縒りを戻したいと思っていたはずだ。君は僕のことを――」
「なんとも思っていませんよ」
私はキッパリと言い切った。
ゼオリオ様は鳩が豆鉄砲をくらったような顔を見せる。
ここまでいくと滑稽だ。
彼は本当に、私が愛していたと思ってるのだろう。
ありえない。
少なくとも今の私が彼に向ける感情は……。
「とても不快です」
「ふっ、不快……?」
「婚約を破棄したのはあなたです。お姉様に近づいたのもあなたです。お姉様がお忙しいなら、そんな時こそ支えるべきでしたね」
「か、彼女は支えなんて求めていないさ」
「そうですね。なら私も、これから私の人生にゼオリオ様の存在は必要ありませんので」
これ以上話していると、もっとひどいことを言いそうだ。
私はお辞儀をして、彼の横を通り過ぎる。
目的の部屋はすぐそこだ。
「待ってくれ、ルミナ!」
私は待たない。
無視して通り過ぎようとした私に、ゼオリオ様が手を伸ばす。
その時、風が吹いた。
優しくて温かな風が、私の背中だけを押してくれた。
ゼオリオ様が伸ばした手は、私に届かずに空を掴む。
「さようなら」
今度こそ。
ようやく理解する。
彼と話していると、どうしてこんなにも不快な気分になるのか。
理由はシンプルだ。
私は彼のことが……。
嫌いになったらしい。
思えば初めてかもしれない。
ここまで明確に、嫌いだと認識できる相手は。
心から思う。
もう二度と、関わらないでほしいと。
そして――
予感がする。
この扉の向こうに、彼がいてくれると。
「失礼します」
「――俺のほうが早かったな」
「そうみたいですね」
予感は当たる。
部屋では殿下が待っていた。
「用事は終わったのですか?」
「ああ、すぐにな。俺を支持してくれている貴族たちに挨拶をしていただけだ」
「そうでしたか」
「お前のほうは? もういいのか?」
「はい」
言いたいことは言えた。
少しはスッキリした気分だ。
「ありがとうございます」
「何のことだ?」
「見守っていてくださったのですね」
私の背中を押してくれたのは、間違いなく殿下の風だった。
殿下は笑う。
「声をかけようか迷った。でも、必要なさそうだったからな」
「はい」
「中々のセリフだったな」
「お、お見苦しいところをお見せしました……」
声までハッキリ聞こえていたらしい。
途端に恥ずかしくなる。
「むしろ安心したよ。お前も怒ることがあるんだな」
「え? それはまぁ……私も人なので」
「そうだな。それがわかって安心した。怒りとかストレスは、溜めるほどよくない。偶に発散してもいいんだ」
「そうですね」
実際スッキリしている。
気持ちのひっかかりが取れたようだ。
「ちょうどいい機会だ。何かないか? 俺や仕事に対するストレスは?」
「殿下にですか?」
「ああ、いいぞ? 部下の意見を聞くのも俺の役目だ」
「――ふふっ、ありませんよ」
これに関しては嘘偽りない本心だ。
強がりなんて一切なし。
私は心から、満足している。
「殿下には感謝しかありません。だからどうか、これからも私を殿下の元で働かせてください。それだけです」
「――そうか。俺のほうこそな」
殿下が期待してくれる。
望んでくれるなら、私はいつまでも働こう。
頑張ることは、苦じゃない。
認めてくれる人がいるから。
【作者からのお願い】
引き続き読んで頂きありがとうございます!
すでに評価して頂いた方、ありがとうございました!!
まだの方はぜひともページ下部の評価欄☆☆☆☆☆から、お好きな★を頂ければ非常に励みになります!
現時点での評価でも構いません!!
ブックマークもお願いします。
ランキングを維持することでより多くの読者に見て頂けますので、どうかご協力お願いします!
次回をお楽しみに!
(次回更新は1/31です)




