精霊の瞳に守られて②
「それで? 結局何をしにきたのかしら? 私たちの様子をただ見に来た、わけじゃないんでしょう?」
「まぁな。伝達事項と相談だ」
どうやらアトリエに訪れたのには理由があったらしい。
殿下は私に視線を向けた。
聖女様にはなく、私に伝達と相談があるようだ。
「何かあったのですか?」
「ああ、今度、王都へ行くことになった」
「王都へ? 戻られるのですか?」
「一時的にだがな」
「そうですか……」
楽しくて忘れがちだけど、ここは王都から遠く離れた辺境の領地。
三国の国境が重なる唯一の地点。
王都へ戻るということは、少なくとも数週間は帰れない。
しばらく殿下にお会いできないのかと思うと、寂しい気持ちになる。
「それに同行してほしいんだ」
「え? わ、私がですか?」
「ああ」
ビックリして両目をパチッと開いた。
もう二度と、王都には戻らないだろう。
そう思っていた私にとって、思わぬ提案だった。
「俺が王都に戻るのは、この間の限定解放の報告をするためなんだよ。ついでに説明だな。一時的にでも都市を開けたから、ここの情報が貴族たちにも伝わっただろうし」
「そうでしたか……報告のために……」
「そう。だから一緒に来てほしい。都市を代表する人間として」
「だ、代表なんて! 私よりも適任はいると思いますが……」
この都市に関わる人は、私以外にも大勢いる。
街を作る大工さんはもちろん、様々なお店やサービスを提供する専門職の方々が。
限定解放の時、プレオープンしたのは私のアトリエだけじゃなかった。
「何を言ってる。お前以上の適任はいないぞ」
「そ、そうでしょうか……」
「ああ、だってお前、あの期間で一番の売上を叩きだしてるから」
「え……そうだったんですか!」
私が驚き声をあげると、殿下は呆れ、聖女様も少し驚いた顔をする。
「知らなかったのか……」
「知らなかったのね」
「知りませんでした……」
売上の管理はちゃんとしている。
まとめてアルマさんに報告済みだ。
他と比べようなんて思ってもいなかった。
そうか、私が一番……。
「嬉しそうだな」
「顔がニヤケているわよ」
「――! す、すみません、つい」
恥ずかしい。
「謝らなくていいじゃない。喜ぶのはいいことよ? ね?」
「そうだな。これで伝わったか? お前が適任だってことが」
「はい。殿下がそうおっしゃるなら、同行させていただきます!」
「よし、じゃあ準備してくれ。今から出発するぞ」
「え、今からですか!」
思ったよりも急ぎだった。
私は焦り、アワアワしながら荷造りのことを考える。
「落ち着きなさい。私も手伝ってあげるわ」
「聖女様! すみません、料理を教える約束が……」
「いいわ。それは帰ってきてからのお楽しみね。どうせ私も、あと数日で一旦国に戻らないといけないのよ」
「そうだったんですか?」
「ええ、聖女としての役目に戻らないと」
聖女様は私なんかよりもずっと忙しい。
王国には、聖女様の祈りを待っている人たちが大勢いるのだろう。
「次に来た時、また教えてね?」
「はい!」
料理を教える約束をして、私は出発のための準備を始めた。
聖女様にも手伝ってもらい、すぐに準備を終えた私は、殿下に連れられて王都行きの馬車に乗る。
殿下が不在の間、街をまとめるのはトリスタン様の役目だった。
「しっかり頼むぞ」
「わかってるって。気をつけていけよ」
「ああ。アルマも、トリスタンを手伝ってやってくれ」
「かしこまりました」
「行ってきます!」
こうして私たちを乗せた馬車は出発した。
シュナイデンを出るのはいつぶりだ?
以前、勝手に出て怒られてから、一度も出ていない。
外に出るのも久しぶりだ。
何より……。
「王都か……」
もう二度と、あの場所には戻らないと思っていた。
けれど、いつかこういう日が来るんじゃないかとも思っていた。
まさかこんなにも早く、訪れるなんて。
本当に、人生何が起こるかわからない。
辺境へ左遷されたと思ったら、待っていたのは殿下で。
自分が選ばれたことを知って。
そして今――
「ただいま戻りました。父上」
「長旅、ご苦労であった。エルムス」
「ありがとうございます」
「うむ、その者が例の……」
「はい。錬金術師のルミナ・ロノワードです」
私は殿下と共に、玉座の間で国王陛下に謁見している。
膝をつき、頭を下げて。
過去最大級の緊張感だ。
殿下が代わりに話してくれているから大丈夫だけど、緊張で声も出ない気がする。
置物みたいに固まっていると、話が進む。
「限定解放の結果を聞こう」
「はい。経過はおおむね順調です。特に大きな問題もなく、このまま建設が終われば、一般開放も可能かと」
殿下が淡々と説明していた。
私も聞くべきなのだけど、緊張であまり頭に入ってこない。
むしろ早く終わってくれないかな、なんて失礼なことすら考えてしまう。
「大体はわかった。順調そうで何よりだ」
「はい」
「ルミナ・ロノワードよ」
「は、はい!」
まさかの国王陛下が私の名前を呼んだ。
ビックリして声が裏返る。
何か粗相をしてしまったのかと思い、ビクビクしている私に陛下は尋ねてくる。
「そなたから見て、シュナイデンはどうだ?」
「どう……ですか……」
陛下と視線が合う。
試されているような気分になった。
私がどう答えるのかを、陛下は待っている。
緊張で回答に詰まる私に、殿下は小さな声で囁く。
「思うままに応えてくれ。それでいい」
背中を押されて、私は口を開く。
「す、素敵な場所です。私が、人生を捧げたいと思えるくらい」
「――!」
「そうか。よくわかった」
今、国王陛下が笑ったように見えた。
一瞬だけだったから、気のせいかもしれないけど。
ほんの少し、緊張が和らいだ。
「期待しているぞ」
「は、はい!」
こうして、長いようで短い時間が終わる。
玉座の間を出てすぐ、私は大きくため息をこぼした。
「はぁ……」
「よく頑張ったな」
「殿下……緊張しました」
「だろうな」
殿下は笑い、嬉しそうに続ける。
「けど、いい言葉だった。嬉しかったよ」
「お、思ったことを口に出しただけですので」
「だからこそ嬉しいんだ。あの場所には、俺の夢があるからな」
「――はい」
私も知ってる。
殿下があの都市に、どんな想いを抱いているのか。
知っているからこそ、人生をかける価値を見出した。
「疲れただろう? 客室を用意してあるから休むといい。俺は少し予定があるから、先に行っていてくれ」
「はい」
私はこれから先も、あの都市で頑張っていく。
そう決めている。
たとえ誰に、何を言われようとも。
「――ルミナ」
「――! お姉様……」
誰と出会おうとも。
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