表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/37

辺境に飛ばされて③

「……え?」


 その現場を目撃したのは、私がお姉様の仕事を片付けて、夜遅くに帰宅した時だった。

 お姉様の部屋がわずかに空いていて、中が見えてしまった。

 覗くつもりはなかった。

 すぐに立ち去ろうと思った。

 けれど目が離せない。

 なぜならそこには……。


「リエリアさんはいつ見ても美しいよ」

「ありがとう、ゼオリオ様。あなたも逞しくて好きよ」

「ははっ、あなたにそう言って貰えるなんて光栄だよ」

「……ゼオリオ……様?」


 目を疑った。

 二人が仲良く抱きしめ合っている姿が、私の網膜に焼き付いた。

 後ずさり、逃げるように自室に閉じこもった。


「……いつ、から?」


 最近あまり会う機会がなくて、寂しいと思っていた。

 お会いできても忙しそうで、すぐに私の前からいなくなってしまう。

 それでも会えるだけで、声が聞こえるだけで幸せだった。

 

 リエリアさんはいつ見ても美しいよ。


「っ……」


 もう二度と、声を聞きたくないとさえ思う。

 いつから、なんてどうでもいい。

 彼が見ていたのは私じゃなくて、リエリアお姉様のほうだった。

 最初からそのつもりで私に近づいただけなのかもしれない。

 お姉様と会う機会があって、ころっと心変わりしてしまったのかも。

 考えなくてもいい。

 考えたところで意味はない。


 私は再び、一人に戻った。


 それからさらに三年が経過して、いろいろ諦めてしまった私は、お姉様に言われる前に彼女の仕事を肩代わりした。

 おかげで仕事効率はあがったし、比例して錬金術の技術も向上した。

 錬金術師としての成長こそ、私が唯一今回の人生で得た宝だ。

 私はもう、誰も信じないと決めた。

 自分がほしいものは、自分の力で手に入れるしかない。

 今の努力で足りないなら、今以上の努力をしよう。

 そうすればいつか――


  ◇◇◇


 ――と思っていたけど、現実は厳しい。

 お姉様は相変わらず自分勝手で、大切な仕事ですら私に丸投げする。

 ゼオリオ様は私とまったく会わなくなって、私が見ている所でさえ、お姉様とよろしくしている。

 お父様とお義母様も変わらない。

 私のことなんて、いないものとして扱っている。

 衣食住が屋敷で提供されているだけマシなのだろう。

 窮屈で、孤独な日々……。


 それがやっと終わる。

 そう思ったら、自然と悲しさは消えていった。


「ゼオリオ様、今までありがとうございました。短い間でしたが、あなたの婚約者になれてよかったです」

「そ、そうか? さぞ名残惜しそうだね」


 私はニコリと微笑む。

 名残惜しさはない。

 ただ一応、彼の優しさに助けられた期間もある。

 そのことについては感謝しているだけだ。


「どうして笑っているのかしら?」

「お姉様?」


 リエリアお姉様が私を睨んでくる。

 怒っているというより、訝しんでいる様子だった。


「自分の置かれた立場を理解していないのかしら? あなたは宮廷から追い出されるのよ。それだけじゃないわ。屋敷からも出ることになるわね」

「そうなりますね。お父様とお義母様には、今までお世話になりましたとお伝えください。私からより、お姉様からお伝えしてもらえるほうがいいと思います」

「っ、随分と潔いわね。悲しくて受け入れられないのかしら?」

「そういうわけじゃありません。いずれこんな日が来ることは、なんとなくわかっていましたから……」


 二人が裏でコソコソやっていることは知っていた。

 私の存在が邪魔なことは、今さら考えるまでもなく知っている。

 お姉様に言い寄る男性は今も多い。

 そのうちの一人がゼオリオ様というだけで、他にも協力者はいるのだろう。

 まさか辺境に左遷されるとは思わなかったけど、これもいい機会だ。

 宮廷は素晴らしい場所だけど、私にとって居心地がよいかと問われたら、首を傾げる。

 だってお姉様の仕事を、全部私が肩代わりしないといけない。

 頑張っても半分以上がお姉様の手柄になってしまう。

 そんなの頑張り損だ。


「お姉様、これからお姉様のお仕事の手伝いはできませんが、頑張ってください」

「……何? 私のことを気遣っているつもり? 馬鹿にしないで! あなたに出来る仕事くらい、私はその何倍もできるのよ?」

「そうでしたね。お姉様ならできると思います。だから心配はしていません」

「ルミナ……」


 お姉様はひどく私を睨んでくる。

 私の言葉に苛立っている。

 お姉様はプライドが高いから、格下だと思っている私に心配されたら、プライドが傷つけられたと思って怒るのは理解できる。

 わかった上で、私は言葉を選んだ。

 どうせもう二度と会うことはないだろうし、最後くらい一矢報いよう。

 とても小さな抵抗だ。


「お話はそれだけですね? すみませんが出発の準備をしたいので、一人にして頂けませんか?」

「あ、ああ、出発は明後日だ。すぐに荷造りをするといい」

「はい、そうさせていただきます」

「ルミナ……本当にわかっているの? もう二度と、ここには戻ってこれないわ」


 私は目を丸くした。

 少し驚いた。

 お姉様の口から、そんな言葉が聞こえるとは思わなかったから。

 まるで、私のことを気遣っているようじゃないか。

 思わず、笑ってしまいそうになる。

 また不機嫌にさせるから堪えて、私は返事をする。


「はい。だから今まで、お世話になりました。どうか皆さん、お元気で」


 この別れに、一切の後悔はない。

 ただただ、解放された気分だった。


  ◇◇◇


 ルミナに婚約破棄を宣言した二人。

 すぐに屋敷へ戻り、リエリアの自室で内密な話を始める。


「思っていた反応とは違いましたね、リエリアさん」

「……そうですわね」

「もっと悲嘆にくれるものと思っていましたが、呆気ないというか」

「っ……」


 リエリアは苛立ちを見せる。

 彼女はプライドが高い。

 故に、ルミナを自分より格下だと思いたい。

 一つでも、少しでも、自分と並ぶものはあってはならない。

 錬金術師として地位だけは、彼女たちは対等だった。

 いやむしろ、先に宮廷入りしたルミナのほうが先輩で、宮廷での立場が上だった。

 そのことが腹立たしく、認められなかった彼女は、以前からどうにかして彼女を追い出すことを考えていた。

 自分の仕事を押し付けていたのも、いずれ倒れてくれたらいいと思っていたからである。

 だが、彼女は一向に倒れない。

 そこへやってきた辺境への転属提案は、まさに好機だったと言える。


「ふふっ、どうせ今だけですわ。強がっているだけで、すぐに後悔するでしょう。あんな辺鄙な土地に飛ばされるんですから」

「確かに、あそこに何かありましたか? 都市すらあったか怪しい地です。そもそも誰が管理しているかも不明な場所ですので」

「ええ、その意味は……」


 国外追放に等しい。

 もう二度と、戻ってくることもない。

 邪魔者も消えて、気分がいい。

 はずだった。


「余裕な顔……腹立たしいわ」


 最後に見せた彼女の表情が、リエリアを苛立たせていた。

 

 彼女は知らない。

 錬金術師としての才能は、確かに姉妹に大きな差はないだろう。

 だが、才能だけでは足りない。

 知識、経験、探求心こそが錬金術師に必要な要素だった。

 それらすべてを持つ彼女こそが、選ばれし者であると。


 そう、左遷ではない。

 彼女は、ルミナは選ばれたのだ。


 彼に――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』

https://ncode.syosetu.com/n2188iz/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
― 新着の感想 ―
宮廷錬金術士として二人分の成果を上げている主人公がたかが毒婦の謀略で左遷される?だとしたら誰も彼女の仕事や腕前も見ていないことになる 宮廷錬金術師ならば国家に才能を認められたはず、能力と実績だけが全て…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ