辺境に飛ばされて③
「……え?」
その現場を目撃したのは、私がお姉様の仕事を片付けて、夜遅くに帰宅した時だった。
お姉様の部屋がわずかに空いていて、中が見えてしまった。
覗くつもりはなかった。
すぐに立ち去ろうと思った。
けれど目が離せない。
なぜならそこには……。
「リエリアさんはいつ見ても美しいよ」
「ありがとう、ゼオリオ様。あなたも逞しくて好きよ」
「ははっ、あなたにそう言って貰えるなんて光栄だよ」
「……ゼオリオ……様?」
目を疑った。
二人が仲良く抱きしめ合っている姿が、私の網膜に焼き付いた。
後ずさり、逃げるように自室に閉じこもった。
「……いつ、から?」
最近あまり会う機会がなくて、寂しいと思っていた。
お会いできても忙しそうで、すぐに私の前からいなくなってしまう。
それでも会えるだけで、声が聞こえるだけで幸せだった。
リエリアさんはいつ見ても美しいよ。
「っ……」
もう二度と、声を聞きたくないとさえ思う。
いつから、なんてどうでもいい。
彼が見ていたのは私じゃなくて、リエリアお姉様のほうだった。
最初からそのつもりで私に近づいただけなのかもしれない。
お姉様と会う機会があって、ころっと心変わりしてしまったのかも。
考えなくてもいい。
考えたところで意味はない。
私は再び、一人に戻った。
それからさらに三年が経過して、いろいろ諦めてしまった私は、お姉様に言われる前に彼女の仕事を肩代わりした。
おかげで仕事効率はあがったし、比例して錬金術の技術も向上した。
錬金術師としての成長こそ、私が唯一今回の人生で得た宝だ。
私はもう、誰も信じないと決めた。
自分がほしいものは、自分の力で手に入れるしかない。
今の努力で足りないなら、今以上の努力をしよう。
そうすればいつか――
◇◇◇
――と思っていたけど、現実は厳しい。
お姉様は相変わらず自分勝手で、大切な仕事ですら私に丸投げする。
ゼオリオ様は私とまったく会わなくなって、私が見ている所でさえ、お姉様とよろしくしている。
お父様とお義母様も変わらない。
私のことなんて、いないものとして扱っている。
衣食住が屋敷で提供されているだけマシなのだろう。
窮屈で、孤独な日々……。
それがやっと終わる。
そう思ったら、自然と悲しさは消えていった。
「ゼオリオ様、今までありがとうございました。短い間でしたが、あなたの婚約者になれてよかったです」
「そ、そうか? さぞ名残惜しそうだね」
私はニコリと微笑む。
名残惜しさはない。
ただ一応、彼の優しさに助けられた期間もある。
そのことについては感謝しているだけだ。
「どうして笑っているのかしら?」
「お姉様?」
リエリアお姉様が私を睨んでくる。
怒っているというより、訝しんでいる様子だった。
「自分の置かれた立場を理解していないのかしら? あなたは宮廷から追い出されるのよ。それだけじゃないわ。屋敷からも出ることになるわね」
「そうなりますね。お父様とお義母様には、今までお世話になりましたとお伝えください。私からより、お姉様からお伝えしてもらえるほうがいいと思います」
「っ、随分と潔いわね。悲しくて受け入れられないのかしら?」
「そういうわけじゃありません。いずれこんな日が来ることは、なんとなくわかっていましたから……」
二人が裏でコソコソやっていることは知っていた。
私の存在が邪魔なことは、今さら考えるまでもなく知っている。
お姉様に言い寄る男性は今も多い。
そのうちの一人がゼオリオ様というだけで、他にも協力者はいるのだろう。
まさか辺境に左遷されるとは思わなかったけど、これもいい機会だ。
宮廷は素晴らしい場所だけど、私にとって居心地がよいかと問われたら、首を傾げる。
だってお姉様の仕事を、全部私が肩代わりしないといけない。
頑張っても半分以上がお姉様の手柄になってしまう。
そんなの頑張り損だ。
「お姉様、これからお姉様のお仕事の手伝いはできませんが、頑張ってください」
「……何? 私のことを気遣っているつもり? 馬鹿にしないで! あなたに出来る仕事くらい、私はその何倍もできるのよ?」
「そうでしたね。お姉様ならできると思います。だから心配はしていません」
「ルミナ……」
お姉様はひどく私を睨んでくる。
私の言葉に苛立っている。
お姉様はプライドが高いから、格下だと思っている私に心配されたら、プライドが傷つけられたと思って怒るのは理解できる。
わかった上で、私は言葉を選んだ。
どうせもう二度と会うことはないだろうし、最後くらい一矢報いよう。
とても小さな抵抗だ。
「お話はそれだけですね? すみませんが出発の準備をしたいので、一人にして頂けませんか?」
「あ、ああ、出発は明後日だ。すぐに荷造りをするといい」
「はい、そうさせていただきます」
「ルミナ……本当にわかっているの? もう二度と、ここには戻ってこれないわ」
私は目を丸くした。
少し驚いた。
お姉様の口から、そんな言葉が聞こえるとは思わなかったから。
まるで、私のことを気遣っているようじゃないか。
思わず、笑ってしまいそうになる。
また不機嫌にさせるから堪えて、私は返事をする。
「はい。だから今まで、お世話になりました。どうか皆さん、お元気で」
この別れに、一切の後悔はない。
ただただ、解放された気分だった。
◇◇◇
ルミナに婚約破棄を宣言した二人。
すぐに屋敷へ戻り、リエリアの自室で内密な話を始める。
「思っていた反応とは違いましたね、リエリアさん」
「……そうですわね」
「もっと悲嘆にくれるものと思っていましたが、呆気ないというか」
「っ……」
リエリアは苛立ちを見せる。
彼女はプライドが高い。
故に、ルミナを自分より格下だと思いたい。
一つでも、少しでも、自分と並ぶものはあってはならない。
錬金術師として地位だけは、彼女たちは対等だった。
いやむしろ、先に宮廷入りしたルミナのほうが先輩で、宮廷での立場が上だった。
そのことが腹立たしく、認められなかった彼女は、以前からどうにかして彼女を追い出すことを考えていた。
自分の仕事を押し付けていたのも、いずれ倒れてくれたらいいと思っていたからである。
だが、彼女は一向に倒れない。
そこへやってきた辺境への転属提案は、まさに好機だったと言える。
「ふふっ、どうせ今だけですわ。強がっているだけで、すぐに後悔するでしょう。あんな辺鄙な土地に飛ばされるんですから」
「確かに、あそこに何かありましたか? 都市すらあったか怪しい地です。そもそも誰が管理しているかも不明な場所ですので」
「ええ、その意味は……」
国外追放に等しい。
もう二度と、戻ってくることもない。
邪魔者も消えて、気分がいい。
はずだった。
「余裕な顔……腹立たしいわ」
最後に見せた彼女の表情が、リエリアを苛立たせていた。
彼女は知らない。
錬金術師としての才能は、確かに姉妹に大きな差はないだろう。
だが、才能だけでは足りない。
知識、経験、探求心こそが錬金術師に必要な要素だった。
それらすべてを持つ彼女こそが、選ばれし者であると。
そう、左遷ではない。
彼女は、ルミナは選ばれたのだ。
彼に――