精霊の瞳に守られて①
人生とは冒険だ。
よく聞く言葉だけど、まさにその通りだと思う。
人との出会い、時間の流れ、未知を体感し、知って行く。
私たちはいつだって冒険をしている。
今日と同じ日常が、明日も続くとは限らないように。
人生は何が起こるかわからない。
そう、例えば私の場合……。
「ルミナさん、また料理を教えてもらえるかしら?」
「はい。もちろんでいいですよ」
「ありがとう。お礼にお仕事を手伝わせて」
「いいんですか?」
「ええ。教えてもらってばかりじゃ不公平だもの」
聖女様に料理を教えたり、お仕事を手伝って貰ったり。
友人のような関係になれたことは、まさに奇跡の一つだろう。
普通はありえない。
ただでさえ他国の人間で、タバリス王国にとっては国宝とまで称される人物。
そんな人と友人になれる機会なんて、どうやったら訪れるのか。
私自身が一番驚いている。
「それに、思った以上に楽しいわね。新しいものを作るのって」
「そう思って頂けたなら嬉しいですね」
「聖女じゃなかったら、錬金術師になりたかったわ」
「ふふっ、いいですね」
聖女様にそう言って貰える。
錬金術師とはなんて誉ある職業なのだろう。
自分の役割に誇りが持てる。
そのおかげか、毎日がとても楽しい。
ただの職務じゃなくて、趣味のように楽しむ余裕が生まれた。
たくさんの人と出会い、認められて、自分に自信が持てるようになったからだろう。
そのきっかけをくれたのは、やっぱりあの人だ。
カランカラン。
ベルが鳴り、店舗のほうから人が歩く音が聞こえる。
足音で何となくわかった。
こういう時、彼はタイミングを計ったように現れるから。
「お邪魔するよ、ルミナ」
「殿下! いらっしゃいませ」
宮廷で働いていた頃の私を見つけ出してくれた人。
私にとっての大恩人がやってきた。
「あら? 来たのね」
「こっちのセリフだが? またアトリエにきていたのか」
「ええ」
「ここのところ毎日じゃないか? ルミナの邪魔をしていないだろうな?」
「失礼ね。邪魔なんてするわけないでしょ? 私を何だと思っているのかしら」
プンプンと不機嫌になる聖女様。
私の前ではあまり見せない表情に、この二人の仲のよさがわかる。
殿下と聖女様、それからトリスタン様は幼馴染らしい。
他国の王族がここまで親しいのは、世界でも彼らだけなんじゃないだろうか。
時折、見ていて羨ましくなる。
立場を気にせず、冗談交じりに話せる間柄に。
「ねぇ、ルミナさん?」
「え?」
「ちょっとぉ! 私が邪魔してないって話、聞いてたの?」
「あ、聞いてました! 邪魔なんてされてません! むしろお手伝いまでして頂いて、本当に助かっています!」
背筋をピシッと伸ばして殿下に説明する。
すると聖女様は得意げな表情で胸を張り、殿下に、どうかしら、みたいな視線を向けた。
殿下は呆れたようにため息をこぼす。
「それは料理を教わる対価だろ」
「あら、教えてもらっていることは言っていないのに、よくわかったわね」
「そりゃわかるだろ」
「……あ、まーた覗き見していたの? 女の子二人をこっそり観察なんて、趣味が悪いわ。そんなことさせられる精霊たちが可哀想ね」
「見守っていると言ってもらおうか?」
「……精霊?」
知らない単語が飛び出して、キョトンと首を傾げる。
正確には単語の意味がわからないのではなく、殿下と精霊に何か関係あるのかな、という疑問だった。
そんな私に気づいた聖女様が、首を傾げて尋ねてくる。
「あら? 聞いてないの? 彼は精霊使いよ」
「……え?」
「言ってないの?」
「秘密にしていたからな、今の瞬間までは」
「あら、ごめんなさい」
「わざとだろ……」
呆れる殿下と、得意げに笑う聖女様。
その横で、驚いて口をポカーンと開けている私が、窓ガラスに反射して映っている。
殿下が精霊使い?
本当に?
「せ、精霊使いってあの、精霊使いですか?」
「他の精霊使いがあるのかしら?」
「さぁ、俺は知らないな」
「そういう意味じゃなくてですね!」
「わかってるよ。ルミナは相変わらず反応がいいな」
殿下は笑う。
少し恥ずかしくて、頬が赤くなる。
「黙っていて悪かったな。俺は大気の精霊に好かれているんだよ」
「大気の……風……」
「そう。気流を読んだり、風を操ったり、空気の振動で遠くの音を聞いたり、いろいろ便利だぞ」
ふと思い出した。
私がピンチな時、殿下は必ず駆けつけてくれた。
その時に口していた印象的な言葉。
風の噂――
あれは比喩ではなく、本当に風から聞いていたのだ。
疑問の一つが解消され、パズルのピースが埋まったような感動がある。
「その力で女の子のプライベートを覗いていたわけね」
「人聞き悪いことを言うな。俺が直接見ているわけじゃない。見ているのはあくまで風の精霊たちで、俺は彼らから教えられるだけだ」
「似たようなものじゃない」
「俺を覗き魔と一緒にしないでくれ」
殿下は呆れたようにため息をこぼす。
聖女様は本気で言っているわけじゃなくて、単にからかっているだけみたいだ。
いたずらな笑みを見せて、聖女様が私に尋ねる。
「ルミナさんも怒っていいのよ? 変態な王子様に見つかって大変ね」
「おい」
「ふふっ、怒ることなんてありませんよ」
「あら? そう?」
「はい」
何一つない。
私は殿下に、笑顔で伝える。
「いつも、私のことを見守ってくれていたんですね」
「――! 見ていたのは俺じゃなくて、風の精霊たちだぞ」
「はい。精霊さんたちにも感謝しています。私が危ない時、殿下に知らせてくれていたんですね」
風の精霊たちが見守り、何かあれば殿下に伝わる。
そのおかげで、私は今も怪我なく生きている。
どんな時でも駆けつけてくれる。
まるで、私にとってのヒーローのように。
嬉しくないはずがないよ。
「ありがとうございます。私を見つけてくれたのが殿下で、本当によかったです」
「……そうか」
私が感謝を伝えると、殿下は目を逸らしてしまった。
ちゃんと伝わらなかっただろうか?
それとも重かっただろうか。
「あら? 珍しいわね。照れているの?」
「ほっといてくれ」
なんてことはなくて、殿下は頬をほんの少し赤くしていた。
それが嬉しくて、私は笑う。
殿下でよかった。
本当に、心からそう思う。
願わくは、この先もずっと……。