隠し味は努力④
昼食を終える。
作り過ぎた料理も、二人で全部食べ切った。
意外なことに、聖女様はよく食べる。
私が三割でお腹いっぱいになったのに対して、聖女様は七割食べて満足そうだ。
「お腹いっぱい。大満足だわ」
「お口に合ってよかったです」
「完璧よ。私の専属料理人になってもらいたいくらい」
「お、恐れ多いですよ! 料理の腕なんて、本業の人に比べたら全然ですから!」
私は慌てて首を振り、身振りで否定する。
聖女様は楽しそうに笑いながら言う。
「謙遜しなくていいわよ。本当に美味しかったわ」
「ありがとうございます」
「羨ましいわね。これだけ料理ができたら、好きな人に振る舞ったりもできるでしょ?」
「好きな人っ、私にそういう人は……」
いない。
前世も含めて、恋人はできたことがなかった。
料理や錬金術と違って、私には縁のないことかもしれない。
とか、考えて少し悲しくなる。
「せ、聖女様も練習すれば、作れるようになりますよ!」
「本当に?」
「はい。私もそうでしたから」
「じゃあ教えてくれないかしら!」
「へ?」
聖女様は私の手を両手で包むように握り、顔を近づけてきた。
キラキラと目を輝かせ、困惑している私に続ける。
「どの料理も美味しかったわ! 特にオムライス! あれをトリスタン様に作ってあげたら、喜んでもらえるかなって思うの」
「は、はい。喜んでもらえると思います、よ?」
「じゃあお願い! ルミナさんの力を貸してちょうだい」
私が聖女様に料理を教える?
そんなことして大丈夫なのだろうか。
偉い人に怒られない?
不安や疑問を抱きつつも、まっすぐ期待されると……。
「が、頑張ります」
「ありがとう! 嬉しいわ」
断れませんでした。
結局、この日から聖女様は毎日、私のアトリエに通うようになって。
「私も手伝うわ。ルミナさんのお仕事」
「え! だ、大丈夫ですよ」
「教えてもらうだけじゃ不公平でしょ? 遠慮しないで」
遠慮とかじゃなくて、聖女様に仕事を手伝わせたなんて知られたら、偉い人に怒られそうで怖いんです……。
しかし聖女様は結構強引で、そのまま流れで手伝って貰った。
空いた時間を使って料理の練習をする。
聖女様はとても器用だった。
料理はおろか、包丁を握るのも初めてだったらしい。
にも関わらず、日に日に成長していく姿を近くで見ていたら、教えるのが楽しくなってきた。
「怪我は気をつけてくださいね! 指を切らないように」
「大丈夫よ。慣れてきたしもっと速くするわ」
「あ、わ、危ないですよ!」
ただ……聖女様のお転婆には慣れない。
器用だから成り立っているけど、一歩間違えば指を切ってしまいそうな場面もあった。
仕事を手伝わせた以上に、怪我でもさせたら?
国交問題にならない?
お願いだから無茶しないでください……。
聖女様の目の前で神様に祈る私だった。
料理を教え始めて三日後。
今日は初めて、一人で一から作ってもらうことになった。
私は見守り中だ。
包丁で怪我をしないように、フライパンで火傷しないように。
そして、美味しくできるように。
(本当に器用だなぁ)
私よりも料理の才能は絶対にある。
たった三日で包丁の使い方も手慣れたし、レシピも覚えてしまった。
テキパキと厨房に立つ姿は、聖女様のイメージからは遠く、新婚さんみたいだった。
「できたわ!」
あっという間にオムライスが完成した。
とろとろになっているか、包丁でオムレツを切って確かめる。
切る前からわかる。
これは成功していると。
「やったわ! 完璧な仕上がりでしょ?」
「はい。さすが聖女様です。私より手際がよかったです」
「ほめ過ぎよ。これもあなたのおかげね」
照れくさいけど、嬉しくて笑う。
味のほうも問題ないはずだ。
これまで何度も味見したし、せっかくならトリスタン様に食べてもらえたら――
「いい香りだな」
「トリスタン様!?」
「邪魔するぜ」
いつの間にか、私たちの背後にトリスタン様がいた。
アトリエのほうは鍵をかけていなかったから、普通に正面から入ってきたのだろう。
ベルの音にも気づかなかった。
「ふふっ、やっぱりきてくださったんですね」
「聖女様がお声掛けに?」
「いいえ、ただ何となく、私が来てほしい思った時はいつも来てくれるの」
そう言いながら嬉しそうな横顔を見せる。
通じ合っているんだ。
この二人は。
「最近大人しいなと思ったら、これを作る練習をしてたのか?」
「はい。トリスタン様に食べていただきたくて」
「そっか。じゃあ、食べていいか? ちょうど腹が減ってたんだ」
「はい。召し上がれ」
私のほうが緊張してきた。
大丈夫。
聖女様と一緒に見守る中、トリスタン様がパクリと飲み込む。
「美味い! 何だこれ!」
「――!」
「そうでしょう? ルミナさんに教わって作った自信作ですわ」
「ああ。味もそうだが、温まるな。お前の手料理って思うと」
「トリスタン様……」
よかった。
ちゃんと美味しいと言って貰えた。
不思議だ……自分が作ったわけじゃないのに、こんなにも嬉しいなんて。
聖女様と目が合う。
彼女は笑った。
とびきり嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
思わず、女性の私でもドキッとしてしまうような素敵な笑顔だ。
「楽しそうだな」
「え? 殿下!?」
いつの間にやら。
殿下も私の後ろにいた。
「どうしてこちらに?」
「風の噂かな?」
またそれだ。
この人はいつも示し合わせたようなタイミングで現れる。
「料理を教えていたんだな」
「はい」
「あれ、ルミナも作れるんだよな?」
「はい、作れますよ?」
「そっか」
殿下は楽しそうに笑い合う二人を見つめながら、ぼそりと呟く。
「俺も食べてみたい。今度作ってくれないか?」
「え?」
「ダメか?」
「いえ! ぜひ……!」
「そうか。楽しみだよ」
殿下が笑う。
ただ、食べてみたいというだけですよね?
――これだけ料理ができたら、好きな人に振る舞ったりもできるでしょ?
深い意味は、ないですよね?