隠し味は努力③
それから時間をかけ、新たに調味料やソースを開発した。
醤油の完成で甘めのケチャップもでき、その過程で使った香草をスパイスにアレンジ。
他にも醤油をベースにしたソースを作ったり、やっぱり作りたくなって、少ない卵を使ってマヨネーズもどきを作る。
結局しっくりこなくて、まだもどきのままだけど。
ある程度の調味料が完成したら、今度は使ってみたくなるよね?
「料理をするの?」
「はい。もうすぐお昼ですし、せっかくたくさん作ったので」
余った食材もある。
お米なんかも用意してもらったけど、結局使わなかった。
野菜なんかも常温で空気にさらしていたから、放置すれば傷んでしまう。
そうなる前に美味しく料理しよう。
アトリエには生活スペースが用意されていて、小さめだけどキッチンもある。
一人で料理をするには十分なスペースだ。
トントントン、と軽快なリズムで野菜を刻む。
「手際がいいわね」
「ありがとうございます」
「どこで覚えたの? ルミナさんって、貴族の生まれでしょう?」
「そうですけど、複雑な家庭環境でしたので」
苦笑いしながら、次の野菜を切る。
ちょうど玉ねぎだった。
この世界の玉ねぎも、切っていると涙が出てくる。
「な、なんだか目が痛いわ」
「玉ねぎを切っているので。あまり近づかないほうがいいですよ」
「もう遅いわ。う、涙が」
二人して涙を流しながら、聖女様はじっと私の料理風景を観察していた。
玉ねぎにやられても離れたりせず、興味深そうに。
錬金術とは違う意味で緊張する。
なんだか錬金術よりも注目されているように見えるけど……きのせい?
そんなにも珍しいだろうか?
ただ普通に料理をしているだけなのだけど。
「ちなみに何を作っているの?」
「いろいろですね」
「完成するまで内緒かしら?」
「そういうわけじゃないんですけど」
前世にあった料理だから、名前を言っても変な顔をされると思うから。
完成品を見て、食べてもらうのが一番だ。
って、勝手に聖女様の分も考えて作っていたことに気づく。
今さらだけど、食べてもらえるのだろうか。
そもそもとっくに正午は過ぎて……まぁいいか。
怪我をしないよう料理に集中した。
さらに時間は過ぎ。
できあがった料理をテーブルに並べる。
「ちょっと作り過ぎたかも……」
二人分にしては多い。
余った食材を全部使ったら、一家族の豪華な夕食風景になってしまった。
「凄いわね。これは何?」
「えっと、ケチャップを使った料理で、オムライスです」
「オムライス、いい香り」
以前にお店で食べてから、自分でも作ってみたかった。
包丁で真ん中を切ったらとろける、ふわふわオムライス。
上手くできているか……御開帳!
「わぁー、綺麗ね」
「ほっ」
上手くできていたらしい。
しっかりとろとろの卵がケチャップライスを覆う。
お店には負けるけど、悪くない見た目だ。
肝心の味は……。
聖女様がじっとオムライスを見ている。
「あの、食べますか?」
「いいのかしら?」
「はい。作り過ぎちゃったので、もしよかったら」
「頂くわ!」
テンションの高い聖女様に、スプーンを手渡す。
緊張の一瞬だ。
自分より先に、聖女様が味わう。
果たして、美味しいと言って貰えるだろうか。
「あーん」
「……」
息を呑む。
聖女様が飲み込む。
そして――
「美味しい!」
満面の笑みがこぼれた。
ホッとすると同時に、嬉しさがこみ上げてくる。
「凄いわ。外はふわふわで、中のこれは何?」
「ケチャップライスといって、ケチャップとご飯を混ぜたものです。あとは玉ねぎと、本当は鶏肉も入れたかったんですけどなかったので、それっぽいスパイスを足しました」
私が好きな甘めの味のケチャップを使った。
ケチャップライスと言えば玉ねぎと鶏肉だと思っている。
今度作るなら、鶏肉も入れよう。
「こんなに美味しい料理、初めてだわ」
「そ、そこまで大したものでは」
「大したものよ。料理だけじゃなくて、一から調味料まで作っちゃうんだから」
それも前世の記憶があったからこそだ。
付け加えるなら、前世で開発してくれた優秀な人たちのおかげでもある。
私はそれを活用させてもらっただけ。
聖女様は褒めてくれるけど、私自身はそんなに凄いことはしていない。
料理だって、勉強すれば誰でも真似できるものばかりだ。
「本当にすごいわ。さすが、エルムスが一番期待している錬金術師ね」
「一番……あの、殿下は私のこと、どうお伝えしていたのですか?」
ずっと気になっていたことだ。
いい話の流れができたから、勢いに任せて尋ねてみる。
聖女様はさらっと答える。
「褒めていたわ。大変な境遇にもめげずに頑張っている人で、見ているとこっちも頑張らなきゃと思えるような。そういう雰囲気のある人だって」
「そうですか……」
そこまで褒めてくれていたんだ。
殿下が私のことを知っていたことは聞いたけど、思っていた以上に。
「そのくらいじゃなきゃ、わざわざ宮廷から引き抜かないわ。知らない? あなただけよ? エルムスが直接連れて来たのは」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ほとんどは自分から志願した人。あとは元から私たちの部下だった人ね。新しい人で、直接口説き落とされたのは、ルミナさんだけね」
「口説きっ……」
独特な言い回しにビクッと反応する。
それも初耳だった。
ここで働く人は皆、殿下に直接選ばれた人なのだと思っていたから。
「それだけ特別なのよ」
「特別……」
恐れ多いことだ。
私なんかを気にかけ、選んでくれた。
その期待に応えよう。
今以上に、これからも。
「それにあなた、ちょっと雰囲気がユーリ君に似ているものね」
「え、ユーリさんって」
「聞いているでしょう? 彼から」
「はい」
大切な友人の一人。
故人。
殿下がこの都市をつくる理由になった人。
「頑張り屋だけど少し抜けている空気があって、なんだか放っておけない。そんな人だったわ」
殿下にとってかけがえのない思い出。
大切な友人だったことは、聖女様にとっても変わらないのだろう。
そんな人と少しでも似ている……そう思われるのは、とても光栄なことだ。
どんな人だったのだろう。
叶うことはないけれど、会ってみたかった。




