恋する聖女様②
タガリス王国第二王女、イゾルテ・タガリス。
当代の聖女に選ばれた彼女は、祈りによって奇跡を起こす。
奇病や難病を治療し、迷える者を幸福に導き、時に運命すら変えてしまう。
まさに神の御業を体現する存在。
私も名前は知っていた。
肩書や経緯から、よほど高貴なお方なのだろうと予想していた。
私には一生、縁のない相手だとも……。
それが――
「本当にトリスタン様のことを狙っていないのね?」
「全然違います!」
「そう、ならいいわ」
「……はぁ」
実際に会ってみたら、予想とかなり違っていて困惑中だ。
ようやく聖女様は私から離れてくれた。
ホッと胸を撫で下ろすと、殿下が代わりに近づいてくる。
「悪いな。イゾルテが迷惑をかけた」
「い、いえ、助かりました」
殿下は本当にタイミングがいい。
来てくれなかったら、今頃何をされていたか……。
あの威圧感……これも聖女の力なの?
「そんなに怯えなくていいじゃない。別にとって食べたりはしないわよ」
「ぅ……」
「誰でも怯えるさ。聖女にいきなり詰め寄られたらな」
その通りです。
めちゃくちゃ怖かったですから。
「それは、あなたがトリスタン様の名前を出すからよ」
「え、えぇ……」
さっきから気になっていたのだけど、トリスタン様の名前に強く反応されている。
何がまずかったのかさっぱりわからない。
困惑していると、殿下が呆れながら私に教えてくれた。
「ここだけの話、二人は恋仲なんだ」
「え……」
「そうよ。私たちは愛し合っているの!」
「……ええええええええええええ!」
久々の大リアクション。
二人ともビックリして耳を塞いだ。
「声がでかいって」
「ビックリしたわ。そんな声も出るのね」
「すみません! でも、え? そうなんですか?」
「ええ、そうよ。驚いたかしら?」
「驚きますよ。そんな話は一度も耳にしたことがなかったので」
一国の王子と、はたまた一国の王女様。
異なる国の王族が恋仲にあるなんて、聞いたことがない。
この世界でそういう恋が許されるのかも、正直わからない。
何より驚いたのは……。
(あのトリスタン様と恋仲……)
豪快、豪胆。
恋愛なんて似合わない雰囲気の彼が、聖女様と恋仲にある。
そこが一番の驚きだった。
「公表されていないから。そもそも非公式の話だ」
「そのこと、王国同士は認められているのですか?」
「半々……かな」
「半々?」
どういう意味だろう?
私が首を傾げると、聖女様が少し不機嫌そうに言う。
「お父様が頑固なのよ。私はトリスタン様以外と結婚する気なんてないのに、執拗に縁談の話を用意してきて困っちゃうわ」
「え、それって……」
「タバリス国王は、あまり乗り気じゃないってことだ」
「そう、なんですね……どうしてですか?」
「彼女が聖女で、あいつが他国の王子だから、かな」
殿下は寂しそうな表情で語る。
互いに立場のある者同士、結婚相手も慎重に決めなければならない。
ただ好きだから、という気持ちだけでは成立しないのが、貴族や王族の世界らしい。
聖女様のお相手に王子様なんて、私からすればピッタリなカップリングに見えるけど、実際はそうじゃないのだろうか。
殿下は続ける。
「王族同士の婚姻は複雑なんだ。どちらがどちらの国の人間になるか、というのもある。特に二人は、それぞれの国で特別な位置にいる」
「特別な位置……」
「そう。彼女は聖女で言うまでもないが、トリスタンもだ。あいつはあれで、モースト帝国最強の男だからな」
「さ、最強!?」
パッと思い浮かべるトリスタン様の姿。
懐のでかい豪快な人、というイメージが強い彼が、帝国最強の男?
噂に聞いたことはあったけど、殿下がおっしゃるなら事実なのだろう。
今さらながら、私は凄い方々と知り合いになったものだ。
殿下も含めて。
「互いに国にとって重要な存在、それ故に手放せない。だが結婚すれば、どちらかを失い、手に入れることになる」
「面倒なことね。私たちがそうしたいと言っているんだからいいじゃない。別に国を捨てるわけじゃないんだから」
そう言いながらも、彼女は王女様だ。
きっと簡単ではないことをわかっている。
わかっているからこそ、もどかしいに違いない。
「はぁ、早く国境なんてなくなればいいのよ。そうすれば、私たちを拒む壁なんて……」
「そうだな。そのための第一歩がこの都市だ」
「そうね」
「こ、国境をなくすって……」
殿下と聖女様が、そろって私を見る。
「ああ、それが俺たちの最終目標の一つだ」
「三国の国境をなくして一つにするのよ。素敵でしょ?」
「そ、それは……」
言ってもいいことなの?
そういえば以前、貴族制度について殿下とトリスタン様は苦言を呈していた。
あれも十分な爆弾発言だった。
けれど今回はもっと重い。
国境をなくす……それは、国の存在意義を否定しているようなものだ。
「驚くよな」
「は、はい……」
「私たちはね? それぞれが王国の代表だけど、共通していることがあるのよ」
「共通……ですか」
「ええ。私たちは二番目……王になる可能性が低い王族であること。だから比較的自由だし、期待値も第一候補よりは低い」
殿下とトリスタン様は第二王子、聖女様も第二王女。
全員が上に一人、ご兄弟や姉妹がいらっしゃる。
この世界では生まれた順番はとても重要だ。
先に生まれた者が優遇されることが多く、才能や地位があれば揺るがない。
王族ともなればそれが顕著だろう。
故に彼らは、次期王の候補ではあっても、可能性は低い。
「そういう立場だから、王都を離れて活動もできる。俺たちには合っていたな」
「そうね。ずっと王都なんて窮屈だわ。それに、王様になんてなったら、好きな人も選べないもの……ねぇ、ルミナ? あなたもあるでしょ? 王国への不満」
「え? いえ、そんなことは……」
「嘘ね。あなたの境遇は知っているわ。貴族だからこその差別……不満がないなんてありえないもの」
私は殿下と目が合った。
「俺が教えた。すまないな」
「いえ、そうですね……」
殿下の前でハッキリは言えないけど、確かに不満はある。
貴族なんかに生まれなければ、もっと楽に、もっと自由に生きられたのだろうか。
平民には平民の辛さもあるだろう。
結局は地位や権力に振り回されるのかもしれない。
「私たちはそれぞれ、今の国の在り方に不満があるの。変えるためには力がいるわ。だから作るのよ。自分たちで実績を」
「それがこの交易都市シュナイデンだ」
国境をなくす。
壮大で、夢物語のような目標を堂々と掲げる。
そんな殿下や聖女様が、少し羨ましいと思ってしまった。




