恋する聖女様①
交易都市の限定開放は、一週間という短い期間で開催された。
初日から徐々に人数を増やし、最終日には一万人を招き入れた。
一週間の来場者合計は約五万人となった。
そんな中、私のアトリエに訪れたお客さんの総数は――
「ありがとうございました!」
最後のお客さんを見送り、メモにチェックを入れる。
今の人でちょうど。
「三百人!」
予想よりもはるかに多い来客数に驚いている。
初日の七人から飛躍的なアップだ!
冒険者の方の紹介も嬉しかったし助かったけど、決め手はトリスタン様の呼びかけだった。
あれで肉体労働系の人がたくさん訪れてくれて、栄養ドリンクがビックリするくらい売れてくれた。
多めに在庫を用意していたのに、四日目には在庫切れになった時は少し焦った。
殿下にも相談して、五日目の開店を午後からに限定し、午前中は栄養ドリンクの量産に注力して、なんとか無事に一週間を終えて、今に至る。
「……疲れたぁ」
お客さんの相手をするって、こんなにも疲れることだったんだ。
飲食店の人とかは凄いな。
ずっと部屋に閉じこもって研究ばかりしている錬金術師には、店舗経営は難しい。
こういう機会でもなければ、私は一生できなかったかもしれない。
いろんな人に感謝しよう。
特に今回は……。
「トリスタン様にお礼を言わなきゃ」
あの呼びかけがなければ、ここまで繁盛する店にはならなかった。
トリスタン様の心遣いと視点のおかげだ。
労働者に注目する。
自分でも考えられたはずなのに、見落としていたことが情けない。
もっと視野を広げよう。
「冒険者さん用のポーションも増やして、働いている人たちに向けた栄養ドリンクも種類を作ろう。うん、それだけじゃ足りないよね」
一番の反省点は、需要が極端だということだった。
良くも悪くも一般的ではないんだ。
錬金術師が何を作れるのか、そもそも知らない人も多い。
一般家庭になじみがない錬金術を、どうやって広めることができるか。
ポーションや栄養ドリンク以外で、日常生活に使う商品を錬成できないだろうか。
例えば……。
「調味料、洗剤、肥料……観葉植物?」
意外とすんなりアイデアが浮かんでくる。
やはり視野が狭かった。
錬金術と言えばポーション。
そんな常識に囚われていたのは、私自身だったらしい。
大きな気づきを得た。
私にとっても、このプレオープンは……。
「うん、いい体験だった」
心からそう思える。
嬉しいこともあったし、改善すべきことも明確になった。
気づいたことは逐一メモしていたから、小さなメモ帳が文字でいっぱいだ。
これも後で目を通そう。
「早く片付けないと」
もう日が暮れる。
あまり長くやっていると、殿下に心配をかけてしまう。
「トリスタン様も一緒にいらっしゃるかな」
執行本部に行けば会えるだろうか。
願わくは今日中にお礼が言いたかった。
感謝の気持ちはすぐに伝えないと、と思って片づけを急ぐ。
と、その時ベルが鳴った。
「お邪魔するわね」
知らない女性の声だった。
殿下やトリスタン様かと思って、違う声が聞こえたことで少し動揺する。
お客さんだろうか?
もう都市は閉鎖しているし、お客さんも出て行ったはずだけど……。
「あの、もうお店は……」
「急にごめんなさい。私はお客さんじゃないわ」
綺麗な人だった。
女性の私ですら、見惚れてしまいそうなほど美しい。
赤ちゃんみたいに白く綺麗な肌に、プラチナブロンドの髪。
淡い黄色の瞳も印象的で、吸い込まれそうな雰囲気は、まるで――
物語に出てくるお姫様のようだった。
「初めまして。あなたがルミナさんね?」
「は、はい! えっと……」
彼女はニコリと微笑む。
思わずドキッとしてしまう。
「私はイゾルテ、イゾルテ・タガリス。タガリス王国の第二王女よ」
「――!」
驚きと共に納得する。
タガリス王国の第二王女、イゾルテ・タガリス様。
彼女が持つもう一つの名、役割は――
「聖女様!?」
「ふふっ、そう呼んでくれても構わないわ」
そう、彼女は聖女と呼ばれている。
神の代弁者。
祈りによって奇跡を起こす人。
世界でただ一人の存在で、タガリス王国の宝と呼ばれている。
そんな人が……。
「どうしてこちらにいらっしゃるのですか?」
「あら? 二人から聞いていないかしら」
「二人……! 殿下と、トリスタン様?」
「ええ、幼馴染三人よ」
以前の二人の会話を思い出す。
あと一人、仲の良い幼馴染がいるという。
忙しい方で、いずれ顔を出すだろうと……。
そう言う意味か。
お忙しいはずだ。
なぜなら三人目の幼馴染は、世界で唯一の聖女様なのだから。
「その様子は聞いてなかったのね。ちゃんと伝えるように言ってあったのに、困った人たちね」
「あの……」
「そう畏まらないで。女の子同士、仲良くしましょう?」
「は、はい!」
はい、で合っているのかな?
性別は同じでも、立場がまったく違い過ぎる。
仲良くできるだろうか……。
そもそも言葉をそのまま受け取ってよかったのだろうか。
頭の中がぐるぐる回る。
「ところで、さっきトリスタン様の名前が聞こえたのだけど」
「え、あ、はい」
「会いたそうだったわね」
「は、はい」
何だろう?
徐々に距離をつめられている。
笑顔が少し、怖い。
後ずさろうにも、後ろは壁だから無理だ。
「せ、聖女様?」
「気になるわー。あなた、もしかしてトリスタン様に気があるのかしら?」
「え、ええ!? ち、違います!」
予想外の質問に動揺してしまった。
私は慌てて否定したけど、聖女様は詰め寄ってくる。
「本当かしら?」
「ほ、本当です! お世話になっているので感謝しています! それ以上のことなんて、畏れ多くて思えません!」
本当にそう思っている。
やましい気持ちなんて一ミリもない。
抱けるはずもない。
そもそもなぜ、聖女様がこんなにも質問してくるの!?
「怪しいわぁ、そういって実は言い寄っていたりして」
「してません!」
「そこまでだ」
「――!」
「あら、来ていたのね? エルムス」
「殿下ぁ!」
まるで救世主でも来たような安心感。
私は若干涙目になっていた。
今は嬉しさで泣きそうだ。
「あまり彼女をいじめるな」
「いじめてないわ。楽しくガールズトークをしていただけよ」
「どこがだ? 怯えてるじゃないか」
ガクガクブルブル。
早く離れてくれないだろうか。
「だって気になるじゃない。トリスタン様の周りに新しい女性がきたのよ? 私が放っておくわけないでしょう?」
「だから心配するな。あいつのことを信じてやれ」
「信じているわ。だからこそよ」
聖女様は私に視線を戻す。
そしてハッキリと宣言する。
「トリスタン様は私のものよ? 誰にも渡さないわ」
「……はい?」
もう何なのこの人……。




