初めてのお客様④
夕刻になる。
プレオープン初日の来客数は、七人だった。
予想よりもかなり少ないスタートだけど、私は悲観していない。
一般家庭にはなじみのない錬金術師のアトリエだ。
足を運んでくれただけでもうれしい。
それに、最初の三人には感謝しなくては。
カランカラン。
ベルが鳴り、来客がある。
街を開放する時間は過ぎている。
お客さんではないことはすぐにわかった。
「殿下」
「お疲れ様だな。頑張っていたか?」
「はい!」
「そうか。どんな感じだったか聞かせてくれるか?」
店舗の裏にあるアトリエに移動する。
腰を下ろし、向かい合って話を始める。
殿下に一日の様子を簡単に説明した。
「七人か、まぁ最初はそんなものだろ」
「そうですね。思ったよりは少なかったです」
「の割には落ち込んでないな? いいことでもあったか?」
「はい! 実は最初に来てくれた冒険者の方が、同僚の方に紹介してくれたみたいで」
「そうだったのか。いいじゃないか」
七人のうち残り四人は、最初のお客さんが声をかけてくれた冒険者の同僚だった。
つまりは本日の来客は全員冒険者ということになる。
嬉しかったのは、いいお店だったと紹介してくれていたこと。
おかげでお客さんが興味を持ってくれた。
知名度のないお店にとって、人伝手の紹介はとてもありがたい。
「冒険者にも声をかけて正解だったな。まだ予定だが、ここにもギルドの支部を入れる流れで話を進めている。そうなれば、拠点を移す冒険者もいるだろうな」
「今日の方々も、いずれこっちに移したいとはおっしゃっていました」
「なら逃がさないようにしっかりな」
「はい!」
常連になってくれるように、次に来た時も精一杯の接客をしよう。
それから商品も見直さないと。
「今日はもう休みだ。考えるのもいいが、休む時間も大切にな」
「はい。殿下のほうはどうでしたか?」
殿下は一日執務室で働いていたはずだ。
都市の開放で問題が起こらないか。
もし起こったらすぐ解決できるように準備し、トラブルなどは未然に防ぐ。
私のところにも様子を見に、騎士の方が巡回してきた。
報告は殿下のもとに行っている。
「特に問題なし。大きなトラブルもなかった。人数を限定したからな。少ない人員でもなんとかなった」
「そうですか」
「ああ、明日からまた人を少しずつ増やす。忙しいのはこれからだな」
殿下は小さくため息をこぼす。
いつになく、肩に力が入っているように見えた。
「お疲れですね」
「まぁな。一大イベントだ。嫌でも緊張する」
殿下はこの都市の代表者だ。
おそらく一番上手くいってほしいと思っているのは、エルムス殿下だろう。
朝からずっと気を張っていたのかもしれない。
私にも何かできないだろうか。
咄嗟に思いついたのは――
「の、飲みますか?」
栄養ドリンクだった。
疲れにはこれだ。
一本差し出すと、殿下はクスリと笑う。
「大丈夫だ。もう今日の仕事は終わった」
「そ、そうですか……」
余計な気遣いだったのだろうか。
しょんぼりする私の手から、彼は栄養ドリンクを受け取る。
「殿下?」
「貰っておくよ。明日、疲れた時に頂こう。心配してくれて、ありがとな」
「――! いえ、殿下にはお世話になっているので」
殿下の明るく真っすぐな笑顔に、思わずドキッとする。
今まで私に見せてくれた中でも、とびきり優しくて甘い笑顔だった気がする。
「俺はもう戻る。お前はどうする?」
「私は片づけがあるので、それが終わったら戻ります」
「手伝おうか?」
「い、いえ! すぐに終わりますから」
「だったら二人でやればもっと早く終わるだろ。手伝うよ」
「ありがとうございます」
自分も疲れているのに、私のことを気遣う殿下の優しさに感謝しながら、今日を終える。
プレオープン初日は、いろいろと気づきのある一日になった。
◇◇◇
翌日以降もお店を開けた。
初日に来てくれた冒険者の方が、同僚に紹介してくれたらしい。
朝から数名、冒険者が来てくれた。
冒険者は一般家庭の人より、ポーションに馴染みがあって必要だ。
今後もお客さんのメインは、彼らになるだろう。
「でも一番売れるのは栄養ドリンクなんだよね」
たくさん在庫を用意しておいて正解だった。
価格の安さもあって、手に取りやすいのだろう。
冒険者も建設業と同じく、肉体労働だ。
少しでも疲れが軽減できるならと、たくさん購入してくれた。
正午を過ぎたあたりで、すでに十人は来てくれた。
「いいペース」
昨日の人たちには本当に感謝しなくちゃ。
おかげで暇を持て余す心配がなくなった。
ただやっぱり、冒険者の方以外には興味を持たれないらしい。
何か改善方法はないだろうか。
「邪魔するぞ」
「トリスタン様!」
考え事をしていると、豪快に扉を開ける音がした。
トリスタン様が手を振っている。
「こんにちは!」
「おう、巡回がてら様子を見に来たぞ! 頑張ってるか?」
「はい!」
「そうかそうか! 客は……いないな。あんまり繁盛してないのか?」
「そうですね。あはははっ……」
このお人は、思ったことをストレートに口にするタイプらしい。
ちょっと苦笑い。
「客を呼び込んできてやろうか?」
「い、いえ無理には!」
「そうか? だが暇だろう?」
「お客さんは来てくれているんです。冒険者の方ばかりですが、需要のある方でないと、見に来ても買う物がありませんから」
例えば通りすがりの一般人を引き入れても。
ポーションなんて使わないから、何も買う物がないな、となるだろう。
冒険者の方々だから、必要な物を買ってくれる。
「需要か……一番売れているのはなんだ?」
「栄養ドリンクです」
「そうか。なら問題ないだろ! 少し待っていろ!」
「え、トリスタン様?」
勢いよく飛び出して行ってしまった。
何をするおつもりなのだろう?
わからないまま数分待っていると、ベルが鳴る。
トリスタン様ではなく、知らない男性だった。
恰好的に冒険者でもないが、体格はいい。
「あのー、ここに疲れに効くいいもんがあるって聞いたんですが」
「あ、はい。ありますよ」
「すみませーん。栄養ドリンク? ってなんですか?」
「それはですね」
次々にお客さんが来てくれた。
どうやらトリスタン様が呼びかけてくれたらしい。
集まってきてくれたのは、建設業などの肉体労働系のお仕事をされている人たちだ。
日頃から疲れに悩まされているらしい。
彼らにとって、栄養ドリンクは必要なものだった。
「凄いなこれ! 十本くれ!」
「はい! すぐ用意します」
「まだ在庫ある? なくなったりしないよな」
「大丈夫です。たくさんありますから」
ここまでは予想外。
栄養ドリンクの噂を聞きつけ、次々に集まる仕事人たち。
これはもしかすると……冒険者の方よりも、労働者の方が集まるお店になるかも?
こうして栄養ドリンクは、プレオープン時点で大ヒット商品となった。




