辺境に飛ばされて②
再婚してから、新しい家族との生活が始まった。
一言で表現するなら……。
「おはようございます。リエリアお姉様」
「……ちょっと話しかけないでよ。私まで病気になるでしょ」
「……」
姉は私のことを病原菌のように扱った。
母が流行病に倒れたことを知っているから、娘である私もその病気を持っていると。
まだ幼い子供だから、そういう偏見があるのは仕方がない。
そういう時こそ、親がしっかり教えてあげるべきなのだけど……。
「あ、お母様!」
「あら、どうしたの? リエリア」
新しい母親、彼女にとっては真の母親を見つけてかけよる。
お姉様はお義母様に抱き着いて、可愛く見上げる。
「聞いてくださいお母様! ルミナが私に話しかけてくるんです! 話しかけるなって言ってるのに!」
「あらまぁ、大変だったわね。あっちへ行きましょう。一緒にいるとあなたまで病気になってしまうわ」
「はい! お母様!」
「……」
お義母様は私のことチラッと見て、あざ笑うかのように口角を上げた。
お姉様を引き連れて、私に背を向けて去っていく。
そう、私はお義母様にとても嫌われていた。
理由は深く考えるまでもない。
お父様の元妻の娘だ。
現在の妻であるお義母様にとって、他人でしかない私はさぞ邪魔な存在だろう。
そんな母親を見て育ったからか、お姉様も私に辛く当たる。
仲睦まじい姉妹なんて幻想だ。
極めつけは……。
「お父様」
「なんだ? ルミナか……」
リエリアお姉様だと思ったのだろう。
一瞬だけ嬉しそうな顔をして、私だとわかると面倒くさそうな表情を見せた。
実の娘への態度がこれだ。
再婚してから特に、お父様は私のことを避けるようになった。
「あの、お勉強を見てもらえませんか?」
「……はぁ、私は忙しい。一人でやりなさい」
「は、はい……ごめんなさい」
新しい妻と娘には優しく接して、実の娘である私は邪魔者のようにあしらう。
この屋敷に、新しい家族に、私の居場所はどこにもなかった。
最初は頑張って、みんなと仲良くしようと歩み寄ったけど。
次第に心が疲れてきて、諦めてしまったのはいつからだっただろう。
私は自分の部屋に閉じこもりがちになった。
幸いなことに、部屋でもやれることはあった。
「今日は薬草のお勉強をしよう」
私の生まれたロノワード公爵家と、再婚したセリエーヌ伯爵家は、どちらも代々優秀な錬金術師を輩出している家系だった。
その血筋だった影響で、私にも錬金術師としての才能があった。
不幸中の幸いとはこのことだろう。
この才能があったからこそ、私は自分がすべきことを、やりたいことを見つけられた。
勉強は苦手だけど、錬金術のことを学ぶのは楽しかった。
本来はお父様が教えてくれるはずだったことを、独学で学んでいく。
知れば知るほど奥深くて、やれることが増えていく。
簡単なポーションを一つ作れただけでも、自分の手で何かを生み出せたことが嬉しくて、飛び跳ねて喜んだ。
願わくはこの喜びを共有したかったけど、それも叶わない。
私は考えないようにした。
深くは考えず、目の前のやれることに没頭した。
それから十二年が経過した。
十七歳になった私は、宮廷で働く錬金術師の一人になった。
宮廷は錬金術師としての最高峰であり、選ばれることは名誉なことだった。
今までの努力が認められたようで、凄く嬉しかったことを覚えている。
ただ、喜んでいたのは私一人だった。
「どうしてあの子が先に……リエリアなら喜べたのに、不愉快だわ」
「すまない。強引にでも試験を受けさせないようにするべきだったが、それでは他の貴族たちから不審がられてしまう」
「わかっているわ。あなたを責めているわけじゃないもの」
お父様とお義母様は、私よりリエリアお姉様に期待していた。
だから私が先に宮廷入りしたことを、まったく喜んではくれなかった。
お姉様自身も同じだ。
「勘違いするんじゃないわよ! あなたのほうが優秀だったわけじゃないわ! 私が錬金術の勉強を始めたのはつい最近よ? あなたはずっとやっていたでしょう? やることもなかったものね? だから先に受かっただけ! 同じ条件なら、私がずっと前に試験を受けて合格していたわ!」
お姉様にも私と同じく、錬金術師の才能があった。
酷い言いがかりだけど、彼女の発言がまったく嘘という訳ではないだろう。
現に、彼女が錬金術を本格的に学んだのは十歳を超えたあたりからだ。
私より五年も遅く始めたのに、みるみる内に成長して、私が宮廷入りした半年後には、彼女も宮廷入りを達成した。
才能だけで言うなら、私よりもお姉様のほうが上なのかもしれない。
当然、お姉様が合格した時は、二人ともすごく喜んでいた。
「さすが私たちの娘ね」
「ああ、自慢の娘だ!」
「ありがとうございます! お義父様! お母様!」
「……」
――私は?
私はあなたの娘じゃないの?
お父様……。
今は家族じゃないんですか?
お義母様……。
一緒に喜んではくれないの?
お姉様……。
どこまで行っても、この人たちは他人なんだと。
この頃の私の心を支えてくれたのは、婚約者になったばかりの彼だった。
「こんにちは、ルミナ」
「――! こんにちは、ゼオリオ様」
ゼオリオ・マーベル侯爵子息。
次期候爵家の当主になる彼は、私が宮廷入りした際に知り合い、婚約することになった。
貴族としての身分は私のほうが上だったこともあり、最初から丁寧に接してくれて、私のことをちゃんと女性として扱ってくれた。
彼は優しかった。
私のことを見てくれていた。
「君と出会えたことは運命だったよ。この出会いに感謝している」
「はい。私もです」
一人でいいんだ。
私のことを見てくれる人がいてくれたらそれで……。
頑張ろうと思える。
自分だけのために生きるのは寂しい。
誰かと一緒にいたい。
誰かのために頑張るほうが、私はより力を出せる気がした。
けれど、幸せなのは最初の一年ほどだった。
厳密にはもっと短かっただろう。
明確な変化が訪れたのは、お姉様が宮廷入りしてからだった。
「ルミナ、この仕事もお願いね」
「え、でもこれ、お姉様に任されたお仕事じゃ……」
「私は他のことで忙しいのよ。あなたはこれしか取柄がないんだから、私の代わりに全部やっておいてちょうだい」
「……」
「いいわね?」
「……はい」
宮廷入りして間もなくして、お姉様は自分の仕事を私に押し付けるようになった。
私がお姉様の分のお仕事もしている間、お姉様はパーティーに参加したり、出会った男性と仲良くしたり、好き勝手に振舞っていた。
貴族としての地位もあり、宮廷入りした錬金術師としての才能もある。
加えて女性目線からでも美しい容姿は、多くの男性貴族を魅了し、言い寄る男性は数知れず。
お姉様は婚約者を選ぶのが大変だと言っていた。
「見なさいルミナ、こんなにもプレゼントをもらってしまったわ」
「……よかったですね、お姉様」
「ええ、あなたにも一つくらい分けてあげましょうか?」
「いえ……お姉様が貰ったものですので」
「そうね。あなたにはどれも似合わないわ」
「あはは……」
よく男性にプレゼントされたものを見せびらかしてきた。
別に羨ましいとは一切思わない。
どれだけ多くの男性に言い寄られようと、大切なのは心を通じ合わせた一人だけ。
その一人が、私のことを見てくれていればいい。
そう思っていたのに……。