初めてのお客様②
翌日。
私はアトリエに向かう間に、殿下の執務室を訪ねた。
殿下に挨拶もしたかったが、目的はアルマさんだった。
「ポーションの価格ですか?」
「はい。お店を出す前に相談させていただければと思いまして」
お店を出すならお金をもらう。
当然ながら、価格設定はテキトーじゃダメだ。
私は宮廷で働いていた期間が長かったから、ポーションや錬金術で作る物の相場を知らない。
「少しお待ちください」
「はい」
「お待たせしました。こちらがラットマン王国で取り扱っているポーションの価格表です」
「は、早いですね」
少しって本当に少しだった。
二秒くらいで持ってきてくれて、素直に驚く。
得意げな顔で椅子に座っている殿下が言う。
「アルマは優秀だからな。言えば何でも用意してもらえるぞ」
「なんでもは無理です。事前に備えておりますので、その範疇でなら」
さすが王家の補佐役。
見た目から仕事できます感はあったけど、まさにエリートだ。
仕事できる大人の人って憧れる。
さっそく価格表を見る。
ポーションの種類ごとにわけられていて、すごく見やすい。
ただ、元々の市場感がないから、見ても安いのか高いのかよくわからない。
一般的にポーションは高値と言われていたはずだ。
「ここで販売するなら、通常の値段よりも少し下げても問題ないでしょう。仕入れが直接なので、王都で扱うよりも安値で手に入ります」
「どのくらい下げてもいいですか?」
「そうですね、九から七割くらいですか。どこまで下げるかは、作り手にもよります。一本のポーションにかかる時間もコストです」
「時間はそんなに、このリストのポーションなら宮廷で作っていたので、栄養ドリンクと同じくらいの時間で作れます」
本数が多いほど、慣れも速い。
効率化すれば一日に数千本でも錬成はできる。
実際、宮廷では多い日だと回復ポーション七千本を一人で作っていたし。
「なるほど、それであれば七割以下でも問題ありませんね。下げ過ぎても市場に悪影響ですので、一旦七割価格で始めてみましょう」
「わかりました! ありがとうございます!」
アルマさんに相談してよかった。
自分じゃ価格なんて決められなかったし、これでお店の準備に本腰を入れられる。
「それじゃ、私はアトリエに行きます」
「はい。何か困ったことがあれば、いつでも聞いてください」
「頑張れよ。無茶しない範囲で」
「はい! 行ってきます!」
二人に見送られて、私は執務室を後にした。
◇◇◇
ルミナが去った執務室。
閉まった扉を見つめるエルムスとアルマ。
「今日も元気だな」
「そうですね。しかし驚かされます」
「ああ」
アルマの手元には、宮廷でのポーション作成にかかる時間などがまとめられた用紙があった。
宮廷に属する錬金術師からとったデータの平均値。
そこにはルミナのデータも含まれているが、彼女の場合は二人分のデータなので、他の宮廷錬金術師と条件が異なる。
しかし宮廷で働く者は等しく優秀である。
そんなエリートたちが出した数値より、彼女の作成時間は――
「大幅に短いですね。回復ポーションに関しては特に、平均値の五分の一です」
「あれで無自覚だからな。自分が凄いことしてるって、ルミナ自身は気づいてないだろ」
「才能もそうですが、性格によるものが大きいでしょうね。この国でも彼女以上に勤勉な人間は、そういません」
「アルマがそこまで言うなんて珍しいな」
「客観的な意見です」
アルマはメガネをくいっと持ち上げた。
勤勉というなら、アルマも大概だとエルムスは思う。
「俺の周りは真面目なやつばかりだな。いや、そうでもないか」
「トリスタン様も根は真面目でしょう」
「よくわかったな」
「長い付き合いですので」
◇◇◇
一週間はあっという間に過ぎる。
お店を開店するため、必要な商品は一通り準備した。
とりあえず宮廷で扱っていたポーション一覧と、栄養ドリンクも用意した。
お店の棚にポーションが並ぶと、いよいよという気分になる。
「すぅーはぁー……」
緊張してきた。
都市が解放されるのは、正午からだと殿下が言っていた。
殿下は朝から忙しそうで、解放中はほとんど執務室から出られないと言っていた。
そんな中でも一度、朝にここを訪れてくれて。
頑張れよ。
何かあったら声をかけてくれ。
と、優しい言葉をかけてくれた。
その言葉だけで充分だ。
背中を押され、胸も満ちて、あとはお客さんを笑顔で迎えるだけ。
お店の時計が正午を告げる。
「始まった」
ついにプレオープンだ。
緊張はピークに達している。
しばらくすると、窓ガラスの外に人の姿チラホラ見え始めた。
本当に始まったのだと実感する。
「挨拶はしっかりしよう。いらっしゃいませ! よし」
練習もバッチリだ。
いつでも大丈夫!
一時間後。
「……」
誰も来ない。
外には人通りがあるのに、誰もお店の扉を開けない。
興味も抱いてもらえないのか、素通りされる。
「普通にショックだなぁ……」
でも、実際こんなものか。
私自身に知名度があるわけじゃないし、そもそも錬金術師のアトリエだ。
店の名前を見て連想するのはポーション関連だろう。
普通の人は、ポーションなんて使わない。
風邪を引いたら薬があるし、ポーションを活用するのは危険な仕事の人たちだ。
宮廷では騎士の方々のために使われていた。
「一般家庭にポーションなんて普通いらないよね」
想定が甘かったかな。
まだ初日だ。
もう少し粘って、誰も来ないようならラインナップを見直そう。
と、思っていた瞬間だった。
カランカラン――
ベルの音は、扉が開いた証明だ。
ついにお客さんが来てくれた。
緊張よりも嬉しさが勝って、カウンターから飛び出す勢いで挨拶をする。
「いらっしゃいませ――!?」
「おう、邪魔するぜー」
「……」
筋肉質で大柄で、怖そうな見た目の男性が……一人、二人……三人?
どう見ても普通のお客さんじゃなかった。
私は内心こう叫ぶ。
なんか怖い人たちが来ちゃった!!




