初めてのお客様①
殿下に手を引かれて森を抜ける。
意外と奥には行っていなかったらしい。
五分ほど歩いて、門の前までたどり着いた。
「無事脱出できましたね」
「できましたね、じゃないぞ? あのまま俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「それは……頑張って帰る?」
自信がないので疑問形になる。
方角もわからなかったし、下手をすればさらに迷子になっていた。
そのまま夜の森に取り残されて……その後は考えたくもない。
「お前は優秀だけど、ちょっと抜けているところがあるな」
「そ、そうでしょうか」
初めて言われた。
「ああ、自分に関心がないっていうのか。自分がどうなってもいいって思ってないか?」
「そんなことは! 思って……ないと思います」
たぶん。
あまり自信がなかった。
「他人を気遣う前に、自分のことも大切にするんだな。じゃないと幸せを取りこぼすぞ?」
「そう……ですね。気をつけます」
自分を大切に……か。
前世も含めて初めて言って貰えた。
誰かに気遣って貰ったことがない私にとって、自分は気遣う対象ではなかったから。
殿下に連れられ、門へと近づく。
門番の騎士が私たちに気づいた。
「見つかったのですね。よかったです。急にいなくなって心配しておりました」
「ああ、今度からこいつが一人で出かけようとしたら止めてくれ」
「かしこまりました!」
「すみません。お騒がせしました……」
門番の方々にも迷惑をかけてしまった。
以後本当に気をつけよう。
というか、当分外に出るのは控えたほうがよさそうだ。
許可証をかざして門を潜る。
執行部の建物へと歩く道中で、先ほどの話を再確認する。
「殿下、一時的に都市を開放するというのは?」
「一般開放のための前準備だよ。関係者の親類や友人、周囲の街の人たちに限定して、都市への入場を許可する。お前の店以外にも、その日に向けて動いてもらっている」
なるほど、プレオープンみたいなものか。
実際にお客さんを入れることで、反応や問題点を見つけるための。
それを都市全体でやるのだから規模が違う。
「いつですか?」
「一週間後だ」
「一週間!」
予想よりも早かった。
一か月くらいかなと思っていたけど、これはのんびりしていられない。
「早く戻って商品の準備をしないと」
「今日はもうダメだぞ」
「え」
「え、じゃない。とっくに終業時間だ。工事も片付けに入っているだろ?」
「あ……そうですね」
建設現場の大工さんたちが、せっせと帰宅の準備をしているのが見えた。
せっせと働くのは昼間のうち。
夜になれば家に帰り、しっかり休む。
「でも、お店を開くなら夜まで営業したほうが……」
「それはそれ。今はまだオープン前だ。今日は朝早くから働いているんじゃないか?」
なんで知っているのだろう……。
今日は森で助けられるまで、一度も会っていないのに。
実際、今日は早起きだったから普段より二時間くらい長めに働いていた。
「特に今日は無茶したから、一日部屋にいてもらおうか」
「はい……」
何も言えない。
今回は全面的に私が悪いし。
「厳しい男だな! 少しくらい外出してもいいだろう!」
とか、口が裂けても言えな……。
「え?」
「なんだって?」
「わ、私じゃありませんから!」
「わかってるよ。戻ってきていたんだな」
殿下の視線は私の背後に。
振り返ると、両手を腰に当てて胸を張る大柄な男性がいた。
「はっはっはっ! さっき戻ってきたぞ!」
「トリスタン様!」
「うむ、あの日以来だな。元気そうで何よりだぞ?」
「元気すぎて無茶するから注意してるんだ」
「何を言う? 女も元気なほうがいいだろう? 多少やんちゃでも、男が守ってやればいい。そう思わないか? ルミナ」
「えっ、わ、私ですか!?」
ここで私に意見を求めるんですか?
ある意味パワハラですよ……。
「ルミナを困らせるな。からかいに来たのか?」
「まさか。お礼を言いたくてな? ルミナ」
「は、はい!」
「先の件、本当に助かった。我が国を代表して感謝する」
「い、いえ、お役に立てたのなら光栄です」
コンクリートと軽量木材の件か。
トリスタン様は本国に申請を出すため帰還していた。
戻ってきたということは、申請は無事に通ったのだろうか。
この様子なら大丈夫そうだ。
「ついさっきも、軽量木材の栽培を考えていたそうだ」
「おう! もう次の段階を考案していたのか! さすがラットマン一の錬金術師だな!」
「そ、そこまで凄くは……」
「頼もしいが無茶もセットだから心配なんだよ」
「うっ……」
ついさっきのことだから当然だけど、まったく忘れてくれない。
それだけ心配してくれているという証拠だ。
嬉しい反面、反省もし続けないといけない。
「いいじゃないか! 無茶がしたくなったらオレを頼れ! しばらくここに滞在するからな!」
「トリスタン様を、ですか?」
殿下と同じ理由で恐れ多い。
「構わん! オレはエルムスより頼りになるぞ?」
自信満々にそう言ったトリスタン様。
対するエルムス殿下はムスッとして反論する。
「一緒になって迷子になるんじゃないか?」
「その時は道を切り開くまでだ!」
「脳筋だな」
「はっはっはっ! お前とて、いざとなったらそうするだろう?」
「俺ならもっとスマートに解決する」
「あ、あの……」
なんだか二人の言い合いみたいな流れになってしまった。
険悪ムードとかじゃないから平気だと思いたい。
ちょっぴり不安だ。
なぜか二人の間に私が挟まっているから。
「実際問題、お前は暇じゃないだろう? この都市の代表はお前だ」
「……それはそうだが……」
「オレは逆に暇が多い!」
「胸張って言うことじゃないだろ」
「実務は苦手だ。その分、身体を動かすほうで貢献する。そういう役割だ」
そういう役割だったんだ?
初めて知った。
それに殿下がこの都市の代表というのも新情報だ。
忙しいのは当然だろう。
そんな中、私を助けるために森に来てくれて、本当に申し訳ない……。
「力仕事ならオレに任せろ。お前の大切なルミナはオレが責任をもって守る」
「たっ……」
「変な言い回しをするな。大切なのは事実だが」
「ははっ、そういうことだ! 気軽に頼ってくれて構わないぞ! ん? 顔が赤いな? 風邪か?」
「い、いえ! なんでもありません!」
このお二人と一緒にいると、いろんな意味で心臓が持たない。
ここへ来て初めて思う。
早く部屋に戻りたい……。




