妹は頼られ、姉は失墜し④
「……やっちゃったぁ……」
後悔したところで手遅れである。
言い訳をさせてほしい。
近くを歩いていたつもりだったんだ。
背後に門が見えて、街道があって。
ちょっと脇道があって、通り道みたいになっていたから軽く覗いてみたら……気になる薬草を見つけて、また見つけて……。
気がつけば森の中だった。
「って、誰に対してのいい訳なんだろう」
誰も聞こえていない。
木々が生い茂っていて、あの大きな門が見えない。
少しでも見えたら、そっちの方向に歩けばいいのだけど……。
「どっちから来たんだっけ」
どうやら私は方向音痴らしい。
二度の人生を含めて初めて実感した。
いや確かに、前世でもナビがないとよく迷っていたっけ。
「はぁ、どうしよう」
時間的にそろそろ夕方になる。
あまり遅くなると、殿下に心配をかけてしまうだろう。
忙しい人だから、余計な心配はかけたくない。
自力で戻れたら一番だけど、方向はわからないし、木でも登ってみようかな?
「ん?」
上を見上げたところで、桃色の実がなっているのを発見した。
特徴的な波目の模様。
形は洋ナシに似ている。
あれは確か……。
「そうだ。クアの実」
どこにでも成る特段珍しくもない木の実。
味は苦くてそのままじゃ食べられない。
ただ栄養はあるらしく、漢方や薬に使われているとか。
一番の特徴は、どんな環境でも育つこと。
吹雪の極寒でも、ジャングルの猛暑でも、水と日光があれば大きく育って実をつける。
動物たちにとっても貴重な食料の一つ。
「クアの実……ありかも」
クアの実を材料にすれば、どこでも育つ強靭さと適応力を追加できる。
ずっと足りなかったピースがバチンと埋まった感覚があった。
「あれだ! あれしかない!」
そうと決まったら手に入れたい。
申請すれば用意してもらえると思うけど、それだと数日ラグが生じる。
今欲しい。
今から確かめたい。
そんな欲求には抗えず、クアの実を取ろうと木を揺さぶる。
さすがに揺すった程度では落ちてこなかった。
「仕方ないな」
両腕の袖をまくり、私は木に抱きついた。
ぱっと見はそこまで高くない。
これくらいなら私の筋力でも登れるはず、と、安易な判断で登った。
実際登るだけならできた。
あと少し、もう少し手を伸ばせば実に届く。
「もうちょっとお!?」
掴んでいた枝が折れた。
咄嗟に実を掴んだけど、当然支えられるはずがない。
実をむしり取ったはいいものの、自分も落下する。
あ、終わったかも。
その時、優しい風が吹き抜ける。
「――まったく、お転婆がすぎるぞ」
「え、えええ!?」
ふんわりと私の身体を抱きかかえてくれたのは――
「殿下!?」
「ギリギリセーフだったな」
殿下は呆れたように笑う。
思考がフリーズした。
殿下は私を抱きかかえたまま、ふわりと地面に着地する。
「ど、どうしてここに?」
「どうしてって、お前がピンチだったから」
「そうではなくて、なんで私がここにいるってわかったんですか?」
「風の噂でお前が外に出て行ったと聞いたんだ」
門番の人に聞いたのかな?
それまでは誰とも会っていないから。
でもなんで門に殿下が?
「森の中をどうやって探したんですか? 自分でもどっちから来たかわからなくなっていたのに」
「それも風の噂だ」
「?」
意味深な言い方をする。
誰かに聞いたとかじゃなくて、風の噂?
殿下には何か、探し物をする力があるのだろうか。
気になって次の質問をしようとしたところで、先に殿下が口を開く。
「心配したんだぞ?」
「うっ、す、すみません……」
そうだった。
質問よりも先に謝罪だ。
殿下が来てくれなかったら、私は今頃どうなっていたことやら……。
「ありがとうございました。助かりました」
「まったくな。これは一つ貸しだ。いずれ返してもらうぞ?」
「は、はい! 頑張ります」
私は背筋をピンと伸ばして返事をした。
殿下は呆れてため息をこぼし、やれやれと首を振る。
「とにかく無事でよかった。森は危険だ。今度から一人では入らず、誰かに声をかけてくれ。せめて騎士の一人でも連れていってくれ」
「は、はい……」
そうしよう。
迷子になったら困るし、何より殿下に迷惑をかけてしまう。
私がどうこうするよりも、殿下への迷惑が一番ダメだ。
猛反省……。
しょんぼりしていると、殿下が私の手元に気づく。
「それは?」
「あ、はい。クアの実です」
「それを採りにきたのか?」
「いえ、偶然見つけただけです」
「ん? じゃあなんで森に?」
「それは、考え事をしていて……お散歩中にふらっと……」
注意された後に、この話はしたくなかった。
余計に怒られそうだったから。
私は殿下から目を逸らす。
特大のため息が、殿下から聞こえた。
「はぁ……宮廷の庭とは違うんだぞ?」
「はい……」
「考え事って?」
「新しい錬成を試していて、何か足りない気がしたので、それが何か考えていました」
「その答えがそれか?」
「はい」
危ない目には遭ったけど、結果的にクアの実は採取できた。
そこだけはよかった。
それ以外が全部ダメだったけど……。
「ちなみに何の錬成なんだ?」
「軽量木材を種から栽培できるようにできないかなと」
「あれか! いいじゃないか!」
殿下のテンションが上がった。
これはいい傾向だと思った私は、続けて説明する。
「ありがとうございます! でも既存の素材だけじゃ難しくて、結合が上手くいかなかったんです。でもこのクアの実の適応力を合わせれば、可能になるかもしれません」
「なるほどな。クアの実はどこにでも育つ。環境への適応力が高い。それを加えるわけか」
「はい! あれを栽培できたら楽になりますね」
「ああ、できたら大きな一歩だな」
殿下の機嫌がよくなってきた。
これで怒られた分はチャラに――
「まっ、だから無茶していいわけじゃないがな?」
「うっ……」
ならないですよね。
反省します。
殿下は笑う。
「ほら、もうすぐ日が暮れる。帰るぞ?」
「はい。え、あの……」
殿下が左手を差し出している。
これはまさか……?
「またふらっと迷子になられても困るからな。しっかり握っておこう」
「い、いや、大丈夫ですよ!」
「説得力ないな。いいから」
「あっ」
ちょっと強引に、でも優しく手を握られた。
大きくて、硬い手。
男の人の手に触れたのは、いつ以来だろう?
肉親以外では初めてかもしれない。
この世界で初めて手を繋いだ異性が……。
「王子様……」
「ん?」
「なんでもありません!」
嫌でも意識してしまう。
少しずつ、心臓の鼓動が速くなっていく。
「そうだ。お前に一ついい報告があるぞ?」
「え? な、なんですか?」
「一時的に都市を解放する日が決まった。それがお前にとって、初めてお客さんを迎える日だ」
「――!」
殿下からふいに告げられた言葉。
ついに私のお店が……オープンする?
【作者からのお願い】
引き続き読んで頂きありがとうございます!
これにて物語も折り返し地点となりました!
高ペースで更新しておりましたが、明日より基本一日一話更新になる予定です。
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