妹は頼られ、姉は失墜し③
街の建設作業は進む。
コンクリートと軽量木材の導入で、作業効率は格段に向上した。
と、いう報告を受けている。
実際に作業を見ても、素人にはどこまで変化したのかわからない。
ただ何となく、大工さんたちは元気に見えた。
私が作った栄養ドリンクも、疲れが溜まってきたら貰いにきてくれる。
きっと、ちゃんと役には立っただろう。
「私にできることは、ここまでかな」
一先ずは。
アトリエに向かう途中に建設現場を通り過ぎ、そう呟いた。
探せばまだやれることはあるだろう。
この街の一員として、彼らの手助けができるなら嬉しいことだ。
ただ、本業をおろそかにしてはいけない。
私は錬金術師なのだ。
せっかく自分のアトリエを用意してもらえたし、試したいことはたくさんある。
「おはようございます!」
アトリエの扉を開ける。
誰もいないから、返事は扉のベルの音だけだ。
ちょっと虚しさはあるけど、仕事前の切り替えには必要なこと。
宮廷時代から続けている朝の挨拶は日課になっていた。
「よし」
今日も頑張ろう。
挨拶で気合を入れて、昨日のうちに整理した資料に目を通す。
記されているのは錬成のアイデアだ。
これまで思いついたけど試す時間がなかったもの。
この街に来て、新しく思いついて書き加えたものもある。
錬金術師にとって、自分の研究時間はとても大事なものだ。
技術の研鑽、新素材の開発に繋がる。
宮廷時代は忙しすぎて、まったく時間が取れなかったけど。
「ここならやれる」
いろいろと試せる。
素材も申請すれば、ある程度は用意してもらえた。
足りないものがあれば、最悪自分で採ってくればいい。
周りは大自然に囲まれている。
出入りは許可証があれば自由だし、宮廷のように厳密な拘束時間もない。
なんて――
「自由!」
清々しい気分でお仕事を開始する。
まずは日課になりつつある栄養ドリンクの錬成だ。
また大工さんたちが欲しいと訪ねてきてもいいように、今から準備しておく。
昨日のうちに在庫はほとんどなくなってしまった。
「とりあえず五百本作って、それから自分の研究をしよう」
さっそく作業に取り掛かる。
慣れというのは確実にあって、今では五百本もニ十分程度で完成する。
少し不思議な気分だ。
以前は自分が使うためだけに作っていた栄養ドリンクを、今は一本も飲まず、他人のために作っている。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
楽しくて、嬉しくて。
久しぶりだった。
錬金術が楽しいと思えたのは。
小さい頃は何かできるたびに喜んでいたのに、その感覚を忘れてしまっていたらしい。
初心に帰った気分だ。
「これでよしっと」
そのまま自分の研究に入る。
新作のポーション開発と、これまでなかった新素材の考案。
植物なんかも作れたら便利だ。
特に最近作ったばかりの軽量木材。
あれはすでにある木材や鉱物を合成することで完成した。
効率と今後を考えるなら、あれを植物として成立させ、栽培できるようにしたい。
「育つようにするなら種からかな……無理やり種に変えてみる?」
頭の中で考えた案を口に出し、実際に試してみる。
これの繰り返しだ。
錬金術の基本は、素材を理解すること。
用いる素材について深く理解しなければ、正しくイメージを形にできない。
そしてイメージだ。
何を作りたいのかをイメージすること。
形、大きさ、重さ、色、役割、種類、効果……。
そういうすべての要素を正確にイメージし、素材を元に形作る。
イメージが破綻していたり、少しでも綻びがあれば不完全なものができあがる。
必ずできる、これだ!
そんな確信が大事になってくる。
「うーん……」
一時間ほど経過して、いろいろ試した結果。
私は首を傾げていた。
なんだか……。
「しっくりこないなぁ」
何かが足りない気がする。
種化まではできたけど、形だけでこれが育つイメージが浮かばない。
いいや、イメージはあるけど、やっぱり足りない気がする。
何が足りないのかも、すぐには浮かばない。
こんな時は――
ベルが鳴る。
お散歩だ!
考えに煮詰まった時は、歩き回って考えるのが一番いい。
宮廷時代もそうしていた。
その姿を殿下に見られてしまっていたらしいけど!
「宮廷と違って広いし、大丈夫、大丈夫ー」
別に悪いことはしていない。
昼間で明るいし、建設作業をしている人たちも大勢いる中だ。
ちょっとお散歩するくらい不自然じゃない。
誰に対してかわからない言い訳を考えて、私は街中を練り歩いた。
よく見ると、工事が進んでいる建物が増えた。
私が考案したものが使われていると思うと、自然と優越感が湧いてくる。
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
見られたら恥ずかしいから、人が少ないほうへと歩いて行った。
「うーん、うーん……」
中々長考している。
景色を見ながら考えると、ふさっとアイデアが湧くことが多い。
いつの間にか私は、街の出入り口である巨大門の近くに来ていた。
この街の門は三つある。
それぞれ各国境に面していて、私が自由に出入りできるのはラットマン王国側の門だけだ。
今のところは、と殿下は言っていた。
「……ちょっと外に出ようかな」
外は大自然だ。
こことは違う環境なら、いいアイデアが浮かぶかも。
ついでに素材も集められたら完璧。
そんなことを考えて、私は出入り口の扉へ向かった。
「すみません、外出したいんですけど」
「通行許可証があれば可能です。こちらへかざしてください」
「はい」
ピッと、許可証をかざすと扉が開く。
便利なシステムだ。
これと同じようなものを、王城とか重要な建物にも導入すればいいのに。
「一応確認しますが、外出の目的はなんですか?」
「えっと、ちょっと外の空気を吸いたいな……と、ダメですか?」
「いけないことはありませんが、あまり遠くへ行かないほうがいいです。この辺りは獰猛な獣も多いですし、魔獣も確認されていますので」
「大丈夫です。すぐ近くを歩くだけですから」
元から遠くへいくつもりはなかった。
近くの森林、それこそ門番の人たちがギリギリ見えるくらいの範囲なら、いざという時も安全だろう。
最初はそう思っていたのだけど……。
「……どうしよう」
迷っちゃった。