妹は頼られ、姉は失墜し②
一週間後。
各地の建設現場には、二つの新素材が導入された。
一つ目は――
「おいそこ! 固まる前だから踏むんじゃねーぞ!」
「うおっとあぶね! 足形が残るとこだった」
「気をつけろよ。固まったら崩すの面倒なんだからよ」
「了解、次そっちか」
地面に流し、固まるのを待っている。
そう、あれはコンクリートだ。
この世界にはコンクリートが発明されていないことに、私は気がついた。
コンクリートの利便性は、前世の世界では知れ渡っていた。
あまりに当たり前すぎて、構造とか作り方なんて知るはずもない。
ただ原理は少しだけ知っていたので、微かな記憶を頼りに、それっぽいものを錬金術で作りあげた。
錬金術があって本当によかったと思う。
あれを一から作った人たちは、本物の天才たちだ。
そんな天才たちに負けないように私も頑張ってみた。
導入されたのはコンクリート以外にもう一つ。
「にしても軽いなこれ。心配になるくらい軽いぞ」
「だよな。でも硬いし、燃えないし、耐久性は普通の木材の何倍もある」
「すげーな。錬金術って」
「ああ」
作業をこっそり見学していると、大工さんたちから嬉しい声が聞こえてきた。
作った身としては鼻が高い。
「ふふっ」
「嬉しそうで何よりだな」
「そうですね。喜んでもらえたみたいです」
「いや、お前がな」
「はい。私も嬉し――殿下!」
いつの間にか、こっそり隠れていた私の背後に、エルムス殿下がいた。
驚いた私は転びそうになる。
殿下は私の手を掴み、転ばないようにひっぱり上げてくれた。
「おっと、危ないぞ」
「す、すみません」
二重で恥ずかしい。
顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。
いつから見られていたのだろう……。
「好評みたいだな」
「は、はい」
「期待以上だ。トリスタンも喜んでたぞ」
「ありがとうございます」
トリスタン様は今頃、本国に戻っている頃だろう。
新素材での建築は、一度国に申請を出す必要があるらしく。
すでに使い始めているのは、トリスタン様が絶対に許可を出すと言っていたから。
彼が絶対にできると言って、できなかったことは一度もないそうだ。
そういうところは信頼されている。
「改めて思ったが、錬金術は何でも作れるんだな」
「なんでもは難しいです。できるのは、私が理解できる範囲のものだけですから」
「それなら余計に凄いな。誰も思いつかなかったものを、新しいものを、お前は想像して生み出したんだから」
「いえ、コンクリートはその、参考があったので。もう一つはオリジナルですけど」
私が新たに作った素材。
名前はまだ決まっていないけど、簡単に表現すると鉄の木。
複数の木材と鉱物を掛け合わせて作った新素材は、木や鉄よりも軽く、耐久性は鉄には劣るが木材をはるかに上回る。
そして木材の欠点である可燃性を下げ、腐りにくい構造に変えた。
鉄の木とコンクリートを併用することで、これまでより建物に使う鉄の量を減らせる。
強度はそのままか、それ以上に。
「これで作業も速くなる。人員を増やすのはまだかかるから、本当に助かった」
「お役に立てたのなら何よりです」
「まったくな。期待していた以上だよ。正直こっちの分野で何かできるとは思ってなかった」
「わ、私もです」
自分が一番驚いている。
錬金術師として頑張ろうと思っていたら、まさか建築の分野に関わることになるなんて。
もちろん実際の作業は大工さんたちの仕事だけど。
コンクリートのこと、少しでも知っていてよかった。
今後もこういうことがあるかもしれない。
「もっと他の分野の勉強も増やさないといけないですね。まだ役に立てることがあるかも……」
「――ははっ、すごいな」
「え?」
気の抜けた笑顔を殿下は見せる。
「もう次のことを考える。今に満足せず、新しい何かを生み出そうとしている」
「殿下?」
「そういう前向きな考え方は、誰でもできるものじゃないぞ。大切にしておけ」
「は、はい」
褒められるようなことをしただろうか?
ただ自分の未熟さを、少しでも拭えるようにと思っているだけなのに。
私にとっては当たり前のことが、褒められることだった?
「お前を見てると、俺もやれることを増やさないとなって思うよ」
「そう、ですか?」
「ああ、負けてられないな」
殿下はどこか嬉しそうに笑って、私の肩をポンと叩く。
そのまま背を向け歩き出す。
「俺は仕事に戻るよ」
「はい! 私はアトリエに戻ります」
「ああ、頑張れよ」
「はい」
お互いに背を向けて、別々の方向へ歩き出す。
私は私がやれることを、殿下は自身のやれることを探して。
どうしてかな?
進んでいる方向は違っても、すぐ隣に殿下がいるように感じるのは。
◇◇◇
ルミナがシュナイデンで成果を上げている中、宮廷では反対のことが起こっていた。
山積みの書類、終わらない錬成。
素材が無造作に床に落ちている部屋に、室長がやってくる。
「リエリアさん、また納期を遅れていますね」
「も、申し訳ありま――」
「謝罪は何度も聞きました。まずは状況を教えてください。いつごろ終わりそうですか?」
「す、すぐに終わります。明日までには……」
「……そうですか。終わるようには見えませんが」
「っ……」
リエリアは与えられた仕事量に、キャパオーバーを起こしていた。
すでに四度、納期遅れを起こしてしまっている。
こうして室長に催促される光景も、当たり前のようになってきてしまった。
「……仕方ありませんね。手の空いた者に回しましょう」
「わ、私はまだ!」
「できないから、こうなっているのですよ。いい加減に自覚してください」
「っ……申し訳ありません」
室長が部屋から出て行く。
書類を握りしめ、悔しさが全身から漏れ出る。
彼女のプライドはズタズタだった。
妹に出来た仕事が自分一人ではできないこと。
自分をもてはやしてくれる男性と会う機会が減り、徐々に疎遠になりつつあること。
それらが同時に襲い掛かり、彼女の自信は崩壊していた。
「こんなはずじゃ……私はもっと……」
優秀なはずだった。
天才だと思っていた。
錬金術師としての才能も、彼女よりはるか上だと。
女性としても、人間としても上位にいるのだと。
しかし、少なくとも錬金術師として、宮廷で働く者としては、明らかな差が浮き彫りになった。
同僚の錬金術師たちからも聞こえてくる本音。
優秀だったのは、ルミナだけだった、と。
多くの者たちは二人の関係を知らない。
押し付けていた事実も、まだ知られていない。
だが、薄々勘づき始めるだろう。
何かある。
ルミナがいなくなってから、リエリアの能力が露呈した。
それが意味するものは?
「まだ、まだよ。本気になれば私だって」
だが、長年プライドを頼りに生きてきた彼女にとって、それを認めてしまうことは死にも等しい。
故に諦めない。
その諦めの悪さは、評価されるべきかもしれない。