錬金術師にできること③
トントン、カーン。
建築現場の音はけたたましく、甲高く。
時に重たい音と、職人たちの威勢のいい声が響く。
「おいそっち持て! おっことすなよ!」
「あいよ。ここ接着悪いな! 先に調整してからのほうがいいだろ」
「今か? ったく、もっと早く気づけよな」
「文句言うなよ。ここのチェックは――あ、俺だ。悪い」
「集中しろよな」
声を聞くだけでわかる。
とても大変そうな職場だと。
高い場所で、細い足場を踏みしめて歩く。
一歩でも踏み外せば落ちてしまう。
大きな建物を小さな身体で作ることは容易じゃない。
一か所でも間違えると、後で修正が効かなくなることだってある。
「おーい、ちょっといいか?」
「あ? なんだこっちは忙し――エルムス王子!?」
殿下だと気づいた途端、大工さんたちはびっくりして態度を変えた。
そうなるよね、普通。
「す、すみません! すぐに降ります!」
「急がなくていいぞ。お前たちにプレゼントがあるだけだ」
「プレゼント?」
殿下は私に視線を向ける。
その背後には、栄養ドリンクを持った騎士たちが待機していた。
大工さんたちが降りてくる。
みんな汗をたくさん流して、顔や服、肌が汚れている人がほとんどだった。
あと全員、とても身体が大きい。
並ぶとよくわかる。
騎士の方たちよりもガタイがよくて、ちょっぴり怖い。
「急に呼びつけて悪いな」
「いや、いいんですが、そちらの方は?」
「彼女は先日から新しくこの街に派遣された錬金術師だ」
「おお、錬金術師! 中々珍しいお方がいらっしゃいましたね」
錬金術師って珍しいの?
宮廷だと私を含めて十数名いたんだけど……。
「彼らはモースト帝国の職人たちだ。モースト帝国はうちと違って錬金術師が少ないんだよ」
「そうだったんですね」
殿下は私の心を読むのに長けているのだろうか?
疑問をすぐに察して答えてくれた。
錬金術師の才能は、私が思っている以上に貴重なのかもしれない。
遅れて大工さんたちの視線が、一気に集まっていることに気づく。
背筋が伸びて、緊張しながら挨拶をする。
「えっと、こんにちは! 錬金術師のルミナといいます。これからよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ。で、さっきの話っていうのは?」
「あ、はい。皆さんにおすそ分けを」
「飲み物だ。しかも、とびっきりのな」
殿下が得意げに言うと、道を譲って騎士たちが前に出る。
木箱の中には栄養ドリンクがずらっと入っている。
大工たちが覗き込む。
「こいつは、ポーションですか? 有難いですけど、うちはどこも怪我はしてませんよ? 無傷なのにこんな高価なもん受け取れませんって」
「怪我はなくても、疲れはかなり溜まってるんじゃないか?」
「まぁそれなりには」
「ならぴったりだ。な?」
「はい」
私のほうから、大工さんたちに説明する。
この飲み物の効果を。
頷きながら彼らは聞き、驚いていた。
「へぇ、そんなもんあるのか」
「効果は我々騎士が実証済みです。きっと満足されるかと」
「そいつは楽しみだな。どれ」
「親方!」
この人が親方さんだったのか。
髭も生えて一番年季がある見た目だったから、なるほどと納得する。
部下たちに率先して一本取り、豪快に飲み干す。
「ぷっはー! なんだこりゃ! 味もうめーじゃねーか! しかも身体が軽くなったぞ!」
「お、俺にもください!」
「こっちも!」
「押さないで。ちゃんと人数分用意されています」
騎士の方々の前に、大工さんの列ができる。
親方さんが自分の身体で見せることで、これは安全だと部下に示した。
おかげで部下の大工さんたちも、気兼ねなく手に取り、豪快に飲める。
「ホントだ! 凄いなこれ!」
「ずーんとした疲れがあったのに、一気に爽快な気分になったぞ!」
「目も冴えた! 集中力切れかかってたからありがたいぜ」
「よっしゃ仕事に戻ろうぜ!」
やる気満々の大工さんたち。
さっそく働こうとしたところで、親方さんが一喝。
「馬鹿野郎! まず先にすることがあるだろうが!」
「――! そうだった!」
「ルミナさん! 最高の差し入れ、ありがとうございました!」
大工さんたちが一斉に、私に向かって深々と頭を下げてきた。
屈強な男たちが、若輩者の私に真っすぐな感謝を向けてくれる。
圧倒されつつも、嬉しさがこみ上げてくる。
「ど、どういたしまして。お口に合ってよかったです」
「いや助かりましたよ、ホント。連日作業で集中力も欠け始めてましたからね。これでまた作業に集中できます」
「それはよかった。また必要になったら彼女に声をかけるといい。いいよな?」
「はい! アトリエでお待ちしています」
さっそくお客さんを獲得できそうだ。
まだ開店前だけど、閑古鳥が鳴く心配はなさそうでほっとしている。
いつ皆さんがきてもいいように、栄養ドリンクの在庫は用意しておかないと。
「心強い仲間が増えましたね、王子」
「ああ、本当にな」
「それじゃ、俺も作業に戻ります。その飲み物、他の奴らにも配ってやってください」
「そうさせてもらうよ。お前たちも怪我に気をつけて作業してくれ」
「はい。ルミナさん、またよろしく頼みますよ」
「はい!」
親方さん、見た目は怖そうだけどすごく優しい人だった。
職人気質の人は少し抵抗あったけど、話してみたらそんなことはない。
仲良くやっていけそうでホッとする。
「さて、次の現場に行こうか」
「はい!」
「なぁおい、オレにも一本くれねーか?」
出発しようとしたところで、若い男性に声をかけられた。
さっきもらいそこなった大工さん?
振り向いて容姿を確認して、どう見ても大工さんじゃない。
整った顔立ち、気品がある服装、腰のサーベル。
貴族、もしくは……。
「お前はいらないんじゃないのか? 体力無限だろ」
「バーカ。無限なわけねーだろ。人を何だと思ってんだ?」
「ばっ!」
殿下に向かって馬鹿って……。
いくら優しい殿下でも、そんなこと言ったら怒るんじゃ……怒ってない?
「一本くれよ。いいだろ?」
「疲れてる人限定なんだよ。お前は対象外だ」
「ケチくせーな。なっ?」
「へ?」
「お前んとこの王子はケチんぼみたいだし、うちの国のほうが懐デカいぞー? どうだ?」
「は、はい?」
むしろ楽しそうに、親し気に接している。
というか、うちの国?
この人はラットマン王国の人間じゃないのか。
よく見るとサーベルに紋章が……しかもあれって、モースト帝国の?
もしかして……。
「勝手に勧誘するなよ、トリスタン」
「はっはっはっ!」
豪快に笑う彼こそ、トリスタン・モースト。
名の通り、モースト帝国の王子様だった。