錬金術師にできること②
テーブルの上に、完成した栄養ドリンクがずらっと並ぶ。
本数は五百を超えた。
殿下はそれを見て、素直に驚いている。
「凄いな。たった一時間と少しでこれだけ作れるのか」
「少ない素材で複数できるので、回復ポーションより簡単なんですよ」
「そういうものなのか。錬金術については詳しくないからな」
「もっと素材があれば、この十倍でも作れますが、どうしますか?」
「十倍……」
テキトーは言っていない。
錬金術は慣れるほど、効率が向上し錬成速度が上がる。
五百本を作るのに一時間かかったが、最後のほうは慣れてきて十分で二百本作れるようになった。
今なら五千本でも今日中に終わるだろう。
「いや、さすがにそこまで。まずは需要を確かめてからにしよう」
「そうですね。さっそく皆さんに配りたいです」
「ああ、俺も手伝おう。手の空いている騎士にも声をかける。この量を運ぶのは、俺たちだけじゃ無理だからな」
「ありがとうございます!」
どうやって運ぶかは考えていなかった。
作るのに夢中で。
殿下の提案に甘え、手伝ってもらうことになった。
数名の騎士がアトリエに召集され、事情を説明する。
「――というわけだ。これを建築仕事をしている人に配ろうと思う」
「かしこまりました」
「うん。あ、お前ら疲れてるか?」
「え、いえ、我々は――」
「正直に言って見ろ。眠れてないだろ? 目の下にくまがあるぞ」
「――!」
騎士の一人が咄嗟に目元を隠した。
隈なんて私には見えないのだけど……。
と思っていたら、殿下がクスリと笑った。
「冗談だ。隈なんてないぞ」
「で、殿下!」
「はははっ、お前たちが素直にならないからな」
「……確かに少し疲れはあります。動ける騎士は少ないですから、常に動き回っておりますので」
集まった三人の騎士たちは顔を合わせて同意する。
当然ながら、この街で働いているのは大工さんたちだけじゃない。
騎士の彼らも、見えないところで奮闘しているのだろう。
「よし、じゃあ飲んでみろ」
「え、よろしいのですか?」
「ああ、疲れている奴のために作ったんだ。そうだろ? ルミナ」
「はい! 元気になりますよ?」
私の経験が保証している。
自信を持って提供できる一本だ。
私は胸を張り、笑顔でそう答えると、騎士の一人が栄養ドリンクを手に取る。
効果は説明済みだ。
初めてのものだから、少し緊張している?
私は背中を押すように言う。
「どうぞ!」
「で、ではいただきます」
そんなに仰々しく飲まなくても。
ただの栄養ドリンクだ。
もっとも、異世界の技術、力で作られた栄養ドリンクは一味違う。
「おお! なんだか急に身体が軽くなりました」
そうでしょう?
この栄養ドリンクの売りポイントは、即効性だ。
前世の栄養ドリンクを参考にして作られた異世界製栄養ドリンク。
弱い回復効果と、身体活性の効果を混ぜ合わせ、少ない素材で大量に作ることができる。
他の二人も飲んで、効果を実感する。
「本当だ!」
「不思議な感覚ですね。回復……でしょうか。強化とも違うような」
「一般の回復ポーションは、病気や怪我を瞬時に治療します。その分、身体には疲労が残るんです」
「ああ、確かに。傷は治るけど疲れはどっとくるような。経験があります」
そう、回復ポーションの原理は簡単に言うと、肉体の回復力を何倍にも増幅すること。
人間の身体には傷を治したり、病気を治癒する力がある。
ポーションの役割はそれを活発にすることだ。
寿命の前借にも等しい超回復。
その関係上、疲労は回復せず、むしろ蓄積される。
だがそれは、効果が強すぎる場合に起こる副作用のようなものだ。
ならば効果を弱め、副作用を補う効果を加える。
薬の飲み合わせみたいなもので、強力な薬を飲むときに、胃薬を一緒に飲むみたいな。
「弱い回復効果に、一時的に肉体強度を上げる効果も加えてあります。そうすると、傷や病気に作用するのではなく、疲労回復に効果を留めることができるんです」
「そんな原理が! 知りませんでした」
「俺も初耳だ。よく気づいたな」
「たくさん調べて、試しましたから」
回復ポーションは宮廷で何千、何万本と作ってきた。
効率を考えたり、効果について追及する時間は、必然的に多くなる。
その過程で生まれたのが、この栄養ドリンクだった。
「回復効果自体は弱いので、持続時間はそんなに長くありませんが、毎日飲んでも身体を壊す心配はありません」
前世の栄養ドリンクは多用厳禁だけど、ここは異世界。
錬金術で作り出した栄養ドリンクは、最悪飲み過ぎても回復ポーションと同様の効果になるだけだ。
眠れなくなったりはしないだろう。
むしろ昼間にしっかり働く分、夜に効果が切れてぐっすり眠れるはずだ。
私はそんな風にして眠っていた。
「さっそく配りましょう! 皆さんきっと喜びます!」
「元気になったな」
「はい! 今なら街中を十周くらいしても平気です」
「ははっ、極端だな。その体力を存分に使って貰おう。配りに行くぞ」
殿下の指示に騎士たちが敬礼をする。
効果を実感してもらえてよかったと、私はひっそりと安堵していた。
自信はあったけど、やっぱり他人に目の前で使われるのは、ちょっぴり緊張する。
「よかったな」
「――! はい」
私の内心を見透かすように、殿下はポンと肩を叩き激励の言葉をくれた。
こうやって認められていく。
言葉で、光景で実感することは、栄養ドリンクよりも私に元気を与えてくれた。