第一話「再誕少女」/ 怪しげな答え
いつぞやぶりに情熱が再燃して書き始めました。
リハビリも兼ねてなのでそのうち色々と再編集もするかと思いますが、お付き合いいただければと思います。
また舞台設定の都合上、ジャンルをハイファンタジーにしておりますが、私自身もっとしっくりくるものを探しております。指摘等があればこっそり変更するかもしれません。
ようやく一息ついた婦人が湯気をあげなくなったカップを手に取る。まだ温かさは残っているものの、夜の帳が降りきってしまったこの時間、体を温めるには些か熱量が足りないように見える。
「入れ直しましょうか?」
「構わないわ。私達にとってこちらは少々暑いくらい」
それほどの雪が積もる地域と比べれば大体の場所が温かいだろう。それでもお茶の旨さを損ねるのは間違いないだろうが。
「それではご婦人、いくつか質問させていただけますか?」
それに言葉に返すことはなかった。
人通りもなくなったのだろう。中に入ってきた爺と呼ばれた男性も直立不動だ。店主は問題ないのだろうと判断して口を開いた。
「最初は四歳頃に発症。その後、大体年に一、二回程度。間違いありませんか?」
「ええ」
言葉によどみはない。何度も聞かれてきたことなのだろう。大きい街にあるとは言え、ここの店は間違いなく場末だ。最初にもその次にも訪れるような場所ではなかった。
「お嬢さんの現在の年齢。それと見た目で構いません、おおよその体型を」
「娘は今年で十三。ちらっと見ただけで細いとわかるわ」
「ここ最近の発症頻度は?」
「二年程前から多いわね。去年は五回くらいだったかしら。今年はすでにニ回。まだ春も来てないというのに」
新年祭の賑わいは既に過ぎ去っているものの、まだまだ寒い時期が続いている。このペースが続いてしまえば、今年は一年で二桁にも届いてしまうかもしれない。
「婦人は普段から一緒におられますか?」
「いいえ。娘には勉強が、私にも仕事はあるわ。とはいえ発火してしまえば身体はともかく、服は何一つ残らない。腕利きのメイドを常に一人以上つけていてよ?」
「身体に異常は出ないのですね? そのお付きの方々は?」
「ないわ。専属の二人と護衛にも話を聞いたけど、特に変わった話はしていなかったわ。医師も質問していたようだけれど、そちらも変わった話じゃなかった」
うんざりしたように息をつく。肩が沈むように見えたのは気のせいだろうか。
「ではその方々の年齢を」
「メイドの二人は十六と十九。護衛は十八」
「専属というメイドの方は貴族の方ですか?」
「? いいえ? 一人は遡れば貴族だけれど、それも三代前ね。うちは辺境にわざわざ来たがるような貴族はほぼいないわ」
「うーん…なるほど」
目を瞑り深く頷く店主。
幸いにもそうやっている間、二人も無言で静かに待っていた。
「一つ、もしかしたら、ですが」
「あら。意外に早いわね。多くの医者がもっと、それこそ根掘り葉掘り聞いてきたけれど」
店主の言葉に反応したのか、目立たないように心がけていたであろう執事の目が少しだけ鋭くになる。それは期待なのだろうか。それとも怒鳴りつけようとしたのだろうか。
スッと挙げられた婦人の手によって踏みとどまると、静かに頭を下げ、マネキンのように直立不動となった。
「焦らないでください。あくまで可能性です」
「ふふふ…期待せずにはいられない言葉ね」
「ご勘弁を。とは言えあまりこちらから聞いていてもご納得いただけないでしょうから、こちらの予想をいくつか聞いていただけますか?」
「……おかわりをいただけるかしら」
婦人の声音がほんの少しだけ硬くなる。それが緊張からくるものでないことは目を見れば明らかだった。
店主は席を立つと、ポットの茶葉を入れ替えた。二度目となると、不必要に苦味が目立ってしまう。
「お嬢さんの肌はとても白い。日照時間が短い雪国のことを考慮しても、あらゆる人から羨ましがられるほどに」
「あら、褒めてくださるの?」
こぽこぽと音を立ててポットの中で茶葉が舞う。少し前と同じようにお茶の香りが三人を包んでいった。
「魔力も潤沢でまさに選ばれたというに相応しい。幼い頃から優秀で、縁談も多く頂いてるんじゃないですか?」
「ええそうね。突っぱねるものばかりだけど」
「ーーどうぞ。冷めないうちに」
温かい飲み物はそれだけで体をほぐしてくれる。何かあっても、言葉を飲み込みやすくなるだろう。
「縁談以外も決めないといけないですね。それだけ魔力が多いのなら研究職からも軍からもお話があるのでは?」
「ふふ…そこまで話せと?」
「ーー失礼いたしました」
素直に頭を下げる店主。探るような物言いは、すぐさま打ち切られても文句を言えるようなものではない。とはいえ相手はお貴族様。このくらいのやり取りは可愛いものだろう。
「それで、何が言いたいのかしら。そろそろ種明かしをしてくれてもいいのだけれど?」
婦人にまだ余裕はありそうだが、執事の視線は鋭くなるばかりだった。
「そうですね…ではあと一つだけ」
「どうぞ?」
「お嬢さんは時々、不思議な服の選び方をする。暑い日にも関わらずやたらと着込んでみたり、かと思えば次の日にはびっくりするほどの薄着を好んだり」
違いますか?
その言葉を最後に沈黙が下りる。つまりはそういうことだ。違うのなら否定すればいいのだから。
「……どこの間者かしら」
「いえいえ。私はどこにでもあるような店の店主でしかありません。そもそも訪ねてこられたのはそちらではありませんか」
「そうね……そのとおりだわ」
婦人の言葉がくだける。或いは自分に言い聞かせているのかもしれなかった。
「娘はおおよそあなたの言うとおりで間違いないわ。もっとも、服のことを気に留めているのは家族と専属のメイドだけでしょうけど」
執事も否定するようなことはしない。年頃の子供というのは男女問わず難しいものだ。よほど普段から見ていなければ、そんな気分なのだろうと気にも止めないに違いない。
「わかりました。それでは薬湯を二つ、ご用意しましょう」
「二つ? 一つではなくて?」
当然の疑問だろう。薬があるのであれば、それで治るのだろうから。
或いは足元を見られたのかと思ったのかもしれない。
「ええ、二つです。本当なら三つお渡ししたかったのですが、あいにくと手持ちを切らしている物がありまして」
「そう…それで、どうしろと?」
「慌てないでください。いまご用意いたしますよ。お茶でも飲んでお待ちください」
店主は立ち上がると小さな器を二つ取り出し、棚に向かった。
「あ、執事さんもよろしければどうぞ。カップはもう一つありますし」
「私は従者ですので。むしろ何かあればお申し付けを」
「お客様に仕事をお願いするわけには…」
「であればお気になさらず」
身じろぎ一つしない執事はしかし、店主から視線を外さない。自らの店だというのに居心地の悪さを覚えた店主は、手早くものを集めるとテーブルに戻ってきた。
「ひとまずお試しいただきたいのはこちらです」
示されたのは蓋に大きく「一」と書かれた瓶だ。
中身はどこかで見たような色をしている。婦人は口元に手を当てて考え込んだ。
「と言われてもね…何かわからないものを飲ませるわけにもいかないのだけれど?」
「慌てないでください。執事さんも近くに来ていただけますか? 作り方を含めて話しますので」
「かしこまりました」
蠟燭の明かりだけでは光量が心許ないが、器の中に入っているものはまるでそれぞれ別物に見えた。
「いずれも使うときはスプーン三杯で一日分、一度に一日分を作ってください。作り方は両方同じ、少し長めに……そうですね、四半刻ほど煮詰めるだけ」
「ここで作っていくことはできないと?」
「液体ですので。持っていってもすぐに腐りますよ? せいぜい二、三日でしょうか」
あいにくとそれができるようなものではなかった。手間かもしれないが、できれば毎日作ってほしいものだ。
「そう。それなら仕方ないわね…一瓶でどのくらい使えるのかしら」
「大体十日から十四日くらいかと。お嬢さんがあまりにも飲みたくないと言うなら、一はやめて二を飲ませてあげてください」
「横から失礼します。ニもだめだったときはいかがすれば?」
「できれば三日程度は試してみていただきたいのですが、その時は本人様も連れてお越しください」
その後も細かな話が続き、ようやく二人からの言葉が途切れた。
ふと蝋燭に目を移せば、三割ほど短くなっている。新品だったはずだが、その足元に大きな塊ができていた。
「もうそこそこの夜更けですし、まだあるようでしたら続きは明日にしませんか?」
「いいえ。それほど時間があるわけではないの。爺?」
「宿には話をつけております。裏口には馬車用の入口があります」
婦人に向き直ると、腰を垂直に折ってよどみなく答える。
人に見られるわけにいかないのだろう。来たときよりも早いスピードで扉の向こうに消えていった。
「それでは失礼するわ」
「本日はありがとうございました」
「ところで……」
馬車の用意ができるまでの小話だろうか。深く考えずに頷いた。
「本当に三つ目の材料がないのかしら?」
「……ええ。季節外れなこともありますが、なかなか出回らないので」
「わかったわ。そういうことにしておきましょう」
やけにあっさりと会話を終えると、婦人は振り返るとこなく夜の闇に紛れていった。
そのほうが都合がいいでしょうから。
聞こえるはずのない声が、頭の中で渦巻いた。
読んでいただきありがとうございます。
時間が取れないため毎日投稿は難しいです。
少なくとも切りのいいところまでは書き上げるつもりですので、お待ちくださいますようよろしくお願いいたします。