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第一話「再誕少女」/ 黄昏時の来客

いつぞやぶりに情熱が再燃して書き始めました。

リハビリも兼ねてなのでそのうち色々と再編集もするかと思いますが、お付き合いいただければと思います。


また舞台設定の都合上、ジャンルをハイファンタジーにしておりますが、私自身もっとしっくりくるものを探しております。指摘等があればこっそり変更するかもしれません。


婦人の口調を変更しました。本編の流れは特に変わりありません

 その店は実に不思議な匂いに囲まれていた。むせ返るように広がる濃い森の香りは安らぎを与え、鼻を刺すスパイシーな香りは爽快感を味わわせる。目的なく歩いている人からすれば思わず避けたくなるほどの自己主張をしているのだろう。時折通る人も入り口から半円を描いて遠くを歩いていく。


 いくら裏通りの小さな店だからといって、人が寄り付かないとすれば致命的ではあるが、店の主はそんなことは気にしていない。衝立に開けられたのぞき窓から時折思い出したように開かれることのない扉を見つめるだけだ。

 店を閉めるわけでもなく、奥に引っ込むことをするでもなく、穏やかと呼んで差し支えない時間が店に流れる。


 朝一に店を開け、早起きにつかれた頭を休ませ、昼をニコニコと告げる太陽に目を開け、今日も旨くできたと口元を緩める。午後になっても変わらず流れる時間をぼんやりと眺めながら、空になったコップにトクトクと注いで口をつける。湯気越しに見える液面は今日もやはり琥珀色をしていた。


「ただのお茶だよ。好きなんだからいいだろ…?」


 つぶやかれた言葉は虚空に溶けて消える。聞いていたのは店の前を横切る猫だけだ。


グラスに顔を近づければお茶がくゆるも、一息付けば飲まれてわからなくなった。でもそれでいいとさえ感じるほど、外の喧騒は別世界だった。


 やがて陽の色が赤く染まり弱くなり始めるころ、どうせ今日も誰も来ないのだろうと一つ息をついて立ち上がる。これが何もない日のルーティン。

 きれいにディスプレイされた商品を劣化させないため、最小限しか光を取り入れないこの店には窓さえない。入口さえ閉めてしまえばそれで店じまいだ。いつもより少し早いのかもしれないが、そんな日も偶にはあっていいだろう。


 念のため雨樋が詰まっていないか確認し、入口に何もないと見渡したところでふと気づいた。大通りに馬車が止まっている。

逆光のせいでシルエットしか見えないが、忙しなく動き回っているように見えた。距離は少しあるが、石畳を叩く音がわずかに聞こえてくる。店の中までは届いていなかったようだ。


経験が早鐘を鳴らし始める。偶にはいいか、などと考えるのではなかったと思ってももう遅い。何も見なかったことにしてそっと扉をくぐる。息をつく暇もなく振りかえり、躊躇いなく鍵をかけようとする。


しかし、それよりも早く扉の前に影が差した。

 諦めて一歩下がるとちょうど顔が見えるくらいの隙間が開く。

 覗き込んできたのは眉尻が少しだけ上がった初老の男性だった。


「ご主人……と呼ぶにはお若いようですが、こちらの店はあなたのお店でよろしいですかな?」

「ええ。半ば道楽のようなものですが」


 来訪者の身長が高いせいもあるのだろうが、それを加味しても小柄。決して店の主と呼べるような見た目ではない自覚はあった。悲しいことではあるが。


 仕草で入店を促す。早く閉めようとしたものの、本来は営業時間である。悟られているかもしれないが、それでもにこやかに応じた。接客業とはそういうものだ。

 すぐ横にあった椅子を勧めたが、立場が許さなかったのだろう。誇示されてしまった。

 お気になさらず、とお茶の用意も断りを入れた。


「少し暗いですね……せっかくならもう少し明るくなさってもよろしいのでは?」

「何分、商品がそのようなものでして。常に扱っているので気にならないのですよ」

「そうですか…」


 街の人からも聞く話だ。しかし気に入っている店でもある。どうこうしようという気にはなれないのが本音だった。

 納得はいっていないのかもしれないが、それ以上言及することはなかった。


「実はさるお方にお話いただきましてね。もしかしたらこちらかと思いまして」

「私は裏通りの日陰者ですよ?申し上げましたように、ここは道楽だと思っていただければ」

「承知いたしました。違うということであればすぐにでも出ていきますので一つだけよろしいか?」

「ええ。どうぞ」


 営業時間ももうすぐ終わる。今日も何もなかった。

 大通りは帰り道を歩く人が増えていることだろう。馬車が邪魔にならないことを祈るばかりだ。


「この街には悩みを解決してくれる店があるのだとか」

「悩みを解決する店、ですか……?」

「ええ。さる方々が何人も解決してしていただいたと聞いております」

「悩みがあるなら相応の人に相談なさったほうが良いのでは」


 この街に暮らしていてもそんな噂が流れている様子はない。そんな店があれば行列が途切れることはないだろう。出不精の傾向があるとはいえ、目に留まることも耳に入らないというのは不思議な話だった。


「もう相談はしているのですよ。すべて匙を投げられましたが」

「それは……大変ですね」

「ええ、それはもう。そこでこの街にあるという薬屋(・・)をさがしているのです」


 そこそこの街ではあるが薬屋は多くない。せいぜい数店舗。日没間近のこの時間に訪れるということはすべて回ってきたのかもしれない。


「見つかりましたか?」

「いえ……とりあえず今までの話を少ししただけで手に余るといわれまして」

「それがうちでどうにかなると思えませんが……」

「それでも話だけでも聞いていただければ」

「……それでは椅子をどうぞ」

「ありがとうございます。奥様を連れてまいります」


 男性は一礼すると静かに出て行く

 気づけばあれだけ差し込んでいた夕日ももう空を染めるだけになっていた。


 営業時間を過ぎてしまうが、女性が来るとわかった以上何もなしに出迎えるわけにはいかないだろう。

 やかんを火にかけ、普段はしまい込んでいる茶葉を用意する。お茶請けは買い置きのスコーンで許してもらうしかない。ごそごそと探して持ってくると、ちょうど時を同じくして入り口が開いた。

 薄暗い店内ではヴェールに隠れた顔ははっきりしない。それでも佇まいからは貴族特有の鋭さが見て取れた。


「……ようこそ。大したもてなしはできませんが--」

「必要ないわ」


 ぴしゃりと打たれた言葉は静まり返った店によく響いた。

 礼服の男性に椅子を引かれ、座る女性。正面に座るわけにはいかないので、せめてと紅茶を差し出して次の言葉を待った。


「……これは他言無用よ。よろしいかしら?」


 お貴族様からわざわざ一介の店主に直接相談するなんてことは考えにくい。それ相応の条件が付けられることは目に見えていた。


「私共のような平民には貴族様かそうでないかしかわかりませんが、商売人が大事なお客様との契約を語って聞かせるようなことはありませんよ」

「ふぅ…一応信じましょう」


一応も何もあったものではない。貴族というのは義務と引き換えに多くの権利を有している。この店を取り上げることもそう難しい話ではないのだ。

 とはいえ聞かないという選択肢はない。


「わたくしが聞きたいのは人が発火したという話をきいたことがあるのか、ということです」

「人が、『発火』ですか……?」

「奥様、それは--」

「黙って聞きなさい」


 人が発火する。それをそのあたりの人が言い出せは何を言っているのだと思うだろう。

 しかし、貴族という立場である以上、伊達や酔狂だけでこのようなことを口走りはしない。従者の男が一度口をはさんだのがその証左だった。

 人の口に戸は立てられぬ。


「直接それらしい話は聞いたことがありませんね……」

「そう……残念ね。爺、この方に--」

「--心当たりでしたらありますが」


 時が止まる。わずかに残っていた太陽の残滓も見えなくなる。

 ごそごそとカウンターをあされば小さなろうそくを取り出し、火を灯す。これでも十分だ。


 立ち上がった婦人がもう一度椅子に座りなおした。帽子のつばから覗く瞳に灯が揺れる。


「それで?」

「続きを話すにはいくつか答えていただかなければならいないことがあります。よろしいですか?」

「わたくしが聞いているのだけれど?」

「確信もないまま憶測で語るわけにはいきませんので」


 爺、と婦人が一言だけつぶやくと、初老の男性は一つ頷いてそっと扉から出た。

 キイキイと蝶番が鳴る。普段聞きなれているはずの音が嫌に耳障りだ。


「……人払いをさせてもらうけど、よろしいかしら?」


 ここまで来ると話さざるを得ないだろう。

 もう夜になるが、今日は長くなりそうだと諦めて茶葉を取り出した。


「……場末なのであまり良いものではありませんが」

「ふふ……わたくしはそのあたりはうるさくないわよ?」


 初めて口元が緩んだ婦人の瞳に宿る感情を、正しく伝える言葉を知らない--

読んでいただきありがとうございます。

第一話はおおよその構成はできておりますが、時間が取れないため毎日投稿は難しいかもしれません。

次話は明日を予定しております。

少なくとも切りのいいところまでは書き上げるつもりですので、お待ちくださいますようよろしくお願いいたします。

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