プロローグ ーしめやかに、まことしやかにー
いつぞやぶりに情熱が再燃して書き始めました。
リハビリも兼ねてなのでそのうち色々と再編集もするかと思いますが、お付き合いいただければと思います。
また舞台設定の都合上、ジャンルをハイファンタジーにしておりますが、私自身もっとしっくりくるものを探しております。指摘等があればこっそり変更するかもしれません。
城郭に守られたこの街は多くの人が集い、多くのものが集まり、外へ外へと拡大してきた。何度も拡張されてきた街ではあるが、為政者の鶴の一声で定期的に区画整理がなされ、光が当たらない裏道は一掃された。人々が安心して生活を送れる街として評判なのは、そうした力持つ者が聡明だったためだ。多くの人が感謝を捧げていることだろう。
もうそろそろ日も完全にくれようかという時間帯。あれだけ馬車が所狭しと並んでいた大通りも多くの店が灯りを落とし始めていた。もう馬車が止まっているところも数えるほどで、そのほとんどが宿泊施設だった。ぎりぎりの時間ではあるが、チェックインをして泊まるのであろう。
ほとんどの人はもう大通りには用がない。通り過ぎてすぐ横の小路に入っていく。
大きな街であるため一本外れても店は多い。特に飲食店はいつでも騒がしいこともあって、居酒屋などと合わせて少し離れたところに固められていた。言ってみれば体のいい厄介払いのようなものだ。それでもこの辺りはこれから夜明けごろまで、この街で一番の賑わいを見せるのだ。
時間とともに場所を変え、人を変え、
たとえ太陽が顔を伏せても、月が瞼を降ろしても、
この街は眠ることを知らない--
道の左右には店舗の入り口の前だけをぽっかりと開けて、小さな小さな出店が競い合うように軒を連ねている。
巨大な街であるが故にいくつもの繁華街が存在するが、その中でもここは最大級。夜闇に覆われた天井の下では灯りが煌々と焚かれ、真昼と遜色のない人だかりがそこにはあった。
夕飯時の飲食店が騒がしいのは今に始まったことではないが、この店はそれを過ぎたというのに騒がしいままだ。
そこかしこでジョッキをぶつける音が響き、カチャカチャと食器が触れ合う音がする。あちらこちらから注文の声が上がり、休む間もなく料理があちらこちらに運ばれる。繁華街の中でも比較的大店と呼んで差し支えないここは、時間をおかず出て行った客と同じだけの人数がやってきていた。
「おお! おめぇのところも今日は上がりか」
「よお、槍の。おまえさんもか。相変わらず野菜ばっか食ってんな。肉食え肉。力でねぇぞ?」
遅くまでやっている店はそれだけ割高になりやすいこともあるが、この店は大衆店ということもありコストパフォーマンスに気を使っている。そのせいかいつ来ても人にあふれていた。。仕事帰りなのか武具を佩いたままの姿だったり、くたびれた様子でテーブルに突っ伏している客までいた。心配されているようだが、手を振って答えている。顔を上げる気力もないのかもしれないが、ひとまず安心だ。
「ちょいとお客さん。さすがに泥やら返り血やらは落としてからきておくれよ!!」
「あ、ああ。気づかなくてすまん。裏の井戸行ってくるわ」
「姉ちゃん、エールお代わりくれぃ!」
「ただいまぁ!!」
「ミリカちゃん、今度一緒にショッピング行こうよ。新しい店できたって」
「お待ちどうさま、酢締めです。ナナさんは見つけるの早いですね。春もの、そろそろ出てます?」
さすがに店全体に響くのは注文くらいで喧嘩のようなことは起こっていない。荒くれものが集まりやすい店ではあるが、追い出されず飲んだくれていられる彼らは狭量でもなければ、経験の浅いガキでもなかった。
「しっかし、ここは相変わらずかぁ」
「そりゃそうさ。お前さんが来た頃からまだ2年だよ? あの頃はまだまだ青かったあんたもここでくだを巻くとはね」
「別にいいじゃねぇかよ…… 一応、宿も食事も心配ないところまで来てるんだぜ?」
こんな真夜中にわざわざ外食するのは家を持たない冒険者が多い。それをわかっているから昼時ではなく、夕方から真夜中にかけて開けている店も多い。時々夜勤と思しき兵士がやってくることがあるが、関係は悪くない。
「うちに来てくれるのはうれしいけどさ、たまには先輩として奢ってやんなよ。あんたも先輩には助けられたろ?」
「……見込みのあるやつがいれば、な?」
「はっ! あんた程度の実力で本物が見極められるわけないだろ」
片付けのついでとはいえカウンター越しに気安く女将と話せるのも常連の特権だった。口説こうとすればキッチンの奥から旦那の鉄拳が飛んでくるが……
半分を切ったエールを傾け、普段食べない干物を食べる。酒にちょうど良い魚介類は内陸のこの街からすればちょっとした贅沢だ。周りもそれができるのだから聞こえてくる話にはなかなか景気のいい話が多い。
やれあそこの遺跡で新しい区画が見つかった、だの、あの素材が少なくなってるから儲かる、だの、人の口に戸は立てられぬとはいえ、聞かれても大丈夫なのかと思う話まで飛び出していた。
「みんなよく話すもんだよ」
「情報収集のためには自分も出さないとね。違うかい?」
酒の席で話した内容がどれだけ頭に残っているだろうか。そういう話は素面でするべきだ。呂律が怪しくなってからするものではない。
肩をすくめて干物を一口。濃厚な旨味の中に少し濃いめの塩味が広がっていく。カランとグラスの中で溶けた氷が音を立てた。少しずつ味の変わっていくウイスキーが何よりも一日の終わりを感じさせる。
明日は久しぶりの休みだからと遅くまで飲んでいると、普段聞かない話題が耳に入ってきた。
「なあ、この街に店を持たない商店があるって本当か?」
声がした方を見てみれば、まだ真新しい鎧を着た男が赤ら顔で座っていた。少し飲みすぎているのかもしれない。
「聞いたことはある。が、そんな店ないだろう? でなければ誰かがどんな店だった、とか話しているはずだ」
「ははは! やっぱそうだよな。ちげぇねぇ!!」
話しかけている相手は腕組みをして聞いていた。飲めないのだろうか、顔色は特に赤くなっておらずこの店の中でも薄味の料理が並んでいた。
「ああいう話はここでもよく聞くけど、あんたは知らないかい?」
目を向けたのに気づいたのだろう。目ざとい女将が手を止めずに聞いた。
「あったことはないし、噂話しか聞かないな。やれ街を救っただのお貴族様に気に入られただの、数だけは豊富にあるけどな」
この街に来た頃に噂を聞かされて気になってはいた。しかし、集まる情報は又聞きのレベルを超えず、直接行ったという話もない。そんなこんなで半年もたった頃、面倒になって探すのをやめたのだ。今じゃ時折聞こえてくる噂をネタにするくらいだった。
「あんたほどでもそんなもんかい。こりゃやっぱり誰かの妄言なのかねぇ」
「俺としてはどっちでもいいんだけどな。困ったときの話のネタとしては十分だ」
こうやっているうちにまた新しい噂が作られるのだろう。似通った話を何度か聞いてきたが、どうやら今回もそういったもののようだ。
ちょうどグラスも空になったところだし、これ以上の話題はないだろう。腰を上げてお金を取り出した。今日はいい気分で眠れそうだ。
「あん? ねえのか? じゃあやっぱりあの爺さんの言ってた、若い男だったって話も嘘なのか」
女将さんに背を向けたところで酔いが醒めた。聞き捨てならない言い方だった。もう一度声の主を探す。今しがたちらりと見た赤ら顔の男だ。
「ご老人のことを悪く言うつもりはないが、どこまで本当なのかは私にもわからんよ。それよりお前はそろそろ飲むのをやめた方がいいと思うぞ? この話はもう三度目だ。今言った言葉すらわからなくなってるだろう?」
「かてぇこというなよ。明日は休みにしたんだからちょっとくらい飲んでもいいじゃねぇか」
「顔を赤くしてちょっとなどいうな。あ、すまんがこいつに水をくれないか?」
「相変わらずひでぇなぁ」
扱いに慣れている様子で給仕を捕まえて水を要求していた。言われた方もいつものことなのだろう。怒ることなく笑っていた。
「ちょいといいかい?」
「あん? なんだよ。気分いいから喧嘩は買わんぞ。面倒くさい」
「一杯奢るから不機嫌になんなって。それよりもさっきの爺さんの話を聞きたいんだが?」
「酔狂な人だな? 私も一緒だったが面白い話はないぞ?」
チェイサーを持ってきたウェイトレスにエール三杯と適当なツマミを頼む。
夜も遅いため音が響かない程度に小さくジョッキを合わせると、 改めて乾杯の音頭をとった。
「ま、奢ってくれるって言うなら遠慮なく」
「んで、話を聞いたっていうのは?」
「ああ、さる貴族に使えていたご老人でなーー」
こうして今日も真偽不明の噂が増える。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第一話は鋭意製作中です。本日中に一部を投稿いたします。よろしければそちらもお楽しみください。
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