8話「意外な救いの手」
予定の日、私は魔王の部下に実家の近くまで移送された。
「アイリーン!? どうして!? 今までどこに行っていたの!?」
「何だと、アイリーンが見つかっただと」
母と父。
両親はかなり驚いていた。
でもまぁそういうものか――しばらく消えていた娘が帰ってきたら誰だって驚くだろう。
「良かった、貴女が生きていて……アイリーン、本当に、本当に良かったッ……!」
母は泣いていた。
両親をこんなに心配させて、私はハイレンジアで優雅に暮らしていたのか。そう思うと罪悪感があった。誰かから責められたわけではないけれど、それでも罪悪感というのは時に自然に生まれてくるものだ。
「ただいま、母さん」
その日、私は、何度も強く母を抱き締めた。
強く。
熱く。
ひたすら胸と胸を合わせて。
「心配させてごめんなさい。そして……気にかけてくれて本当にありがとう」
「アイリーン……良かった……」
「生きているわ、確かにね」
「不安だったの……でも、きっと帰ってくるって、信じていたわ……不安ではあったけれど……」
◆
「アイリーン、久々だな」
両親と暮らすように戻ってから数週間が経ったある日、懐かしい顔が家へやって来た。
オーウェンだ。
二度と見たくなかった彼が、従者と共に訪問してきたのだ。
「オーウェンさん……」
ああ、もう、目にするだけで吐き気がしそう。
どうしても関わりたくないと思ってしまう。
「実はな、メルリナの言っていたことが嘘であったとあの後判明したんだ。侍女らに聞き取り調査を行ったところお前が意地悪をしている目撃情報があまりにもなかった、そして、これまでにもメルリナに似たようなことをされた者がいたことが判明した」
オーウェンの口から出てきたのは意外な言葉だった。
本当のことを分かってもらえた、と、少し安堵したけれど。
「ま! 俺は薄々分かってたけどな!」
彼の謝罪する気のなさに呆れてしまった。
嘘を信じて一方的に切り捨てて城からも追い出した、にもかかわらず、真実が明るみに出てもなおこれだ。
「分かっていただけましたか」
「ああ!」
「なら謝ってください」
「は? 謝る? またまた~、馬鹿みたいことを言うなよなっ」
オーウェンは軽やかに笑っていた。
笑い事ではない!
私は名誉を傷つけられたのだから。
「で、話があるのだが」
「……何ですか」
「俺ともう一回婚約してくれ! やり直そう!」
あり得ない、本当に。
「お断りします」
私はきっぱりと言った。
もし誰かと関係を築くとしても、彼だけは相手に選ばない。
だってもう一度終わった関係だから。
あんな理不尽で勝手なことをされて『もう一度』なんて、絶対に受け入れられない。
「なっ……断るだと!? ふざけるな!! ふざけ過ぎだろう!! 王子が婚約しようと言っているのだ、それを拒否するのならこの国で生きてゆく権利はないぞ!」
「それでもお断りします。何でも言いなりになると思わないでください」
「なぜそんな生意気なんだ!」
「そもそも、婚約を破棄したのはそちらですよね? なぜ今になってやり直そうなどと平気で言えるのですか」
「全部メルリナの嘘のせいだろ。俺は悪くない」
どうやら、都合が悪くなったらすべての責任をメルリナに押し付けるスタイルのようだ。
「だから俺は悪くない。悪いのは嘘をついたメルリナだけだ」
「そうは思いませんし、だとしても無理です」
「王子たる俺に逆らうとは良い覚悟だな!!」
彼は拳を振りかぶる――が、次の瞬間、その拳は毛むくじゃらの手に捕まれ止められていた。
「な、何者だっ」
「我が名はボンボン」
殴られる、と思ったけれど、実際に殴られはしなかった。
なぜなら間にボンボンが入ってくれていたのだ。
この国の民ではない彼がどうしてここに、と思いながらも、この理解不能な奇跡にひとまず感謝する。
「彼女に触れるな」
突如目の前に現れた獣人にオーウェンはかなり驚き怯んでいるようだった。