6話「逃げ出す気はない」
魔族の国ハイレンジアでの生活にももう慣れてきた。
ここで暮らすことへの心理的抵抗は特にない。
それに、ここでの日々は快適そのものだ。
だから何も困っていないし正直帰りたいとさえあまり思わなくなってきつつある。
「へぇー、じゃあモッツァレさんは赤ちゃんの頃にボンボンさんに拾われて今まで働いてこられたのですね」
「ソウナンデスヨ、コウ見エテ意外トナガクオ仕エシテイルンデス」
ここでは、話し相手にも特に困りはしない。
「ボンボンさんは優しいですね」
「デスデス!」
「そうですよね。ふふ、いつもいろんな話を聞かせていただきありがとうございます」
「ソンナ! オ礼ヲイウベキハコチラノホウデスヨ!」
「よければまたお話聞かせてくださいね」
「ハイ!」
段々分かってきたのは、この城で働く人たちはその多くが何かしらボンボンへの恩を持っているということだ。
だからこそ忠誠心も凄い。
ボンボンの行いが良いからこそ、良い関係を築けているのだろう。
優しさを持つ偉大な王、ということか。
そう思って思い返してみると、確かに、ボンボンは良い人だったように思えてくる。
赤の他人でしかない私にも、わざわざ立派な暮らす部屋を与えてくれ、親切にしてくれていたし。
そんなある日。
「お主、調子はどうだ?」
「あ。ボンボンさん」
「どうやら元気そうだな」
「はい! 毎日楽しく暮らせています! ありがとうございます!」
ボンボンが、私が暮らす部屋へやって来た。
「それは良かった」
「ボンボンさんも最近は体調良いですね」
「ああ。あんなことは滅多にない」
「さすがですね!」
「あ、ああ……」
どこか気まずそうな顔をするボンボン。
「え、あの。何か……言ってはならないことを言ってしまいました?」
「いや、そうではない」
「そうですか」
「実は質問があるのだ」
「何でしょう?」
「お主、ここから去ろうとは思わないのか?」
いきなりな話題の登場に戸惑ってしまう。
「え、あの、それは一体……?」
ここで生きていこうと思っているわけではない。
でも無理矢理逃げ出すほどでもない。
だから私は今もここに留まっている。
ただ、ブリッジ王国へ戻っても得意良いことはないだろうし、それなら当分ここにいるのも悪くはない――とは少しばかり思っている。
残してきた親のことは気にならないではないけれど。
でも、あの国に戻ってあれこれ言われるのも嫌だし。
複雑な心境だ。
色々な感情が入り混じっている。
「普通人間であればこんなところからは逃げ出そうとするものだろう。だがお主にはそのような動きはない――何を考えている?」
ボンボンは怪訝な顔をしながら問いを放ってきた。
何か怪しまれている?
何もないというのに。
いや、本当に。
本当に私は何も企んでいない。
「何を、って……どういう意味ですか? それに、許可なく出ていくなんてできませんよ。そんな、逃げ出すみたいな……」
「変わった女だな」
「そうでしょうか」
「以前我々に拘束された女は必死になって逃げようとして塀にのぼり、足を滑らせて転落し死亡した」
「えええ……」
衝撃的な情報を告げられて困惑。
どう反応すれば良いものか分からない。
「と、とにかく、私はそんな無茶はしません」
取り敢えず、心をそのまま伝えておく。
「死にたくないですから」