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第7話:『その男、名探偵で桃太郎 その7』

「ちょ、ちょっと待ってください! いきなり何ですか!? 私が鬼? と結託して、叶が殺したとか……!

私は和島さんと話をしに……!」



私たちに呼び出された赤井さんはとても動揺していた。状況が飲み込めていないからか、それとも図星を突かれたせいかは分からない。

そんな赤井さんを無視して、川郷さんは話を続ける。



「どうして私が、牛沢さんを殺さないといけないんですか!」



そう、一番気になるのがそれだった。どうして叶を殺したのか。その理由を聞かないことには始まらない。



「叶さんについて調べていくうちに、彼か少しだらしのない人だというのが分かりました。授業は多く欠席し、友人間でのお金のやり取りも多くあったと聞きます。和島さんには悪いですけど、誠実な人間ではなかった様子。


――そしてそれは、人間関係でも」



そしてその理由について、私は赤井さんが来るまでの間に聞いていた。だけど今だって信じられなかった。



「――叶さんは、貴方とも付き合っていた。違いますか?」


「――ッ!」



その話を初めて聞いた時、私は「何言っているんだこの人は」と率直に思ってしまった。叶は私の彼氏だ。なのに赤井さんとも付き合っていた? もしその話が当たっていたとしたら、私はとんだ道化になってしまう。


しかし川郷さんにそう言われた赤井さんの顔が、分かりやすく崩れた。ここに来て赤井さんは、感情を隠すのが下手になっていった。



「貴方は初めに、叶さんがどの授業を受けていたかを教えてくれた。他の二人は叶さんとそこまで仲が良いわけじゃないのに、貴方だけは叶さんについて詳しかった」



三人の容疑者たちは確かに叶と同じグループだった。しかし言ってしまえば、それだけの関係でそこまで深い交友があったわけじゃない。だと言うのに三人の中で赤井さんだけがあいつに詳しかった。


本当に叶と彼女が交際関係だったら、世間話とかでお互いの授業について話していてもおかしくはない。



「まぁこれは、私の予想に過ぎませんが」


「そ、そうですよ! 私が牛沢さんと付き合っていたなんて……」



赤井さんはどうしても叶との交際を認めたくないようだった。それは私も同じだ。自分の彼氏が他にも彼女を作っていたなんて、他ならぬ私が信じたくなかった。

だけど赤井さんのその慌てっぷりは、川郷さんの推理を肯定していた。証拠が殆ど無くても確信する程に。



「私の推理はこうです。

貴方は叶さんと付き合っていた。しかし叶さんが他の女性とも交際していたことを知った貴方は、鬼妖犯の手を借りて殺害した。


しかし貴方は叶さんだけじゃなく、もう一人の彼女も許せなくなった。そして和島さんのことを知った貴方は、その日のうちに命を奪おうとした」


「な、何を根拠にそんなこと……」


「今日の民俗学の授業で、貴方は和島さんにこう言っていた。探偵さんと遅くまで探していましたねと」



それは私が録音した会話だった。赤井さんが私を気遣ってくれた時の言葉だが、一見変わったところなどない内容だけど、川郷さんはここからもヒントを得ていた。



「あの日私たちが遅くまで大学にいたことを、どうして知っているんですか?」


「そ、それは……あの日はちょっと用事があったから、それで遅くなってたまたま……」


「おや、私たちと会った後、特に用事も無いと言っていたのは貴方ですよ」



徐々に追い詰められていく赤井さん、用意された証拠に苦し紛れの言い訳で迎え撃つも、全て言い伏せられてしまう。

――犯人が赤井さんだと彼から聞いた時、私は意外に思った。容疑者の中で最も人に気配りできて優しくしていたのが彼女だったからだ。


だけどこうして追い込まれていく姿を見て、次第に彼女が犯人だと思えるようになってきた。息を切らし、視線も定まっていない今の彼女は私の見てきた赤井希望とはまるで別人のようだった。



「大体意味が分かりませんよ! 鬼がどうのこうのとか、ふざけているんですか!?」



だけど遂に痛いところを突かれてしまう。

そう、私たちは犯人が鬼妖犯と結託していることを知っている。だけど鬼妖犯の存在を知らない者からすれば、川郷さんの発言は頭のおかしい人のものにしか聞こえない。鬼妖犯という存在を認めさせるものが無かった。

それを出されるとこちらも言葉が詰まるし、今までの推理をあやふやにされる可能性があった。



「――それですよ。あなたが犯人だと確信した理由は」


「……は?」



それでも川郷さんの表情は崩れない。それどころか、勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。



「貴方はさっきから鬼妖犯のことを鬼と呼んでいる。私は鬼妖犯としか呼んでいないのに。

どうして鬼妖犯が、鬼であることを知っているんですか?」



「――ッ!!」



その言葉に赤井さんはしまったと言わんばかりに顔を青くし、私は成る程とつい声を漏らしてしまう。

確かに川郷さんは赤井さんの前で鬼妖犯という呼称しか使っていない。だけど彼女は鬼と呼んでいた。


キョウハン、初めて聞いたその言葉から、その存在が鬼と呼ばれるものであると察することはまずできないだろう。

つまり彼女は、鬼妖犯が鬼であることを最初から知っていたのだ。


一体誰が教えたのか? そんなのは決まっている。鬼本人からだ。



「もう一度言いましょう。

首長の鬼妖犯と結託し叶さんを殺したのは、貴方ですね?」



再度静まり返る公園、川郷さんの放ったトドメの一言に赤井さんは何も言えなかった。

俯いていて表情は分からない。しかし小刻みに震える肩と握りしめられた両拳を見た限り、穏やかではないのは確かだった。


そして彼女は、ゆっくりと口を開く。



「……そうですよ。貴方の言う通り、私と鬼妖犯という怪物が、叶を殺しました」



その瞬間、彼女に対する様々な感情が沸き起こった。

一番は叶を殺された怒り。そして何故そんなことをしたのか、どうして私の命まで狙うのかという疑問。私はそれを単刀直入に聞いた。



「どうして貴方が……」


「それも探偵さんの言う通りですよ。牛沢さん……叶と私は付き合っていた。貴方と同じように」


「……ッ」



私も最後まで信じたくなかったけど、叶が他の女性と浮気していたというのは本当だった。その事実に私は立ち眩みが起きる程にショックを受ける。何が一番辛いのか、それは当の本人が既にこの世にいないことだ。



「……叶は初めての彼氏だった。向こうから告白してきて、それで付き合うようになって。だけどそれがあいつの狙いだった」


「狙い……?」



そして叶の最低さは、私の想像をはるかに超えていた。



「あいつはね、今まで交際経験の無い人を選んで告白するんですよ。そして付き合い始めた人に貢がせる。そうやって私を食い物にしていた」


「そ、そんな……」



叶がそんな酷いことをしていたなんて。とても信じられなかった。他にも関係を持っていた女性がいたこと。そして彼女を食い物にして好き勝手していたこと。どれも私の知る叶という人物からかけ離れていた。



「私の家は裕福で、実家から仕送りも多めに貰っていました。そのお金であいつに沢山プレゼントしていたんです。騙されているとも知らずに」



すると赤井さんは私の方を指差す。一瞬ビクッとしたけど、その指が私じゃなくて、私のネックレスに向けられていることに気づいた。



「そのネックレスも、元々は私があいつに買ったものです」


「えっ……!?」



私は言葉を失った。

そんなわけない、これはあいつが私のために買ってくれたものだ。そう信じたかった。だけど、自分の中の叶の信頼はもうボロボロだった。



「あの男のために、わざわざオーダーメイドで作らせたネックレス。渡した時は喜ぶ素振りを見せていたけど……その後、あいつが男友達と話しているのを聞いたんです」




『たく、ダサいなこのネックレス、やっぱあいつは金用の女だな』


『でも女受けしそうなデザインだし、あいつにやるか……ん? あぁ、もう一人の方』


『全くこれまで野郎と付き合ったこと無い女はチョロくていいぜ。コロっと騙せるんだからよ』




「――あいつは最初から金目当てだった! 私の心を弄んで、私の想いを踏み躙った!


許せない、本当に許せなかった……どうにか復讐したいと思っていたら、どこからか声が聞こえてきた。お前の復讐を手伝ってやるって……」


「鬼妖犯に取り憑かれ、唆されたと……」


「でも、どうして私まで……!」



話を聞いて、叶が本当に最低な人間だったのは分かった。彼女はお金を目当てで、私は顔目当てだったという。話を聞いているだけでも怒りが込み上げてくる。しかし私まで狙う理由が分からなかった。



「叶を殺した後、私はこう思った。あの日叶が笑っていたように、もう一人の女の方も私を馬鹿にしていたんじゃないかって」


「わ、私はそんなこと……」


「……鬼妖犯が私に言ってきた。そう思うのなら殺せばいい、また力を貸すと!」



次の瞬間、周囲の空気が一変する。

元々夜間で冷えていた空気が、彼女から発せられる冷気と殺意で極寒のように低くなる。やがて赤井さんの身体から、禍々しい色をした靄のようなものが溢れ出した。



「赤井さん。貴女は鬼妖犯に取り憑かれ正常な判断ができなくなっている。

こんなことはもう止めてください。例え和島さんを殺しても、貴女は……」


「――身体を乗っ取られて死ぬ、でしょう? ()()()から話は聞いています。力を貸した代償に、私の身体を貰うと」


「ッ……知っていたんですね」



鬼妖犯と結託しその望みを叶えた者は、魂を食われて身体を乗っ取られる。そんな末路を赤井さんは把握していた。自分がただ利用されているということを理解しているのだ。なのに、どうしてまだ私を狙うのか。



「そんなこと関係無い! 叶を殺した時点で、私はもう止まれない! 湧き上がるこのドス黒い感情を、抑えられない――!!」



黒い靄が勢いを増し、彼女の姿を完全に包み隠す。

そしてその中から、丸太のように太い四肢が飛び出す。それに合わせて靄もサイズを広げていく。

最後に姿を出したのは、首長竜のように長い首とその先の頭部。あの晩私を襲った怪物が、再び姿を現した。


後に私はこの怪物をこう呼ぶことにした。

鬼妖犯――"()()()"と。



『――全ク、長イ話ニ付キ合ワセヤガッテ』



肉体の主導権が入れ替わり、鬼妖犯の人格が声を出す。この世のものとは思えない悍ましい声色が響いた。

私という獲物を前にすぐに襲えなかったことがそんなに苛立ったのか、四つん這いの手と足で地団駄を踏み、周囲に小さな地震を起こした。



『ダガコレデ、コノ女トノ取引モ終ワリダ。

ソシテ我ハ肉体ヲ得テ、完全体トナル――!』


「……ッ!?」



長い首が一気に伸び、私の元まで食い掛る。

瞬きの間の出来事だった。川郷さんも自分の横を通過する頭部を追いきれず、見逃してしまう。

気付いた時には、大きく開かれた轆轤首の口が目の前にあった。


やばい食われる――そう思った瞬間、私の身体が浮く。そして間一髪のところで轆轤首の噛み付きを避けた。

勿論私の意思によるものではない。咄嗟に飛び出してきた何者かに引っ張られ、避けさせられたのだ。



「モ、モリカちゃん!?」


「全く世話のかかる……!」



その正体は川郷さんの助手が一人、モリカちゃん。だけど鬼妖犯から私を救ってくれた際の身のこなしは、とても小さな女の子のものとは思えなかった。明らかに人間の身体能力を超えていた。



「タケミちゃん、タマネちゃんも……!」


「ご無事でよかったです!」



そして他の二人もどこからかやって来たことで、川郷さんの助手が勢揃いする。三人共私を守るように、鬼妖犯に臆することなく向かい合っている。傍から見れば力不足に見えるかもしれないけど、不思議とこの三人の少女たちは頼りに思えた。



「……あんた、ここまで付き合うなんて根性あんじゃない。少しだけ見直したわ」


「え、あ、どうも……」



突然モリカちゃんが私のことを褒める。昼間とは打って変わった印象で、何だかギクシャクとしてしまう。

それにしても、やっぱりこの三人はどこか変だ。轆轤首の姿に怯える素振りすら見せず、先ほど見せた身体能力。ただの子供とは思えない。



「先生ぇ! アタシらも手伝おうか?」


「いや、お前らは和島さんを守ってくれ!」



川郷さんはタケミちゃんにそう返し、轆轤首と近距離から向き合う。

手伝う? もしかして川郷さんはあの怪物と戦うつもりなのだろうか?

確かに川郷さんの身体能力はずば抜けている。だけどそれだけで、あんな怪物に勝てるとは思えない。



「言ったでしょ。鬼退治のプロだって」



そんな私の心中を察したのか、モリカちゃんが昼間の言葉をもう一度言う。

そうこうしている間に、川郷さんは轆轤首に更に近づく。すると向こうは少しだけ怯えたような態度を見せていた。



『アノ小娘共、人間ジャナイナ! マサカ貴様……!』


「ようやく気付いたか。遅いんだよ」



両足をしっかり広げ、背筋も伸ばすその姿からは、恐怖なんてものは一切見られなかった。宛ら怪物に立ち向かうヒーローのように、川郷さんは堂々としていた。



「……牛沢叶も許せないが、一番に許せないのはお前だ。赤井さんを誑かし惑わせ、和島さんを危険な目に遭わせた」



川郷さんの声は静かで落ち着いているように聞こえたが、その奥底には燃え上がるような怒りの感情があるのが分かった。轆轤首に対する強い怒気、これまでの川郷さんとは別人のようだった。



「――俺は、お前らのような下衆を退治するために生まれてきた!!」



そう言って、彼はネクタイを強く締め直す。

次の瞬間、その身体は白い光に包まれた。闇に包まれた周囲が昼間のように明るくなる。


あまりにも強い光に目が眩み、私は目の前を手で覆う。前が見えなくなった状態で私が次に感じ取ったのは、甘い桃の香りだった。



(一体何が……!?)



突然の発光、突如として広がる桃の香り、何が何だか分からない。川郷さんの身に何が起きたのだろうか?

やがて光は収まり、私は自分の手を退ける。するとそこには、スーツ姿から一変した川郷さんの姿があった。



「川、郷さん……?」



スーツのジャケットは白色をベースとした陣羽織へと変わり、その印象は洋風から和風になっている。腰には鞘に納められた太刀。

短い髪は女性のように伸び、高い位置で結ばれている。その姿は宛ら武士、それか歌舞伎役者のようだった。



『貴様……鬼退士ダッタノカ!』



鬼退士、轆轤首は彼をそう呼んだ。

そして川郷さんは腰の太刀を引き抜き、ギラリと光る銀の刀身を振りかざし、轆轤首に敵意を突きつけながらこう名乗った。



「――桃太郎だ。以後よろしく」



桃太郎、日本人なら誰しもが知っている名前。桃から生まれ、3匹のお供と共に鬼を退治する、童話の中のキャラクター。

何の冗談かと思ったが、ふざけているわけではないのが見て分かる。多少現実的なイメージに寄っているが、その姿は正しく桃太郎であった。



「さぁ、相手しているよ。

——俺は推理も強さも、日本一だ!!」

最後までお読みいただきありがとうございます。もしも気に入っていただけたのならページの下の方にある☆の評価の方をどうかお願いします。もしくは感想などでも構いません。

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