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第6話:『その男、名探偵で桃太郎 その6』

 女木島大学から歩いて数分の場所に公園、日も暮れかけると遊んでいた子供たちも家に帰り、私だけが残っていた。

何をしているのかというと、一人寂しくブランコに座り、ギコギコと錆びついた音を鳴らしていた。


子供がいなくなったからこそできる遊具の独占、少しくらい気が晴れるかと思ってやってみたけど逆効果だった。

ブランコを漕ぐたびに今日一日の情けない自分を思い出すからだ。


あの後私はいつも通り他の授業も受けたが、事件のことやモリカちゃんに言われたことが気になって、殆ど身に入らなかった。

だけど今の私には、授業の内容などどうでも良かった。



(……もうすぐ暗くなる。また襲われるかも)



太陽が徐々に隠れていき、夜の時間が迫る。そこから予想されるのは辺り一面に広がる闇と、そこから現れるあの首長の鬼。

川郷さんや助手の女の子たちの忠告のように、また鬼妖犯が私に襲い掛かってくるかもしれない。この場には私だけ、今襲われたらどうしようもないだろう。


だというのに、足を動かす気に慣れない。まるでブランコとお尻が接着されたかのように、身体が動かなかった。

それ程までに、今の私は億劫な気分になっていた。



「――童心に帰るなら、ご一緒しても?」



そんな私に、軟派な台詞が掛けられる。

私が顔を上げると、沈む夕日を背にスーツ姿の男性がそこにいた。



「川郷さん……」



そして彼は私の元まで歩み寄る。

その途中に、砂場とその周りを囲う柵があった。あのまま直進すれば確実にぶつかってしまう。

しかし川郷さんは迂回する素振りすら見せず、柵に手を乗せそのまま一気に身体を浮かして――



「――ぶへぇ!?」



――足を柵に引っ掛け、砂場に顔から突っ込んだ。

鬼妖犯に襲われた時、私を抱えながら見せたあの身体能力はどこにいったのだろうかと思う位に、情けない姿だった。

さっきまで落ち込んでいたことなんて忘れて、呆気に取られる。そしてすぐに彼のことが心配になって、砂場まで駆け寄った。



「だ、大丈夫ですか!?」


「な、なんとか……」



顔中砂まみれになって悶える彼を私は介抱する。この人はなんだか放っておけない。そんな印象が強かった。あの個性の強い女の子たちがこの人の助手をする理由が少しだけ分かったような気がした。


――そこから川郷さんもブランコに座り、無人の公園の雰囲気を一緒に楽しむ。

忠告を無視して三人の容疑者に接近したことや、本人たちから聞いたであろう助手たちと自分に対する暴言などを責める様子などは全く無く、ただ静かに私の隣にいてくれた。



「あいつらから聞きました。うちのモリカが随分生意気なことを……」


「い、いえ! 私が酷いことを言っちゃって……」



それどころか、川郷さんはモリカちゃんの代わりに詫びてきた。勿論あんな口論紛いのことになってしまったのは私のせい、彼女や川郷さんに非は無い。ブランコを座り直し深々と頭を下げる川郷さんを慌てて止める。



「それと、ごめんなさい……外に出るなって言われてたのに」


「お気持ちは分かりますよ。その、大切な人が殺されてジッとなんかしていられませんよね」



全ては叶を想って、そう言えば聞こえはいいけど、実際はただの無謀だ。私のしたことはただ自分を危険に晒しただけだった。

川郷さんは寄り添うように優しい言葉を掛けてくれる。その際川郷さんの言葉が一瞬詰まったように聞こえたけどすぐに気にならなくなった。きっと私を傷つけないよう言葉を選んだのだろう。


それでも私は自分を卑下するのを止められなかった。暗い感情が心の奥底からどんどん湧いてくる。



「もう、外には出ません。私みたいな素人がこれ以上出しゃばったら邪魔ですから。犯人や鬼妖犯のことは川郷さんたちにお任せします」



そう言って私はブランコから立ち上がり、川郷さんの前から消えようとする。

――あんなことは言ったけど、正直悔しかった。叶を殺した犯人、その動機、そしてどうして私まで狙うのか。知りたいことが沢山あった。真実を知りたかった。


だけど私にはそれを追求する能力が無い。だからどうしようもなかった。



「――貴方は、勇気のある人だ」


「……?」



後ろから川郷さんが私を呼び止める。顔は向けてないけど、ブランコから立ち上がり、私と視線を同じにしているのが音で分かった。



「自分が狙われていると知りながら、容疑者たちの前に姿を出した。今日か明日か、殺されるかもしれないのに。


確かに蛮勇かもしれない。だけど物事を動かすには、いつだって一歩前へ踏み出す勇気が必要です。

蛮勇だって勇気。貴方のような勇敢な人を私は尊敬します」


「川郷さん……」



その言葉を聞いて、救われるような気持ちだった。

私からすれば、貴方の方が何倍も勇敢な人に見える。あんな怪物に臆さず逃げ切り、こうして調査を続けている。その素振りからは恐怖や迷いなど一切見られない。



「今日あの三人と話し合って、何か疑問に思ったことはありませんか? 些細なことでも構いません」


「そう言われても……特には……」



あの三人とした会話なんて、本当に日常のものだった。あそこから犯人像を割り当てるとなると、本当に些細なことに注意しないといけない。それこそもう一度同じ会話内容を聞くような……



「……あ、その時の会話、録音してるんですけど」



そこまで考えて、私は今日自分が唯一手に入れた情報があることを思い出す。といってもそれがヒントになるかは分からない。

スマホを取り出し、録音アプリを開く。それで録った音声データは、民俗学のグループワークの際、三人には言わず録音した会話のものだった。


少しでもヒントを得られれば、と昨晩入れたばかりのアプリ。あまりにもナイーブになっていたせいで存在自体を忘れていた。



「それは素晴らしい! 早速お聞かせください!」



川郷さんは多少興奮気味になって、それを求める。私は特に躊躇いもせず、再生ボタンを押した。

そこから数十分程度の会話の内容を、川郷さんと一緒に聞いた。



――『いやぁ俺たちはあいつとそこまで仲良かったわけじゃないから……』


――『馬鹿、浅野!』



これは浅野さんと伊野さんの声だ。浅野さんの配慮のない発言に伊野さんが注意している。特に変わったことはない。



――『アンタも大変だよな。探偵まで雇ったってのに』


――『あの探偵さんと遅くまで探してましたよね……それなのにこんなことになってしまって』



次にまた浅野さんの声と赤井さんの声が聞こえる。こうして聞くと三人の中で比較的多く口を開いているのは浅野さんだというのが分かる。他の二人は浅野さんの後に喋ることが多く、特に赤井さんは口数が少ない方だ。


後半は授業に関する内容だけなので、何かあるとしたら最初の方の雑談の部分だろうけど、特に違和感は無い。



「――繋がった」



だけど川郷さんは何かに気づいたのか、大きく目を見開いてそう呟く。あの普通の会話に、何かヒントがあったのだろうか?



「和島さん、あの三人と連絡先を交換したそうですね。一人呼んでほしい人がいるんですが……」


「……まさか、犯人がわかったんですか!?」


「ええ……貴方を狙う理由も」


「教えてください! 一体どうして私を……!?」



川郷さんは遂に犯人と動機が分かったという。私は目の色を変えて誰が犯人で、どうして私を狙うのかを聞く。

すると川郷さんは、閃いた時から打って変わり、表情を曇らせて言葉を詰まらせる。まるで私に、言いにくいことがあるかのようだった。



「それは、叶さんが……」


「……え?」



そして私は、川郷さんが語る内容に驚愕することとなる。











夜の10時、夜の帳が完全に落ち人気が無くなった公園。残った明かりは街灯だけ。多くを占める暗黒と僅かな光の対比が不気味さを醸し出していた。


そんな公園に、一つの人影がやって来た。

何かを探しているのかキョロキョロと首を動かしている。焦っているようで、忙しない様子。息切れた声が夜の闇に呑み込まれていく。



「――すいませんね。こんな夜分に呼び出して」



闇から返ってきたのは、探偵である川郷さんの声。それに伴い私、和島尊も姿を現す。

その人は川郷さんの姿に目を見張る。どうして貴方がここに、と口にせずとも伝わった。

そしてそれに答えるべく、私は自分のスマホを翳す。



「といっても貴方にとってこの呼び出しは、飛んでくる火の夏の虫に思えましたか?」



画面が写しているのはメッセージアプリのトーク画面。そこには私が送ったメッセージが表示されている。

内容は『叶のことで聞きたいことがあるので会いませんか?』、勿論これは犯人をおびき寄せる為のもの、だけど嘘じゃない。現にこれから叶について聞き出すのだから。

何故叶を殺したのか。どうして私を狙うのか。この人の口から、直接。



「単刀直入に言いましょう。鬼妖犯と結託し、牛沢叶さんを殺したのは貴方ですね?


――赤井希望さん」

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