第5話:『その男、名探偵で桃太郎 その5』
早速私は、大学に行くなという川郷さんの忠告を無視して、三人のことについて調べることにした。
といっても、私には川郷さんのような聞き込み能力は無い。あの三人について調べようと思っても、誰に何を聞けばいいのか分からなかった。
当然だ。本職の探偵に比べたら私はただの素人。叶探しの時は川郷さんがいたからこそスムーズにできた。改めてあの人が探偵として優れていたことが分かる。
じゃあ私はどうすればいいのか、聞き込みや調査などしたこともない素人が、どうすれば犯人に辿り着けるのか。
だから私は、思い切った行動に出た。
「――じゃあいつものようにグループを組んでください。二十分後に発表で」
民俗学教授、家鈴真育が行う民俗学の授業。家鈴教授がそう言うと、座っていた生徒たちが立ち上がり、席を移動していくつかの集団を形成していく。このグループワークは民俗学の授業だけではなく、他の授業でも行われているので生徒たち離れた様子だ。
かくいう私も立ち上がり、どこかのグループに加わろうとする。私の場合いつも決まったメンバーとグループワークをしてるわけではなく、その場の流れで既に作られたグループに入れさせてもらったりしている。
しかし今日だけは、どこのグループに入れてもらうか既に決まっていた。
「――すいません。ここいいですか?」
「あれ、確か牛沢の……」
三人のうちの一人、浅野武が顔を上げる。それに続いて赤井希望、伊野明美も私に気付いた。
私が入れてもらったのは容疑者たちのグループ。
――思い切った行動とは、直接自分の目で容疑者たちを確かめようというものだった。
(この中に、犯人が……!)
これが危険なことであることは勿論承知していた。下手をすれば、今この場で犯人に殺されかねないことも。
しかし残された方法はこれだけ。寧ろ川郷さんにはできない、私だけの方法だった。
(私が見つけるんだ……叶を殺した犯人を!)
そっと拳を握って恐怖心を抑え込み、決意を更に硬くする。
それに伴い張り裂けそうな緊張がやって来て、どうにかそれを顔に出さないようにするので精一杯だった。息を呑んで感情を押し殺す。
「……ニュース見ました。その、大丈夫ですか?」
すると赤井希望が心配そうに声を掛けてくれている。彼女はこの中で一番優しそうな印象があるけど油断はできない。
どうやら叶の事はニュースで知ったらしい。なら話が早い。
「はい、ご心配ありがとうございます。三人こそ、大丈夫ですか?」
「いやぁ俺たちはあいつとそこまで仲良かったわけじゃないから……」
「馬鹿、浅野!」
浅野武の配慮の無い発言に、伊野明美が強く指摘する。どうやら彼は空気の読めない人のようだ。伊野明美の方も同じような印象だけど、私に対する気遣いが感じられた。
――正直、全員が怪しく見えた。赤井希望の優しさは演技に見えて、浅野武の態度はそのまま。中間的ともいえる伊野明美も裏があるように思えてしまう。
この中の誰かに取り憑いている鬼妖犯は、目の前に出された得物に今すぐ跳びかかりたい気持ちだろう。
だけど私は、人目の付く場所では襲ってこないと高を括っていた。
もし鬼妖犯が是が非でも私を殺して肉体を手に入れたいと考えているのなら、あの日会った時点で殺すこともできたはず。
しかしそうせず人の少ない夜まで待ったということは、できるだけ大勢の人間に見られたくないということ。それが鬼妖犯の意思かそれとも犯人の意思なのかは分からない。あの晩は川郷さんもいたが、一人の目撃者ぐらい殺してしまえば良いという考えなのだと思う。
ここは教室、時刻は昼過ぎ。この空間で鬼妖犯があの巨体を使って誰にもバレずに私を殺すことはどうしても不可能。だからこそこうして堂々と容疑者たちの前に出られた。
「アンタも大変だよな。探偵まで雇ったってのに」
「あの探偵さんと遅くまで探してましたよね……それなのにこんなことになってしまって」
ある程度予想はできていたけど、やっぱり同情される。三人全員が同じ反応をしているけど、その内の一つが演技だと思うと複雑な気持ちになった。
――全員の発言を、一言一句正確に聞き取ってそれを記憶する。僅かな会話の中でも、犯人である証拠が見つかるかもしれない。できればメモもしたいけど、流石にそれは怪しまれるだろうからできなかった。
「おっと、それよりも授業授業っと」
「とっとと終わらせて、空いた時間で駄弁よーぜ」
これから叶のことについてそれとなく聞き出そうと思ったところで、伊野さんの言葉でグループワークの時間に戻されてしまう。本当は無理にでも聞きたかったけど、これ以上の深堀は犯人に警戒されるかもしれないので、そのまま授業に参加することにした。
民俗学のグループワークはそう難しいものじゃない。家鈴教授が提示した議題について十分程話し合いをし、各々の意見と結論を述べるだけ。話を聞き意見を出す能力があれば、あっと言う間に終わる。
「今日の内容は……なんだっけ?」
「なんでさっきのことをもう忘れてんのよ……"桃太郎"についてよ」
議題を忘れた浅野さんに伊野さんが教えたように、今日の議題は桃太郎。桃から生まれた主人公が犬、猿、雉と共に鬼退治をする、誰もが知っているストーリー。
桃太郎なんて、授業といった機会が無い限り特に興味も示さないだろう。しかし今の私は違った。
川郷さんは鬼妖犯のことを鬼と言っていた。桃太郎に出てくるのも鬼。
といっても、童話に出てくる鬼と私を狙う鬼は全くの別物。絵本などに描かれているのとは天と地ほどの差があった。
――桃太郎が本当にいるのなら、きっと鬼妖犯なんて退治してしまうだろう。そんな馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう。
「では今日はここまで、お疲れ様」
講義終了のチャイムが鳴るとほぼ同時に、家鈴教授が終わりを告げる。それに対して返事をする者、しない者と半々に分かれ、そのまま部屋を出る準備をしていく。
……結局、これといった情報は手に入らなかった。真面目な性格が滲み出ている赤井さんは兎も角、浅野さんと伊野さんがあそこまで授業に熱心だとは意外だった。叶もこのグループワークに参加していたと聞いたけど、この三人に殆ど任せていたんだろう。
「じゃ、お疲れ様。俺次の教室遠いからもう行くわ」
「私も準備必要だし、またね」
「私もちょっと用事が……」
「あ、ちょっと待って!」
三人がこの場を後にしようとする。
いけない、このままだと危険を冒してまで外に出た意味が無い。そう思った私は、多少声を荒げて三人を呼び止めた。
「連絡先交換してもいいですか? 多分これからも会うと思うから……」
「あー、いいよ。まためんどい課題出されたら一緒にやるってことで」
「おっけ、なんかすっかり牛沢の代わりね」
「私も大丈夫ですよ。これからよろしくお願いします」
こうして三人の連絡先を手に入れることができた。これだけで誰が犯人かは分からないけど、ヒントにはなるかもしれない。例えば犯人が私を殺すために呼び出したりとか、向こうからの接触で分かることもあるかもしれない。
本当はもっと情報が欲しかったけど、流石にこれ以上の追求は怪しまれる。連絡先が交換できただけでも儲けものだと考え、私は三人が立ち去った後で教室を後にした。
そしてすぐそこにある休憩スペースのソファに座り、深呼吸を繰り返す。私以外誰もいない。シンと静まり返って私の音だけが聞こえた。
(何も分からなかった。こんなので叶を殺した奴が……)
何も分からなかった無力感、いつ狙われるかもしれないという恐怖感、それが今更になって押し寄せてきて、私の胸を圧迫した。
それでも私はジッとなんかしてられない。それくらい叶の無念を晴らしたかった。
「――何やってんだが。素人が出しゃばるんじゃないわよ」
と、聞き覚えのある声。突然誰だと俯いていた頭を上げると、そこに探偵事務所で見かけた助手の女の子たちがいた。
タケミちゃん、モリカちゃん、タマネちゃんの三人。私に辛辣な言葉を掛けたのはモリカちゃんだった。
「川郷さんの所の……どうしてここに……!?」
「あの三人の尾行をしていたんです。私は浅野さんで、タケミは赤井さん、タマネちゃんが伊野さんを」
どうしてここにいるのか、それをタマネちゃんが説明してくれる。どうやらこの子たちは、川郷さんに言われて三人の容疑者の尾行をしていたらしい。
それにしたってこんな女の子が尾行していることに驚きだ。子供だけで構内にいては目立つだろうし、限界があるだろう。だけどあの三人は自分が尾行されていることに全く気付いていなかった。
思えば叶を見つけたのもこの子らしい。私が子供と侮っているだけで、この子たちの調査能力は想像以上かもしれない。
「お前……あいつに大人しくしとけって言われてたよな?」
「……そうだけど、ジッとできなくて」
タケミちゃんが詰め寄ってくる。その目力はとてもじゃないが女の子のものとは思えない。まるで尋問を受けているような気分になって、言葉が詰まってしまう。
するとモリカちゃんが、呆れるように溜息を吐いた。
「……あのね、もしそれで犯人と鬼妖犯が分かったとしてどうするつもり? 仇でも討つの?」
「ッ……それは」
「鬼妖犯の姿は見たんでしょ? 奴らは普通の人間がどうこうできるもんじゃないの」
彼女にそう言われて、私は今までの調査がただの無策だったことに気づく。もし犯人が分かったとして、私はどうするつもりだったのだろうか? 犯人が誰なのか知りたいあまり、その後の事を考えていなかった。
犯人を殺して叶の仇を討つ? それとも自首するように説得する? どちらも現実的とは言えない。何せ相手は、人の常識を超えた怪物と、それに魂を売った人間なのだから。
「分かったら、探偵の真似事なんてやめてとっとと帰りなさい」
「ちょっとモリカ! そんな言い方……」
モリカちゃんの言っていることは正しい。何も間違っていない。私は憎しみに囚われて、何も考えていなかった。
だけどそんな棘のある言い方が、私の心に刺さった。こんな子供に正論を言われ、恥ずかしくも逆上してしまう。
「……それは貴方たちも同じでしょう!? 貴方たちみたいな子供が尾行なんて、それこそ探偵の真似事じゃない! 川郷さんも鬼妖犯に逃げるだけで何もできなかった!」
休憩室に響き渡る、大人気ない叫び。今の自分がとんでもなくダサいのは分かっている。こんなのはただの八つ当たりだ。
対してモリカちゃんたちは私の言葉に反論する様子も無く、ただ黙って受け止めている。唯一反応を示しているのはタマネちゃんで、申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
そこでようやく自分が酷いことを口走ったことに気づき、慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい。大人げなかった……」
「……良いんですよ。当然の反応ですから」
薄笑いを浮かべながら許してくれるタマネちゃん。私を傷つけないようにしてくれているのだろうけど、逆にそれが私の心を締め付ける。
――子どもに正論を言われて、キレて、気遣われる。自分がどうしようもなく思えた。
するとモリカちゃんがフゥと、また溜息を吐く。てっきり私の言葉に怒り返してくるのかと思いきや、思ったよりも落ち着いている。
「やっぱり素人ね。見た目だけで判断して。
――言っておくけど私たちはプロよ。推理と鬼退治のね」
「えっ……?」
そう言ってモリカちゃんは背を向けてこの場を後にしようとする。容疑者たちの尾行に戻るのだろう。タマネちゃんも私に会釈して彼女の後に続いた。
だけどタケミちゃんだけはこの場に残り、怪訝な表情を浮かべて私を見つめていた。
「……」
「……な、何?」
目を鋭くして、スンスンと鼻を鳴らしながら私に歩み寄る。そして彼女は、私の身体に顔を近づけた。丁度叶のくれたネックレスが鼻の位置に来るように。
「この匂いは……」
「匂い……?」
匂いを嗅いでいるのだろうか? その姿は宛ら犬のようだった。
もしかして私、臭い? そう思って自分の腕を嗅ぐも特に異臭はしない。お風呂だって毎日入っているから当然だ。
するとタケミちゃんは私から離れ、何か深く考えるようにした後、何も言わずこの場から立ち去った。
彼女の行動の真意が理解できず、私は首を傾げることしかできなかった。
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