第1話:『その男、名探偵で桃太郎 その1』
空から降りかかる日光は多少暑苦しく感じるも、今日は過ごしやすい気温だった。出かける前はこの服で暑くないかなと不安だったが、暑くもなく寒くもないので大正解だ。
今日は平日の水曜日、街を歩けばスーツ姿をちらほらと見かける。仕事で大変そうだ。対する私は大学生、腕に掛けているのはビジネスバッグではなく大きめのトートバッグ。履き慣れたスニーカーのおかげで足取りも軽かった。
こんなのどかな休日は、どこかに出かけるのがいいだろう。ショッピングもいいし、気になっていたカフェに行くのもありだ。
しかし私が向かっていたのは、ショッピングモールでもなければカフェでもない。
何度かすれ違った社会人ほどではないが、キッチリとした服装で街を歩く。本当はもっとラフな格好とファッションが好きなのだが、今日くらいはどこに出しても恥ずかしくない服装ではないといけなかった。
その理由は、私がこれから訪ねる場所に関係している。
「……あった」
私の通う女木島大学から約三十分。通学路の近くなので明日の学校帰りに寄っても良かったが、なるべく早く着たかった。
なんてことはないただの一軒家。レンガ造りの二階建てで、少しだけレトロな雰囲気を醸し出している。
玄関先には庭が少しだけ広がっており、その反対には車庫が設置されている。そこにはまるでこの庭の主のように、ドンと存在感を放つ黒い車が停められていた。
そして最初に出迎えてくれる門には、私の求めていた名前の表札が貼られている。
「……『川郷探偵事務所』、ここだ」
――川郷探偵事務所。それが今日の目的地。
何故この探偵事務所を選んだのかというと、理由は簡単で一番近かったから。それと私立探偵だというので、調査料があまり掛からないと思ったのもある。
だけど大手か個人かとは関係無く、私にとって人生初めての探偵事務所なので緊張していた。敷地内に入り、いざ玄関の前に立つとそれが更に加速する。インターホンの上に「川郷」という門の前の物とは別の表札がある。多分ここは事務所兼住居なんだろう。
意を決してインターホンを鳴らす。しばらく待つも返事が来ない。なので再度ボタンを押すも、結果は同じだった。
前日に電話し今日のこの時間帯を指定したので留守にはしない筈、そう思っているとインターホンから声が聞こえた。
『――どちら様でしょうか?』
(女の子の声……?)
その声は、幼い少女を連想させた。それを聞いて私は少しだけ呆気に取られる。ここの探偵が男性なのは電話で分かっていたので、てっきりその時と同じ声が出迎えてくれると思っていたからだ。
「あ、あの! 先日お電話して今日相談の約束した和島なんですけど……」
『ああ、お話は聞いています。只今お伺いしますね』
兎にも角にも最初は名乗って、こちらの要件を伝える。
そこから十秒も経たずに、玄関の扉がゆっくりと開く。しかし扉を開けた人の姿が見えず戸惑っていると、視線の下の方から声が聞こえた。
「和島尊様ですね。お待ちしておりました。どうぞ中へ」
「は、はい」
出迎えてくれたのは、インターホンで聞いた声の持ち主だろう女の子だった。長い髪を首辺りの高さで纏めて、外見は十歳ほどだったが、そのどこか大人びた様子と言葉遣いに無意識のうちに敬語を続けてしまう。
少女の案内を受けて、私は探偵事務所の中に入る。そのまま一階の部屋に通された。
案内された部屋は、恐らく私のような来客の話を聞く為のものなのだろう。二つのソファが机を挟む形で向き合っており、ゆっくりと話し合いができるスペースが設けられている。
しかしそれ以上に生活感も溢れており、客間というよりリビングのようだった。その原因はソファの上で寝転がっているもう一人の少女にあった。
ここまで案内してくれた少女と同じくらいの年代で、髪の長さは耳までと短い。ソファの柔らかい素材にお腹を預けて、携帯ゲーム機で遊んでいる。こちらの存在に気づいて一瞥するも、すぐに視線をゲーム機に戻した。
そんな素気ない態度を見て、一人目の女の子は呆れるように溜息を吐く。
「もうモリカ、依頼者様の前ですよ。だらしない姿を見せないでください」
「うっさいわよタマネ、今いいところなんだから」
どうやら出迎えてくれた女の子はタマネ、この女の子はモリカというらしい。モリカちゃんは私のことなど気にも留めずにゲームに集中する。
それにしてもまた女の子だ。緊張して中に入ったのに大人の姿を一向に見ない。一体この子たちは何なんだろうか?
「あの……探偵の人は?」
「その、ただいま身支度をしておりまして……この部屋でしばらくお待ちください」
するとタマネちゃんは整った言葉遣いの歯切れを悪くして、申し訳なさそうにこの場を後にする。残ったのは私と向こう側に座っているモリカちゃんだけとなった。
彼女が弄っているゲーム機がカチャカチャと鳴る中、若干気まずい空気が流れる。
「……な、何のゲームをしてるの?」
「別に、アンタには関係ないでしょ」
少しでも雰囲気を解そうと話しかけるも、冷たい態度で一蹴されてしまう。タマネちゃんとは違った大人びた印象がこの子にはあった。
「こちら、是非召し上がってください。紅茶でよろしかったですか?」
「あ、うん。ありがとう」
そんなモリカちゃんとは対照的にタマネちゃんは好意的に接してくれる。紅茶とクッキーを出してくれた。
私は淹れたての紅茶と香ばしく薫るクッキーで舌鼓を打ちながら、この事務所の探偵を待つ。
クッキーの存在に気づいたモリカちゃんは乱暴にそれを掴み、寝転がった姿勢のまま頬張る。それを「行儀が悪い」とタマネちゃんに叱られていた。
想像していたものとは違う光景に、私はここに来た目的を忘れかけてしまう。今日は相談したいことがあってここに来たというのに。まぁこれはこれで緊張が解けていいのかもしれない。
張り詰めていた気が少しだけ緩んだところで、私は上の階が騒がしいことに気づいた。ドタバタと慌ただしい音が聞こえる。
「すいません、落ち着きが無くて……」
「いや、お構いなく……」
それが恥ずかしいのか、タマネちゃんが顔を赤らめて謝ってくる。恐らくさっき言ってた身支度のことなんだろうけど、何をここまで慌ただしくしているんだろうか?
すると階段にある廊下の方から、新しい声が二人分聞こえてきた。
「――あぁもう! ネクタイ選びに時間掛けすぎなんだよ!」
「仕方ねぇだろ! 久々の依頼なんだ、最初はビシッと決めねぇと……っとおわぁ!?」
一つは荒々しい口調の、それでいて幼い女の子の声。これで三人目だ。そしてその後にようやく大人の男性の声が聞こえてくる。
……しかしその声は、階段から落ちる音によってかき消されてしまう。
「だぁあああ!?」
扉から見える階段から、すらりとした背丈の人影が転げ落ちてくる。それはもう見事な転げっぷりで、拍手をしてしまいそうになる程だった。
そしてその様子を、三人目の少女が階段の中段まで降りて伺う。タマネちゃん程じゃないけど、長い髪が肩まで達している。
「いつつ……!」
「だ、大丈夫ですか!?」
私は急いで階段下まで駆け寄る。スーツで身を整えていた二十代半ばの男性が、苦悶の表情を浮かべて腰を撫でている。
そこで私とその人の目がようやく合った。私は彼の顔を事務所のHPで見ていたのでこの人が誰かがすぐに分かったが、向こうは電話越しの声しか私のことを知らないので、理解に若干の時間が掛かっている。
「……コホン」
仕切り直し。そう言わんばかりのわざとらしい咳を挟み、何事も無かったかのように立ち上がる。
スーツについた埃を払い、髪型を整え、最後にネクタイを締め直して名乗った。
「ようこそお嬢さん、川郷探偵事務所へ。私が日本一の名探偵――川郷黍斗です」
「先生、いつものコーヒーでいいですよね?」
「ああ、頼んだ」
――川郷黍斗。この川様探偵事務所の所長兼調査人はキッチンに立つタマネちゃんにコーヒーを淹れるよう頼む。先程階段から転げ落ちたのが嘘のように、格好付けてソファに座っている。
色々と聞きたいことはあるが、これから相談に乗ってくれる相手に失礼かもしれない。喉まで来ていた言葉を飲み込み、私は別の言葉を出す。
「昨日お電話した和島尊です。今日はお時間を頂きありがとうございます」
「お気になさらず。依頼人は全てにおいて優先される。貴方のような美しい女性なら尚更ね」
「は、はぁ……」
優男。それがこの人に対する第一印象だった。言葉の節々にナルシストを感じる。
そもそもこの人がこんな性格なのは事務所のHPを見た瞬間に予想ができていた。何せアクセスした瞬間にポージングしたこの人の顔がデカデカと表示されたのだから。
「どうぞ先生。和島さんも紅茶のおかわりはどうですか?」
「あっ、お構いなく……」
するとタマネちゃんが川郷さんの分のコーヒーを持ってきて、私にもおかわりがいるかを聞いてくる。この面々の中で現状最も好感度が高いのはこの子だ。色々と気遣ってくれるのが嬉しい。
「あの……川郷さん、この子たちは?」
「おっと、紹介が遅れましたね」
そう言って川郷さんが彼女たちに目配せをすると、私たちのことかと三人の少女が並び出す。私が分かりやすいようにしているのだろう、タマネちゃん以外の二人は面倒臭そうにしているけど愛らしさがあった。
「左からタケミ、モリカ、タマネ。私の優秀な助手たちです」
「じょ、助手ですか……?」
三人目の名前はタケミちゃんというらしい。
そしてこの場所に似つかわしくないこの子たちは彼の助手だという。しかしとてもじゃないけどそうには見えない。
どこからどう見ても十代程の女の子たち。確かに大人びているようには感じるが、それにしたって探偵の助手が務まるとは思えない。
私が疑いの眼差しを向けると、それに気付いたタケミちゃんが噛み付くように迫る。
「お前! アタシたちをガキ扱いしてるな!」
「い、いやそんなことは……!」
「ちょっと依頼人ですよ!? 止めなさいタケミ!」
このタケミちゃんという娘は、言葉遣いも乱暴で気性も荒かった。そしてこの子もまた他の二人のように大人びた印象があり、私の方が圧倒的に年上だというのに気圧されてしまう。私が何を思っているのかを察し跳びかかろうとするも、側にいたタマネちゃんに宥められる。
「全く落ち着きがない。これだから犬ッコロは、頭が足りていないのよ」
そんな二人をモリカちゃんは呆れた様子で眺める。特にタケミちゃんには辛辣な言葉を投げかける。その言葉に、タケミちゃんの耳がピクリと反応した。
次の瞬間、標的が私からモリカちゃんへと移った。
「何だとこのエテ公の分際で!」
「この、誰がエテ公ですって!」
「だから依頼人の前で喧嘩はやめなさいってもう!」
タケミちゃんとモリカちゃんは仲が悪いのか、間髪入れず喧嘩を始める。その間をタマネちゃんが取り持とうと割り込んで落ち着かせた。
犬ッコロ? エテ公? 会話の節々に違和感はあるけれど、すぐに気にならなくなった。
「全くお前らは……依頼人の前だぞ? 静かにするんだ」
その様子を見て、川郷さんは呆れるように溜息を吐く。そしてカップを持ち上げ、タマネちゃんが淹れたコーヒーを飲もうとわざとらしい優雅な動作で口へ近づける。
「そう。ダンディでハードボイルドなこの俺のように――熱っちゃ!?」
そしてコーヒーを口に含んだ次の瞬間、間抜けな悲鳴と共にダンディとハードボイルドが崩れる。川郷さんは涙目になりながら舌を外に出して冷ました。コーヒーの熱さに舌をやられたようだ。
「あっごめんなさい! 猫舌の先生用に冷ますの忘れてました!」
「し、舌が……舌が……!」
川郷さんは口元を抑えながら俯く。だからその顔は見えなかったが、それでも苦悶の表情を浮かべていることは想像できた。
そのコーヒーを淹れたタマネちゃんが慌てて彼の元へと駆けつける。それにより解放されたタケミちゃんとモリカちゃんの喧嘩が勢いを増した。
喧嘩をする二人の少女、舌をやられた川里さん、そしてその間に挟まれるタマネちゃん。落ち着いた雰囲気の探偵事務所は一気に騒がしくなった。
(……依頼する探偵事務所間違えたかも)
この光景を見て抱いた率直な感想はそれだった。恰好こそ立派だけど中々締まらない探偵に、わちゃわちゃと騒ぐ三人の女の子。想像していたものとは大分違う雰囲気に、私は失望すらしていた。
「――あの、もういいです。私帰ります」
「あぁ待って! 折角大学の帰りに来てくれたんですから。女木島大学からここまで遠いわけじゃないけど、歩いて疲れているでしょう?」
これなら他の探偵に頼んだ方がいいだろうと、私は適当な理由でこの場から立ち去ろうとする。すると川郷さんは情けない声を出して私を引き留めようとした。それが更に減点対象となる。
彼の言う通りここへは大学の授業を終えてから訪れた。その疲れはまだ身体に残っている。
(……あれ?)
私はふと違和感に気が付いた。それが気になって思わず足を止めてしまう。
「……あの、何で学校帰りって分かるんですか? しかも学校名まで」
学校帰りにここへ来たとは一言も言っていない。それどころか自分が大学生であることも伝えていない。先日の電話対応で教えたのは自分の名前くらいだ。
だというのに川郷さんは私が大学生で、今日がその帰りのついでにやって来たこと、そして通っている大学の名前まで言い当てた。
その疑問を素直に聞いてみると、彼は待ってましたと言わんばかりに得意げな笑みを浮かべて語り始める。
「――まずはそのトートバッグ。中身は見えないが膨らみを見れば重たいものが入っているのは分かります。角張った膨らみ方をしているから、中に入っているのは本。
平日の水曜日に本が詰め込まれたバッグを持ってどこかに行くとするなら、考えられるのは大学。そんな物を持ってどこかへ遊びに行くとは思えませんから」
彼の言う通りこのバッグの中には授業で使っている本、とどのつまり教科書が入っている。今日の授業はどれも教科書が必要だったので、バッグが重くなるのは必然的だった。確かにこんなものを持って遊ぼうとは思わないだろう。
それはいいとして、学校の名前がでかでかと書かれているわけもないので、バッグを見て私の通う大学が分かるはずがなかった。私がそれを口にする前に、川郷さんは話を続ける。
「次に靴。さっき階段から転んだ時に貴方の靴がチラッと見えたんですよ。スニーカーの靴紐が緩んで解け掛けていた。つまり先ほどまで長時間歩いていた証拠」
彼が転げ落ちた階段は玄関とこの部屋を結ぶ廊下の途中にある。階段を降りたところから玄関は見られるが、あんな盛大に転んだ直後でそんなところに目が届いたことに驚きだった。
「ここから徒歩圏内の大学と言えば女木島大学だけ。近くにあったからこの事務所を選んだ。違いますか?」
「……ッ」
当たっている。学校の名前どころかこの事務所を選んだ理由まで。推理自体は簡単かもしれないが、鋭い観察眼が確かにあった。この人がダメかどうか判断するにはまだ早いかもしれない。私が求めているのはこの観察力なのだから。
そんな私の心情を見越してか、川郷さんは落ち着きを取り戻し全てを見通すような眼差しで私を見据える。椅子から立ち上がった私に、もう一度座るよう促した。
それに伴い彼の助手たちが彼の元へと集う。まるで「こいつを舐めるなよ」と言わんばかりに、強い意志を視線に乗せて。
「さぁ、話を聞きましょう。どんな依頼もこの名探偵が解決してみせます」
これが私、和島尊と名探偵、川郷黍斗の出会いだった。
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