男アレルギー
「ねえ聞いてよ。あたしね、男アレルギーかも知れない」
とある小さな居酒屋で飲んでいると、隣の女がそう話し出した。
彼女とは十年来の友人である。
男アレルギーとは、突然聞き慣れない単語が出たものだ。ちと付き合うかと俺は彼女に向き直る。
「聞いてやるよ」
「じゃ、遠慮なく。あたしさー、最近会社に勤め始めたんだけど、周りが男ばっかでしんどいの。もうなんていうか近寄るのも嫌。それにねそれにね、好きな人までなんか傍にいるとクラクラするっていうか」
いい歳こいて喋り方とか蓮っ葉すぎるだろ。お前もうすぐ三十だぞ。そう言いそうになるのを、俺はなんとか我慢する。
「それで?」
「仕事もしんどいしさー、彼氏と会ったら吃っちゃうし。デートの時ぶっ倒れたりも死んだよね。最低!」
彼女の愚痴は続く。
「大学までは普通だったのにね。やっぱり虚無の三年間がダメだったのかなぁ? そう考えると自分が恨めしくってさあ」
虚無の三年間とは彼女のニート時代のことである。
大学を出て、就職に見事失敗した彼女は三年もの間引きこもり生活を送っていた。親しい俺ですら彼女の家の敷居を跨げなかったと記憶している。
ニートから脱せたのが不思議なくらいだ。
そりゃ確かに、人間恐怖症になってもおかしくはないが……。
「あー、もう人生おしまいだー」
机に突っ伏して嘆く彼女。
でも全然泣き真似可愛くないぞー。
もう耐えられない。とうとう俺は、ずっと言わずにおいたことをツッコんだ。
「男アレルギー? でも俺とは話してるじゃん」
「あ、そうだった」
必殺てへぺろ。ちっとも魅力ねえよ。
あーあ、いつまで経っても手が焼ける子供だなあと俺は笑った。
乾杯し、酒をグビリと一気飲み。
酒がこぼれ、彼女の買ったばかりのスーツがびしょりと濡れる。
「全くもうお前ってやつは」
「ごめんごめん。さ、飲もう」
俺たちは二人一緒に、酒を煽り飲み続けた。
こうして夜は更けていくのだ。