父娘
とある貧しい父娘が、あてもなく旅をしていた。
娘は十三歳になる、まだ幼さの抜けない少女。彼女は母親を失い、だが涙も流す暇すらなかった。
少女の父親はその肌の色で差別されていた。それは少女も同じこと。二人はまともに働くことが許されていない。だからなんとか生活を繋ごうと父娘で旅芸人を始めたのである。
「これが我々の宿命なんだ」と父親は言った。けれど娘は受け入れられなかった。
毎日毎日、楽器を奏で歌声を張り上げても、多くの人は耳を傾けてくれはしない。時たま金を恵んでくれる人もあったが、大抵は一日で尽きてしまうほどの雀の涙。
まだ幼き少女にとってこれが不満以外の何であろうか。
少女の母親は美人だった。肌の色も差別されることのない『普通』とされている色で、とても優しく少女は大好きであった。
なのに母親亡き今、少女には何もない。この肌色で生まれたことを憎み、父親を恨んだ。
――どうしてこんな色なのだろうかと。
娘はある日、父と喧嘩した。些細なことだ。しかし耐えきれなくなって、一も二もなく家を飛び出した。行く先はないが、このひもじい旅芸人生活を続けているよりはずっとマシだと思った。
独り立ちするのだから、仕事を選ばなくてはなるまい。
肌色のせいでひときわ目立つ少女、彼女にできる仕事といえば何だろう。そんなことを考えながら路地裏へ来ると、そこに肌の色が『普通』な人間たちが屯していた。
しかし彼らはどう見ても普通じゃない。気づいて少女を指差すと、ゲラゲラと笑い出した。
「変な奴がいるぜ」
「おっ、奴隷にピッタリじゃねえか」
「金になりそう」
そんなことを言いながら、少女に詰め寄ってくる。
彼女は逃げようとした。が、男の一人に足を掴まれ、すっ転ばされてしまう。すぐに取り押さえられた。
「とりあえず服を引っぺがしてやろうぜ」
「ロリの体好き」
「奴隷にするんなら状態良くなくっちゃ売れねえから慎重にやれよ」
そして少女はやっと理解した。この男たちが、父親に聞いた『人さらい』なのだと。
差別される肌の色の子供は、奴隷として需要がある。本当なら人権的に違法なのであるが、闇商売とはどこの世界でも存在するものだ。奴隷商という職業がある一方、奴隷になる子供をさらってそれを奴隷商に売りつける者たちが一定数いる。それが、この男たちなのだ。
服を脱がされる。粗末な布切れだからすぐに剥がされた。
このまま人としての尊厳を奪われ、売り飛ばされる未来。想像するだけで恐ろしく、心が締め付けられた。
「と、父さんっ」叫ぼうとするが口を塞がれる。
逃げなければよかった。父親はこんなことにならないよう、少女をいつも守っていてくれたのに。
男が少女にのしかかる。もう何もかも終わりと思われたその時だ。
――路地裏に、見慣れた男が現れた。
「やっと見つけた。待ってろ」
男――父はそう言うと、少女めがけて飛び込んできた。
周りの男たちを勢いよく張り倒し、昏倒させる。そして娘を抱き起こした。
「大丈夫か。探したんだぞ」
「父さん……。父さんっ、父さぁん」娘は泣いた。怖かったのもあるが、何より一番来てくれたのが嬉しかったのだ。
泣いて泣いて、父親の胸の中で泣き腫らす。彼女はその時初めて、父の子供でよかったと思ったのだった。
気づくと黄昏が近づいていた。その日は拠点に戻り、父と存分に体を寄せ合い眠った。
布団にくるまりながら、少女は反省する。
今まではずっと母を失った悲しみを引きずり、現状と向き合っていなかった。だから旅芸人の仕事に励めなかったのだ。
「頑張ってくれてる父さんに、恩返しをしなくちゃ。明日は私も」
――そして、次の朝。
小さな公園の片隅に父娘の姿があった。
父はギターを抱え、娘は鈴の音の如き声を響かせ舞う。
しかし少女の熱量はいつもと違っていた。真剣に歌に思いを込めていたのだ。
ぽつりぽつりと子供たちが集まってきて、父娘を興味津々に見つめてくる。
「ほら、あなたたちも歌って歌って」
少女の誘いを聞いて、子供たちは顔を見合わせた。
「いいの?」
「でも肌の色が違うし……」
戸惑う子供たちに、娘は笑いかける。
「そんなこと気にしないで。今は」
「……うん」
躊躇いながら一人、また一人と一緒になって歌い踊り出した。やがてその声を聴いて大人たちも訪れ、その輪に入る者も現れる。
父親はその様子を見守り、娘は手を取って歌いながら、笑顔を交わした。
一瞬かも知れないけれど、旅芸人の少女は幸せだと、そう感じたのである。




