邪魔者なき世界
「さあ、もう誰も邪魔者はいなくなった。俺とお前二人だけだ」
男はそう言って笑う。女は少し寂しげに窓の外を眺めていた。
――眼下で世界が崩壊するのを、二人は見た。
空に光が突き出し、落ちて世界を包み込む。後に残ったのは何もない焼け野原だけであった。
「あれが核爆弾の威力……」
「そうさ。俺に敵対するやつは今の一撃で全て焼き払われた。もちろん多少俺の仲間もいたさ。でもそんなことは今どうでもいい。お前と一緒にいられるんだからね」
男は女の肩を抱く。女は男の臭い息を吸いながら、男の手元を見た。
彼が手にする、小さなボタン。あれを一押ししただけで、こんな羽目になったのだ。
彼は殺人者だ。大量虐殺で、世界を滅ぼした悪の王。でも女は彼を憎むことはできない。これは全て、女のためになされたことなのだから。
女は敵国の有力者の娘だった。
彼女はこの国の最高権力者であった彼と恋を犯した。しかしそれは叶わず、諦め切れなかった二人は共謀してこの世界破滅計画を立てたわけだ。
――なんて自分勝手な理由で、こんなことをしてしまったんだろうか。
「暗い顔をしているな。どうしたんだ?」
「……なんでもないわ」
「そうか。ならいい」
その瞬間、男が女に顔を近づける。紫色の唇を突き出した。
女は思い切りそれに吸い付く。唇が重ね合わせられる感触が柔らかい。
「――二人で暮らそう永遠に。これが真の平穏だ」
しかし訪れたはずの平穏は長くは続かなかった。
暮らしているのは小さな屋敷の中だ。外は放射線まみれなので、一歩も出られない。
食料は足りる。機械で無限に生成しているからだ。水もまた同じ。
が、そんなつまらない日常ではいつか終わりがやってくる。
映画を見たり本を読んだりで時間を潰した。思う存分愛し合った。それでも女は、どこか『空虚さ』を感じていた。
男との喧嘩が増えた。男の方もイライラしているようですぐに突っかかってくる。家出しようにもできないのだから、不満は溜まる一方だった。
女はある日、男を手にかけてしまった。
理由は大したことではない。ただ、降り積もるストレスによって怒りが爆発しただけのこと。
大げんかになった末、気づいたら血まみれのナイフで男の体を執拗に突き刺していた。
我に返った時にはもう遅く、男は死んでいた。
「どうして?」
女は男と幸せになるために、他の全てを排除したはずなのに。
なのにどうして、独りきりでいるのだろう。おかしくて、おかしすぎて、笑いが込み上げてきた。
「クククククククク」
小さな屋敷に笑い声が響く。
それは楽しげなそれでも、嘲笑のようなそれでもない。狂人が漏らす哀れな笑い。
涙を流しながら女は笑った。笑って笑って息が苦しくなってなお笑い続けた
歪んだ愛を込めて、いつまでもいつまでも。