白粉塗りの蝶
白粉塗りの蝶?スーパー
高木和久
クロロホルムは女の細き鼻柱をつきぬけるばかり……
幽閉の姫君が漏らす微かなあえぎ
何万本の細き髪は地獄の底よりもなお黒く
女は上顎でガーゼを噛み
男の指先から血を吸い取らんばかりに
生臭き息は、生物的生存を浮き出した
六畳間に敷かれる白布では肉体が転がっていた
漆のへさきを一本の指のように掴み
手首の静脈流を合図に
黄金丘の首からの眺めに
その針をあてがう
三十六℃八分の背面は生暖かく
抹殺されていない感染菌が、その針に染み着いていた
血がたぎるときにしか浮き出ない刺青
白粉塗りの蝶
彫り師は西陽で輝く女体へ
希有な霊蝶を彫る
女体は天上界を浮遊していた
眉間は一寸たりとも動かない
幼い頃からの彼女の赤貧が洗い流されて行く
二十数年分の魂が墨となり、永遠に染まり
西陽が埃を飲むことを止めたとき、蝶は空を舞った
紅の空と、混じる血で描かれた紺、青、黒。
淡い三色のアゲハチョウが恥じらいがちな空へ舞った
待ち焦がれた希望
羽がまどろみに反射した
赤貧が魂となり
……一匹の蝶は紅へ消えていった
了