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拓巳くんの後悔

「拓巳くん!」

「拓巳」

 慌ててベッドを見ると、よろよろと体を起こす長髪の姿があった。

「大丈夫かい?」

 先に駆け寄った真嶋さんが添うように腰かけて背中に手を当てると、寄りかかった拓巳くんは「ああ……」と頭を片手で押さえた。

 まだ調子が悪いようだ。

「大丈夫? 横になってたほうが」

 僕も膝の辺りに腰かけて声をかけると、真嶋さんに支えられた拓巳くんはジロッとこちらを睨んだ。

「おまえが、……起こしたんだろうが。あんなトンデモ発言されて、うかうか臥せってなんぞ、いられるかっ」

「えっ、じゃあ違うの⁉」

「あたりまえだっ。祐司に謝れ!」

「ご、ごめんなさい」

 目尻を吊り上げて一喝され、ひとまず頭を下げると、苦笑いを浮かべた真嶋さんが拓巳くんの背をなでた。

「ま、まあ、そうだよね。起こしちゃってごめんよ。そばから離れないほうがいいかと思って……」

 息が上がった拓巳くんは、力が底をついたように体を彼に預けた。

「いい。……薬飲んだから、起きないと思ってたんだろ。最近、効かないんだ。多分、色々と気が立ってたせいで……」

 ベッドも違うし、とつぶやかれてふと気づく。

 そういえば早起きが続いていた。あれはちゃんと起きられるようになったのではなく、眠りが浅くて目が覚めてしまっていたのだ。

「よく寝られてなかったのかい?」

「ああ……まあな」

「こんなところにずっといるなんて無茶するから」

「いや……それは覚悟の上だったから、芳弘からもらった薬でなんとかなってた。そうじゃなくて……」

 拓巳くんはだるそうに前髪をかき上げながら僕を見た。

「……ったく。だから、態度がヘンだったのか……」

 幸司さんに悪いことしちまったとつぶやかれて首を竦めると、真嶋さんが庇うように聞いてくれた。

「和巳の態度をおかしく感じて不安だったから、幸司さんを疑ったのかい?」

「……だって、目は合わせないし、生返事は増えるし。なんか隠してるぞ、って思うじゃんか。それがいきなり幸司さんに送ってもらったとか言うから、てっきりさ……」

 俺が呼んだからこっちに来ていた可能性があるし、と付け足されて驚く。

「拓巳くんが呼んだの? 幸司さんを?」

 彼は少し血の気の戻った顔で頷いた。

「なにしろちっとも祐司と会おうとしないんで、いい加減、どうにかしたくてな……。総司さんの見舞いが絡んでいれば来ないとは言わないだろうから、陽子さんに伝えておいたんだ」

 来るかどうかはわからなかったけど、と彼は俯き、ちょっと唇を噛んだ。

「それが和巳と会ってたって聞いて、また隠してたんだと思っちまって。まさかあの夜の会話が聞かれてて、そんな方向に話が取られていたとか、誰が思うかよ……っ」

 最後は恨みがましげに再び睨まれ、僕はちょっぴり反論したくなった。

「な、成り行きとはいえ盗み聞きみたいなことしちゃったのは謝るよ。でも拓巳くんだって今までと違って積極的だったじゃん。それがみんな祐さんのためみたいで、わけを聞いてもはぐらかされるし。そんな状況で、祐司が結婚しないのは俺がいるからだの、報いるために今度は俺が守るだの聞いちゃったら、他に取りようが……っ」

 さらなる叱責を覚悟しながらも、そこは差し引いてほしくて訴えると、拓巳くんは意外にも恨み節の気配を静め、表情を改めた。

「俺がいるから祐司が結婚しないってのは、おまえのことを言ってるんだ」

「僕⁉」

 い、意味がわからない!

 するとハッとした真嶋さんが拓巳くんを覗き込んだ。

「それって、拓巳」

「ああ」

「……僕は、席を外そうか?」

「いや。芳弘は多分、わかってるだろうから」

 意味深な二人の会話に、何か祐さんの過去に触れる事情がありそうだと感じていると、ひとつ息を吐いた拓巳くんが僕に告げた。

「本来は明かすような話じゃないんだが、雅俊まで混乱したとなると祐司の迷惑になる。だから一度だけ話す。心にしまっとけよ」

 念入りな前置きに緊張を覚える。

 僕が頷いたのを見た拓巳くんは、少し目を伏せた。

「俺がいるから結婚しないってのは、おまえの親である俺が不安定だから、一生、俺ごと面倒見るって決めちまったって意味だ」

「拓巳くんごと?」

「あのときの会話には、祐司にとっての最優先が常におまえだっていう前提があるんだ。なぜならおまえが若砂の子で、祐司は今でも若砂を愛しているから」

「え……っ!」

 思わぬ方向からのパンチに頭がガンと揺らぐ。

「祐司は滅多に動かないが、ただ一人、若砂にだけは自分から行った。祐司もある意味頑固だから、心の中には今も若砂が棲んでるんだ」

 じゃあ祐さんと拓巳くんは、お母さんを巡って三角形だった時期があるってこと?

「お、お母さんが……っ」

 衝撃のあまり心の中だけの表現を口走ってしまったが、拓巳くんは気づかぬ様子で続けた。

「祐司に言葉を求められて、若砂は最後に『拓巳と和巳をお願いします』と言い残した。以来、祐司はずっとそれを貫いている」

「えっ………」

 それは、果たしてお母さん――若砂さんが祐さんに言ってよかった言葉なのだろうか。

 複雑な気持ちで俯くと、真嶋さんが僕に声をかけてきた。

「どうしたの? 何か引っかかるのなら言ってごらん?」

「あの、だって」

 僕はちょっと腰が引けながらも二人を見上げた。

「祐さんが自分から動いたってことは、若砂さんは祐さんを断ったわけでしょう? その上、結婚したのはメンバーの拓巳くんで。それだけでもなんだか引っかかるのに、よりによってその、事後を祐さんに託すって……」

 応えなかった人に、自分の伴侶と息子を頼むってどうなんだろう。

「なんだよ。祐司は託すに値しないってのか」

「そ、そうじゃなくて」

 再び怒気が吹き出しそうな勢いに思わず縮こまると、真嶋さんが拓巳くんの胴を片腕で抑えながら、宥めるように肩を叩いた。

「違うよ拓巳。和巳は祐司を気遣ってるんだよ。多分、祐司と拓巳が若砂を巡って三角関係を展開した上で、若砂が拓巳を選んだと思ってるだろうから」

 それ以外にナニがあるんだ……。

 思考が表情から垂れ流れていたか、拓巳くんは『チッ、わかっちゃねーな』といった目で僕を見てからため息をついた。

「常識で考えろ。仮に三角関係になったとしてだ。俺が祐司に太刀打ちできるわけあるか」

 えーっ?

「あの。あなたは一応、万単位の女性ファンがいる人気ボーカリストなんだけど……」

 拓巳くんは、そこはどうでもよさそうな顔をした。

「器が違いすぎだ。まともな女だったら、どっちが自分を委ねるに相応しい男かなんて、三日付き合えばわかる」

「そ、そんなに自分を卑下しなくても」

「単なる事実だ。まずもって俺は女に興味がない。つーか、普通の女が男に求めるものが俺にはない。その点、祐司は女の期待するものを十分に持っている」

「期待するもの……?」

「つまり、深い思いやりだったり、安定した生活力や危険への対処能力……あらゆる面で祐司は愛した女を男として守り、慈しんで幸せにできる。婚活する千人の女がいたら、九百九十九人が俺より祐司との結婚を望むさ」

 多大な数値で示され、僕は微小な反論を試みた。

「で、でも、結局祐さんは若砂さんに断られちゃったんでしょう? どんなに他の人から見て素晴らしくても、ソコがダメだったら祐さんには意味ないだろうし、気まずさは変わらないと思うんだけど……」

 上目使いで窺うと、拓巳くんは真嶋さんの胸に背中を預けて目を閉じた。

「断られたからじゃない。その程度のことで祐司は諦めない。自分から動いた結果、悟ったものがあって断念したんだ。俺が若砂を意識したのはそのあとの話だ」

「あと? じゃあ、取り合ったとかじゃない?」

「ないない。俺に祐司と張り合う根性なんてない。むしろなさすぎて……」

 そこで拓巳くんは悲しげな顔になった。

「俺もな。そのあたりのことを最初からちゃんと理解できてたわけじゃなかった。だから幸司さんの事件のときには混乱して、そばにいた祐司にぶつけちまった」

 あ、それって……。

「もしかして、それが拓巳くんの言っていた『後悔』……?」

 拓巳くんは切れ長の目を半眼に閉じて頷いた。

「幼児のおまえに拒否られた夜、俺は祐司に怒りをぶちまけた。けど祐司が全然動じないんで、つい腹の底に閉じ込めてあった言葉を出しちまった。『祐司だって本当は俺がいないほうがよかっただろう。なにしろ和巳は若砂にそっくりだからな!』ってな」

「………」

 若砂さんから僕たちを託されたという祐さんは、どんな思いでそれを聞いたのか。

 ああそうか。

 だからきっと祐さんは、影に徹する守り方をしてきたのだ。

 拓巳くんが続けた。

「それは過去のいきさつから考えても、言ったらまずいとわかっていた言葉だった。けどそのときの俺は頭が回ってなくて、ばかなことを言うなとか、そんなことはないとか返すんだろうとしか考えてなかった。だから祐司が何も言わずに肩を震わせたのを見たとき、直感では祐司を傷つけたとわかったんだが……」

 拓巳くんは俯き、片手で額を押さえた。

「そこを思いやる余裕がなくて、返事がないことに苛立って当たり散らして、それで自己嫌悪に陥った」

 もうメチャクチャだったと拓巳くんはうなだれ、真嶋さんが宥めるように肩をなでた。

「……芳弘のところに引き取られてなんとか落ち着いたあと、祐司が俺たちのために財閥の仕事を受けちまったと知った。後悔したよ。本家からの縛りを警戒して、あれほど陽子さんも芳弘も心を砕いていたのに、俺のあの余計な一言が、祐司にその手段を採らせたんだと」

「……だから君は次の年に陽子さんが養子の話を進めようとしたとき、それだけはすぐに承諾したんだね?」

 覗き込むようにして質問した真嶋さんに、拓巳くんは前を向いたまま頷いた。

「せめて本家の養子に取られるのだけは阻止したかったからな。挨拶で本家に行ったときに、寛文会長に直談判しようとして富子さんに止められたんだが、彼女が跡継ぎの条件のことを教えてくれて、それなら俺にもできると思って」

「そう。でも確かそこで祐司に待ったをかけられたんだよね?」

 真嶋さんが聞き、拓巳くんが頷く。僕も最初にそう聞いた記憶かあった。

「祐司は、陽子さんから話を聞いた俺が責任を感じて養子に応じたんじゃないかと案じたんだ。実際、そういう気持ちもあったから、わけを聞かれたときは犠牲を払わせたからだと答えた。そしたら祐司は『あの言葉は確かに俺の一端を突いたが、おまえは根本的なところを誤解している』と返してきたんだ」

「誤解……?」

 僕がつぶやくと、拓巳くんはこちらに顔を向けた。

「女が千人いたら、九百九十九人が祐司を選ぶ。俺とは人間のデキが違う、太刀打ちできるわけがない。あれは、俺が祐司に八つ当たりしたときに言ったセリフなんだ。だから祐司はこう続けた。『おまえは若砂がたまたま残りの一人だっただけだと言いたいんだろうが、確かに、もしそうだったら俺も諦めはしなかっただろうが、そもそも数え方を間違っている』と」

「……数え方?」

 意味が飲み込めずに首を傾げると、拓巳くんも顎に手を当てて頷いた。

「わかる。わかるぜ。俺も唐突に言われたんで 『なに言っちゃってんだ祐司、ホントあんたは時々わかんねーな』とか失礼なこと思っちまったよ。つまりな」

 彼は少し身を起こした。

「祐司は愛した女を幸せにできるが、唯一心を動かした相手は千人の対象外だったってことだ」

「対象外って……あ、」

 そうだ。だってお母さんは。

 そこに気づいて顔を上げると、拓巳くんが軽く頷いた。

「そう。おまえも記録を見たならわかるだろうが、若砂は女に見えるような格好はしなかった。確かに外ヅラは丁寧に振る舞っていたが、あくまでも男としての範囲だったと思う。ところが祐司には最初から最後まで若砂が『男装の女』にしか見えなかったんだ。しかも若砂に断られたあと、ソコに気づかないままずっとリベンジして、こっぴどく怒られてようやく悟ったんだと」

「あれ。祐司は若砂に食い下がってたの?」

 真嶋さんが意外そうな顔で聞き返し、拓巳くんは顎にやっていた手を口元に添えて声を低めた。

「内緒だぞ。男の沽券に関わるからな。……知り合って間もない頃、若砂が祐司の態度にプリプリ怒ってた記憶がある」

 『祐司さん。悪いがオレはお姫様じゃない。これ以上、オレの荷物持ったりドアを開けたりするなら縁を切らせてもらうよ』

 若砂さんはそう言ってレディファーストをやめない祐さんに釘を刺したという。

「俺の八つ当たりのセリフを聞いたあとで、祐司は自分の心情を整理したそうだ。で、出した答えが今の話と、このあとの言葉だ」

『おまえが感じ取ったとおり、俺の中には確かに今も若砂がいて、和巳を見ると特別に愛しくも思う。だがその若砂は俺が作り出した幻で、この世にもあの世にも存在しない。わかっていても現実の記憶に重ねてしまうのが俺の罪で、結果としておまえたちをうちの事情に巻き込んだ。だから俺は俺のできるやり方で守ろうと決めただけだ。それをおまえが重荷に思うことはない』

 それは祐さんの心境がよく伝わる、それでいて拓巳くんを気遣う心情にあふれた言葉に感じられた。

「これを聞いて俺もようやく納得して、けど内情を語らせた申し訳なさもあって、以後は触れないようになったんだ」

 拓巳くんはひとつ息を吐くと、疲れたように真嶋さんの首のあたりに頭をもたせかけた。

 彼にとって、過去を話すのは容易ではない。

 それをよくわきまえている真嶋さんが腕や肩をなでながら首をかしげた。

「君たちを守る手段を増やすために、祐司は財閥内で結構したたかに立ち回ってきたと思う。それなのに、どうして未だに養子の件だけはためらうんだろうね」

 拓巳くんは少し身じろいだ。

「祐司にとって都合がよすぎるからだ。昔、自分が()た夢が目の前に実現するようで」

〈もし若砂が普通の女で、和巳が自分の子どもだったなら〉という、彼の胸の奥に眠る夢――。

「それは俺の手前、形にしてはいけないと思ってるんだ」

 真嶋さんにも心当たりがあったのか、どこか痛そうな顔をした。

「もう、ずいぶん経つのに」

「俺もそう思う。幸司さんのことも……」

 憂いが滲む様子に、僕はハタと気がついた。

「そうか。だから拓巳くんは幸司さんに声をかけたんだね?」

 無理してまでここに居ついたのも、もう気にしないでほしいという気持ちを祐さんに見せたかったのだ。

「……結局このザマだがな……」

 脱力して体から力を抜いた拓巳くんはちょっとヘコんでいて、僕はベッドから立ち上がりながら提案した。

「僕、幸司さんに謝まって、説明してくるよ。それでここに来てもらえば、拓巳くんも挨拶できるんじゃないかな?」

「………」

「それがいいと思うよ」

 迷うように眉を寄せた拓巳くんに真嶋さんも勧めた。

「幸司さんとはきっと長居はしないと思う。このまま別れたんじゃ、君も後味悪いでしょう?」

「……ああ」

 これは『善は急げ』だな。

 僕は「じゃ、行ってくる」と踵を返し、返事を待たずに部屋を出た。



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