脱走
「少し頭を冷やしてくる」
家に着くなり、ルカはそう言い捨ててお風呂に行ってしまった。
私は、ルカから離れるのは今しかないんじゃないかと思った。
手を痛いほど握りしめる。
私の居場所が、ここにあるのかもなんて思った…。でも、私がここにいるとルカが不幸になる…。ルカにはもっといい人だってたくさんいる。あんなにかっこいい人なんだもん。私なんかがいるから…。私のせいで…。
気づいたら足は玄関へと動いていた。
玄関を出ると、外は真っ暗だった。
足が動くままに歩く。ただ頭の中にあることは、ルカから離れないといけない。それだけだった。
歩き疲れて、路地に座り込んだ。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせるようにそういった。
この位の寒さなんて大丈夫だ。外で朝を待つことなんて慣れてる、だから大丈夫。
なぜか溢れる涙を拭いながら何度もそう考えた。
「おい、小僧、ここは俺様の場所だ。出ていけ」
と、変な匂いがする男に急に話しかけられた。
外は暗く、優香は小さいので少年だと見間違えたのだろう。
優香は涙と嗚咽のせいで答えることが出来なかった。
すると、別の男が大声で叫んだ。
「何言ってるんだ、そこは俺の所だ」
「いーや、俺の所だ」
と、場所を取り合う喧嘩になってしまった。
優香はその隙に慌てて立ち上がった。
「どこにも私の居場所はないんだな」
優香はまた歩いた。誰もいない場所へと。
しばらく歩いていると、都市の外に繋がる関所の近くにやってきた。
そこには門番と思わしき人がたっていたが、門に寄りかかって完全に寝ていた。
その怠惰な門番は、夜は夜行性の猛獣が動き出すので、普通は外に行かないと思っていたからである。
優香はそろりとその門番の前を通り過ぎ、都市の外に出た。
優香は外へフラフラと歩いていく。
足、疲れちゃったな…と思い、木の幹に座った。
「どうしよう…」膝を抱えて丸くなりながら呟く。
きっと、以前の優香だと死ぬことに躊躇いがなかっただろう。だが、今の優香は知ってしまった。誰かのそばに居る暖かさを…。誰かと共に食べるご飯の美味しさを…。自分のことを本当の意味で見てくれる優しい彼を…。
歩き回って疲れてしまったからだろうか、眠気が優香を襲ってきた。
優香はあまりの眠たさにコクリコクリコと舟を漕ぐ。
「グルゥゥ」
眠気は一瞬にして飛び去った。素早く頭をあげるとそこには、羽の生えた虎がいた。
「…ヒッ」喉からかすれた声が飛び出した。
その虎はまるで逃げるのを待つかのようにゆっくりと、優香の前で舌なめずりをする。
優香は震える足で立ち上がった。そして、森の奥へと走って行った。
あまりの恐怖に、後ろを振り向くと、まるで散歩をしているかのように優雅に優香の後ろをついてくる虎がいた。そして、優香は後ろを向いたせいで、前にある木の幹に気づかず、転けた。
背中に虎の気配を感じるが、もう後ろを向く勇気なんてなかった…。
最後に、ルカに会いたかったな…なんて思ったためか、喉から自然と声が出た。
「ルカ……」