Lalala
放課後、進路のことで担任に呼び出され、大分帰るのが遅くなった。
教室の扉を開けようと手をかけたが、その手を下げた。
扉の窓から見える様子は……どうもお取り込み中のようだ。
他人のキスシーンを覗く趣味を持ち合わせていない。
こんなことなら、カバンを進路相談室に持っていけば良かった。
チラとしか見えなかったが、隣のクラスの松永だ。
――他人のクラスで何やってんだ。
それに松永って彼女いなかったけ?
一学年下のかわいいと有名な子。
顔を良く思い出せないが、クラスの奴らが彼女が入学した時騒いでいたのを思い出す。
まぁどうでもいいか。
待ってやる道理もないしな。さっさとカバンを取って帰ろう。
後ろからはいったら取れるよな。
再び覗く。
ちょっ、おい!
まさに事を起こそうとしている席――そこ俺の席……。
やってらんねぇ。
ここでこうしていても帰れないし、無視して入るか。
知ったこっちゃない。
俺が手を扉に手をかけた時、俺の目の前で固まっている女の子がいる。
いつの間にそこにいたんだ。
足元を見ると上靴の色が違う。青……一学年下か。
彼女を観察する。丸い瞳と愛嬌のある可愛い雰囲気――。
記憶をたどる。あぁ〜! 松永の彼女。
彼女は固まった俺の手を掴んで扉を引こうとするが、俺はおもわず抵抗した。
キッと俺をにらんでくる。
「――今は、やめておいたほうが良い」
俺は扉を上から押さえた。しかし、そんな俺の言葉を無視して両手で思いっきり彼女は扉をあけた。
扉は思いっきり放たれ、バン! という音が静かな廊下に響きわたる。
その音とともに松永と相手の女の子がこちらを見て――固まった。
松永は狼狽している。別れたわけではなかったようだ。
浮気はわからないようにやれよ……。
――そういう問題じゃないか。
「あっ梓」
松永は唇を手の甲でぬぐってシャツのボタンに手をかけたが、最後までしまることはなかった。
それは彼女がツカツカと松永と彼女に向かって歩き、問答無用に相手の女には平手打ち、松永にはグーで思いっきり殴ったせいだ。
松永がとんだのがスローモーションのように見える。
彼女は一言も発することなく、一仕事終わったといわんばかりに手をパンパンと払う。
そして、クルリとこちらに向き直った――。
俺は一瞬で放心状態になる。こういうのはどうかと思うが、その瞬間中で何かが鳴った。
――やばい。まずい。と頭の中で俺が言う。
泣きそうで泣かない。絶対泣かないという意思が見えるその表情。
彼女の向き直った時の表情を、この先忘れられるか自信がない。
彼女は俺の脇をスッと抜けて、駆け足になるわけでもなく……パタパタと音を鳴らして歩く。廊下に響くその音が悲しげであった。
彼女の可愛いらしい雰囲気とは違う。強い女。いや、強くあろうとする女。
松永が跳んだ衝撃で落ちた俺のカバンを拾い、何も言うこともないので無言で教室から立ち去ることにした。
――彼女が泣く場所はどこだろう。
そこに俺が行くことにもいかず……。
それにこの恋をこれ以上動かそうとは思わない。
「この状況にやられているだけかもしれない」と考える冷静な自分がいた。
――どうか彼女が泣いている傍に誰かがいてやってくれますように。
「あっ梓」
松永がわれに返ったのか、彼女を追いかけようと廊下に出てきたので足をかける。
彼は見事にこけた。
「なっ、なにするんだよ。小林」
お前が行くなよ。と口に出しそうになった。
「あぁ――。悪いな」
「松永君!」
先ほどの女が彼の腕を掴んだが、彼は振り払い勢いよく教室を出て行った。
彼女も泣きながら彼を追いかける。
一人残された俺……。
「とりあえず、帰るか」
そう自分を決心させるように呟いた。