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02 紋章の色

「はあっ、はあっ……! みんな、無事でいてくれよ……!」


 森を駆け抜け、テントに向かい無我夢中で走った。

 あの頭のおかしい堕天使が一体なんなのかは分からないが、もしも、万が一にでも皆が無事だったら病院に連れて行ってやろう。

 そこで外部とは完全に隔離して、治療に専念させたほうが彼女のためにもなる。


「あわ……! あわわわ……!」


「カイト! 無事だったか!」


 森を抜けると、そこにはカイトが腰を抜かして倒れているのが見えた。

 どうやら俺と同じく、邪竜神が上空を通過したのを見て恐怖で縮み上がっていたのだろう。

 相手は世界最強の称号、『神王級』の竜神。

 先ほどちらっと確認しただけだが、確かに額には黒色の紋章が刻み込まれていた。


「皆は避難したのか! バルバトス様は?」


「ま、まだだ……! 急に襲ってきて、今ちょうど戦っている最中で……」


 完全に戦意喪失状態のカイトは青い顔で震え上がっている。

 いくらバルバトス率いる中東支部のギルドメンバーであっても、邪竜神に敵うとは到底思えない。

 今回の大規模演習に参加している冒険者は、全部で108名。

 その中で唯一『覇級』であるバルバトスを除けば、残りは上級か中級の冒険者だけだ。

 数では勝っているが、それでも強さが桁違い過ぎる。

 倒すというよりも、生き残ることに専念するしかないのだ。


「くそ……!」


「あ、おい! クロ! お前が行ってどうするんだよ! とっとと逃げろ!」


 叫ぶカイトをその場に置き、俺はこの先にあるテントに向かって再び走り出した。





「治癒術師は怪我人の治療を! グラン、エルニアは再襲撃に備えよ!!」


 ギルドメンバーが集結しているテントに到着した俺は、まずバルバトスの声を聞き安堵した。

 多数の怪我人がいるようだが、死者はまだ出ていないようだ。

 上級冒険者である二人、槍術士グランと細剣士エルニアに指示を出している最中だった。


「盾護士は怪我人と治癒術師を死守するよう陣形を組み直せ! 魔銃士と弓撃士は空を警戒! 俺の指示を待て!」


 バルバトスの指示を聞き、俊敏に動くギルドメンバー達。

 俺はただ茫然とその光景を眺めているしかできない。

 ――皆、生きていた。

 それを確認できた俺は、これ以上何もすることなどないのだ。


「のう、バルバトス。少々気合が入り過ぎではないのか? 急な襲撃は確かに面を喰らったが、恐らく奴はもう襲ってこんぞ」


 バルバトスの隣に立っている男がそう言った。

 彼は中東支部のリーダー補佐である上級冒険者、筆払師タダツルだ。


「……何故、そう言い切れるのだ?」


 皆に出していた指示を一旦中止し、タダツルの話に耳を傾けたバルバトス。


「おぬしも見たであろう、先ほどの『謎の光』を。あの光が何なのかは分からんが、明らかに奴は怯えておった。力の差は歴然だったのに、奴はわしらを喰わず、一目散に逃げ去って行きおったぞ」


「……確かに。だが邪竜神を怯えさせるほどの光とは何だ? 神王級である奴にはどの魔法も利かぬと聞く。お前の住んでいた国で、そのような術は存在するのか?」


 ギルドのメンバーも皆、周囲の警戒を解かずに二人の会話に耳を傾けている。

 中東支部で最も高齢である冒険者のタダツルは、世界中の支部を渡り歩いた経験豊富な筆払師だ。

 彼の祖国である小さな島国には『魔法』ではなく『術』という不思議な能力も伝わっていた。


「ふぉっふぉっふぉ、あるわけが無かろう。邪竜神に唯一効果があるのは、ゼノライト鉱石を使用した武器のみじゃ。あの硬い鱗はその他の攻撃を全て無効化する。じゃからこそ、おぬしはこの遠征でゼノライトの武器を使った軍事演習を計画したのじゃろうが」


 タダツルの言葉で、俺は初めて今回の大規模演習の内容を知ることとなった。

 つまりバルバトスは、いずれ訪れるであろう邪竜神との戦いのために準備を進めていたのだ。

 もしかしたら、それを察知した邪竜神が俺達を襲ってきたのかもしれない。


「その通りだ。だがあの光で邪竜神が弱っているのだとしたら、これ以上ない好機だ。我らの同志が奴にどれだけ殺されたと思っている? 今こそ奴を倒し、この世界に平和を取り戻すのだ!」


 バルバトスがそう答えると、皆が一斉に声援を送った。

 一難去って、また一難。

 邪竜神の襲撃から逃れられたと思ったら、今度は邪竜神退治?

 いやもう、ホント勘弁してください。

 俺、冒険者辞めます! 今すぐ辞めます!

 今すぐ言おう。勇気を出して、バルバトス様に――。


「おや、おぬしは確か……」


 バルバトスの傍を離れ、テントに戻ろうとしたタダツルに見付かってしまった俺。

 あ、いや違う。これは好機だ!

 今リーダーとその取り巻きはテンションが高くなっているから、退職願を出したらボコボコにされる可能性が高い。

 だったらこの落ち着いている初老の副リーダーに退職願を受け取ってもらって、さっさとこの場から逃げよう。


「おお、やはりそうか。駆け出し冒険者のクロくん、じゃったかな? その顔を見るに、おぬしも邪竜神討伐には反対のようじゃな」


「え……?」


 すでに用意をしていた紙を提出しようとしたところで、その手が止まってしまった。

 もう三年前から冒険服の中にしまいこんである、退職願。

 早くこれを提出して、庶民の生活に戻りたいのに……。


「奴の妻、エリザベスの腹の中には新たな生命が宿っておる。この遠征が終われば、晴れて奴も父親というわけじゃ。じゃからといって焦って邪竜神と戦い、戦果を挙げようなどとは、奴もまだまだ子供というわけじゃな」


「は、はぁ……」


 どうしよう……。話が長くなりそうな予感がする。

 完全に退職願を出すタイミングを誤った……。


「世界は平和に向け、一歩ずつじゃが着実に向かっておる。竜が空を舞い、巨獣が地上を支配する時代はとうに終わったのじゃ。これからは人間の時代、黄金期が始まる。……が、それ故に次なる争いが生まれるじゃろう。人間同士の争い、ギルドとギルドの争い。幾度となく世界は争いに明け暮れてきた。わしはもう老い先短いが、おぬしのような若者が住み良い世界をじゃな――」


「あ、あの! これ!」


 俺はタダツルの話を遮り、彼の手に紙を握らせた。

 そしてそのまま猛ダッシュでテントを後にする。


「あ、おい! まだ話は終わっておらんぞ! ……ん? この紙は……?」





 テントから離れた頃には、日が落ち始めていた。

 このまま森を抜けて故郷の村まで一人で帰るのは無謀だ。

 途中の休憩地点で夜が明けるのを待ち、明日の朝には村に帰ろう。


「確かこの先に……、お、あったあった」


 逃げるように走り去ったせいで、もう喉がカラカラだ。

 この休憩地点には帰りのために多少の食料と水を置いておいたから、それを少しだけもらって夜を明かそう。

 俺は休憩地点に建てられた小さな小屋の扉を開く。


「あ、お帰りなさーい。もうゴハンできてますよー」


「……」


 俺はそっと扉を閉めた。

 ……今、あの頭のおかしい堕天使が居た気がする。

 どうして、あいつがここにいる?


「ちょっとぉー! 扉を閉めるってどういうことですかぁ! 貴方の帰りを待っていたんですよぅ!」


 バン、と扉が開き頬を膨らませて堕天使が顔を出した。

 どうやら俺はこの女に待ち伏せされていたらしい。

 諦めた俺は軽く溜息を吐き、小屋の中に入ることにした。


「そうそう、そうやって素直に入ってくれば良いのです。ちょっと待っていて下さいね。もう少しでシチューができますから」


「……」


 彼女は嬉しそうに厨房に走っていく。

 そして俺は何故か彼女がエプロン姿になっていたことに気付いた。

 ……あの衣装は一体どこにあったのだろう。

 まさか魔法で服まで替えられるとでもいうのだろうか。


「はい、大天使ルールー特製シチューの出来上がり! どうぞお召し上がれ!」


 木のテーブルに用意された料理。

 俺は何も言わず、ただその料理らしきものに目を向ける。

 色は、シチューのはずなのに緑一色だ。

 何を入れたらこういう色になるのか、さっぱり理解できない……。


「どうしたのですか? 食べないのでかぁ? はっはーん、さてはあちらのテントでつまみ食いでもしてきましたね? さっきも森で食料を運んでいたみたいですし」


 堕天使の女はそう言い、自身の分を皿に乗せ食べ始めた。

 ……今、なんかあいつの口の端に、ムカデの尻尾みたいなのが見えた気がする。


「……おい、堕天使。このシチューの材料を教えてくれ」


「材料? 良いですよー。ええと、巨土竜の肉と紅百足の肉、煉樹木の根を炒めて……。そこに備蓄用の水を加えてよーく煮込んだら、各種スパイスと、生きたままの緑スライムを丸々一匹放り込んでドロドロに溶けるまで掻き回して――」


「食えるかっ!!!」


 バン、とテーブルを叩き席を立つ俺。

 生きたままスライムを煮込むって、お前は悪魔か!

 今めっちゃ鳥肌が立ったよ!


「えー? 美味しいのにぃ……。食べないならぜーんぶ、私が食べちゃいますから。モグモグモグ……」


 幸せそうな表情で黙々とシチューを平らげていく堕天使。

 それを見ているだけで胸やけがした俺は、備蓄用の水をコップに入れ飲み干した。

 そして簡易ベッドに腰を下ろし、堕天使に質問する。


「……邪竜神を怯えさせた光。あれはお前が放った、あの魔法の光……なんだよな」


「ひはり? はい、ほうれふ。へも、あのはほうは、はひはえへはふほうひはほほへ……」


「……ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」


 堕天使の口からはモグラの足やら百足、硬そうな木の根っこが飛び出している。

 素材云々の前に、明らかに煮込み時間が足りない。

 こいつ、絶対に料理が下手クソだ。

 そして味覚が狂っている。頭も狂っているけど。


「……ゴクン。ええと、あの魔法は間違えて発動したんですけれど、でもそれが却って良かったみたいです。邪竜神は確実に弱くなりましたから。いや『弱くなった』という程度じゃ済まないですね。世界最弱になった・・・・・・・・、と言い換えたほうが正しい表現でしょう。あ、お水頂いても宜しいですか?」


 堕天使が催促するので、俺は仕方なく立ち上がり厨房に置いてある備蓄水をテーブルまで持って行ってやった。

 そういえば、あの森で彼女が最後に何かを叫んでいたことを思い出す。

 逆転……とか何とか言っていたような気が……。


「なあ、もう少し詳しく、俺にも分かるように説明してくれないか。世界最弱になったって言われても、中東支部のギルドメンバーもギリギリで撃退できたって言ってたんだぜ? それっておかしいじゃんか」


 邪竜神が堕天使の放つ魔法の光を浴びたのは、奴が森を飛び去ってテントを襲撃した直後だ。

 そのときにはすでに戦いが始まっていただろうし、世界最弱になっているのだとしたら、上級冒険者らの一撃であっという間に消滅してしまうだろう。


「うーん、分かりやすく……ですかぁ。そうですねぇ、じゃあ数字に例えましょうか。私、こう見えても数字が得意なんですぅ!」


 鍋いっぱいのシチューを全て平らげた堕天使は椅子から立ち上がり、空間に何やら文字と数字を浮かび上がらせた。


「この世界の『強さ』の証である紋章は色分けされているのはご存じですよね。人間の方々が付けた呼び名でいうと、『駆け出し』、『初級』、『中級』、『上級』、『覇級』、『神王級』がそれにあたります」


 彼女がそう話すと、空間に同じ文字が出現した。

 魔法にはこういう便利なものが存在するのか。


「これをですね、私の得意な数字に置き換えると……こんな感じになります!」


 彼女が宙に描いた数字は以下のようなものだった。


 〇呼び名/紋章の色/レベル

 ①駆け出し/白/1~10

 ②初級/橙/11~100

 ③中級/赤/101~1000

 ④上級/銀/1001~10000

 ⑤覇級/金/10001~99999

 ⑥神王級/黒/100000


「駆け出しがレベル1から10……。神王級は…………10万!?」


「はい。まあ大体そんな感じでしょうねぇ。この世界の生物には全てに紋章が備わっていますが、例外を除くと生まれたときは全員『白』――つまり『駆け出し』ということになります。そこから成長と共に訓練を積んだり、過酷な自然環境に適応するために強くなっていき、紋章の色が変化します。まあここに書いた感じで『レベルが上がっていく』という風に捉えると一番分かりやすいのではないでしょうか」


「レベルが上がっていく……。お、おい、堕天使! 今の俺のレベルとかも分かるのか!」


 俺の腕に刻まれた紋章は生まれた時からずっと白色のままだ。

 もしも彼女の言うことが正しければ、この五年間訓練した成果として、俺のレベルはかなり上がっているはずだ。


「はい。分かりますよ。ええと……クロさんのレベルは5です」


「…………」


 レベルが、たったの5?

 田舎の村を飛び出して、ギルドに入隊して、血反吐を吐く思いで五年間も訓練してきて――。

 ――それでもたったの、5?


「あ、落ち込んでる。ちなみに、全国平均でいうと、赤子が1なのは分かると思いますけれど、成人男性は20、成人女性が15、ギルドに入隊するくらいですと、そうですね……80くらいが普通みたいです。さっきの料理に入れた緑スライムが最弱のモンスターなんですけど、それでもやはり80はありますかね」


「…………」


 スライムが80だったら、俺が倒せなくても無理はない。

 確かに俺はただの一度も、奴らを倒せたことが無いのだから。

 あ、なんか涙が出てきた。

 ホント冒険者を辞めて良かったって、心から思える。


「――と、まあ、ここまでは・・・・・今までの・・・・強さの常識の・・・・・・説明でした・・・・・。それが、私の逆転魔法によって変わっちゃったんですけどね。あー、なんか説明してたら眠たくなってきちゃいましたよぅ。明日は早いんですよねぇ? あの邪竜神が倒されるのも時間の問題でしょうし、朝起きたらちゃんと約束を守って下さいね。大きな声で、空に向かって、例の合言葉を言ってくださいよぅ? 『大天使ルールー様! 願いを叶えて下さって、本当に本当に、ありがとうございますー! 神! ルールー、マジ神!』ですからね。じゃ、私は寝ますね。ベッドは私が借りますので、クロさんは床で寝てくださいね」


 そう言った堕天使はさっさとベッドに歩き、幸せそうな顔で横になってしまった。

 ……ちょと待て。逆転魔法? 強さの常識が変わった?


「おい、ちょっと起きろよ! まだ寝るんじゃない!」


「何ですかぁ。私はもう眠いんですよぅ。……あっ、もしかして同じベッドで寝たいとか言うんですかぁ? ダメダメ、ぜーったいに駄目ですぅ。いくら私が魅力的な大天使だからって、人間と交わったらそれこそオーディウス様に叱られて天界に戻れなくなっちゃいますから。クロさんも年頃の男子ですから、気持ちは分かります。でも、そこは耐えて下さいね。貴方は人間。私は天使。好意は受け取りますけれど、いずれ破局する愛にすがってはなりませんよ」


「ひとっっっことも、そんなこと言ってねぇから!! 『強さが逆転』ってどういうことか説明しろって言ってんだよ!!」


「あーーー、うーーー、やーめーてーくーだーさーいぃ」


 いくら揺さぶっても起き上がらない堕天使。

 

 ――そんなこんなで、いつの間にか夜が明けてしまいました。




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