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01 逆転魔法

 ――『強さ』とは、絶対だ。

 弱肉強食の世界で生きていくには、強くなるしかない。

 しかし庶民の子として生まれた俺には何の力も備わっていなかった。

 巨獣を倒す力も、魔術を操る力も無い。

 丸五年も冒険者をやってきて、未だに俺の腕に刻まれた紋章は白色――つまり『駆け出し冒険者』のままだ。

 他の奴らはどんどん強くなっていくのに、俺だけが取り残されていく。

 きっと才能が無いのだ。努力なんて無意味に等しい。


 ――もうやめにしよう。

 今回の大規模演習を終えたら、俺は冒険者をやめる。

 田舎に帰って庶民らしい暮らしをしよう。

 それが俺の運命なのだから――。


「おい、クロ! 遅せぇぞ! 荷物を運ぶのにどれだけ時間が掛かってんだ!」


 遠くのほうから怒鳴り声が聞こえ、俺は考えるのをやめた。

 睨みを利かせつつこちらに向かって来るのは、中級冒険者のカイトだ。

 俺の故郷の村の隣にある上流階級が住む街の出身で、両親は共に上級冒険者という、俺とは生まれも育ちも違うボンボンだ。

 このギルドに配属になってからというもの、なにかと俺に突っかかってくる厄介者でもある。


「あー、悪い悪い。ちょっとこの荷物、重くて――」


「あぁ? 重い? そりゃお前が非力だからだろうが。ったく、なんで俺がこんな奴の面倒を見なきゃなんねぇんだよ。リーダーの命令だから仕方ねぇけどよ……」


 ぶつくさと文句を言ったカイトはギルドに配給された食料を運ぶのを手伝うわけでもなく、台車の上に乗りニヤニヤとしたまま俺を眺めている。

 ……また始まった。

 次にこいつが言い出すことは大体想像が付く。


「お前さぁ、自分の名前とか恥ずかしくない? 『駆け出し冒険者』なのに『クロ』なんて、お前の親は一体何を期待してそう名付けたんだろうな。っていうか、庶民の分際で冒険者になろうってのが、そもそも間違いだとか思わねぇ?」


 俺は何も答えず、このクソ重い荷物を運ぶ。

 『クロ』。つまりカイトが言っているのは紋章の色のことだ。

 この世の命ある者全てに備わっている紋章。

 それは『強さ』によって色分けをされている。

 最も弱い者は『白』であり、最も強い者は『黒』。

 世界最強の種族である竜族の神も、その額に黒の紋章が刻み込まれている。


 弱肉強食の世界を生き延びるため、人間はギルドを作り、紋章ごとにクラスを分類した。

 俺のように白の紋章が刻まれた冒険者は『駆け出し冒険者』と呼ばれ、橙色は『初級冒険者』、赤色は『中級冒険者』、銀色は『上級冒険者』として登録される。

 今俺が所属している中東支部のギルドリーダーの紋章は金色だ。

 この色の紋章が刻まれている人間は数えるほどしかいないらしい。

 そして黒色の意味することとは――。


「リーダーのバルバトス様でさえ、金色の紋章の『覇級冒険者』だぞ? 黒色っつったら『神王級』じゃねぇか。そんなん邪竜神くらいしかいねぇだろうし、そんな化け物と同じ紋章の色を名前に付けるって、なんて言うか、ホント馬鹿だよなぁ。お前の親は馬鹿だわ、馬鹿」


 一向に前に進まない俺を後ろから見て冷やかすだけのカイト。

 この膨大な食料を決められた時間までに運び終わらないと、俺だけじゃなくて自分まで説教を喰らうというのに、何を余裕ぶっているのだろうか。

 というかお前が食料運搬係のリーダーで、俺と二人で運ぶことになっているだろうが。

 ぶつくさ言う前に手伝えっつうの……。


「お、それ旨そうじゃん。ちょっとくらい味見したってバレないよな」


 大量の食糧が入った大箱から大兎肉の燻製を見つけたカイトは台車から降り、こちらに駆け寄ってくる。

 そして周囲を見回してナイフで三分の一ほど切り取り、そっと胸に仕舞い込んだ。


「リーダーに言うんじゃねぇぞ。じゃあ俺は先にテントに行ってるから、さっさと運び終えちまえよ」


 それだけ言い残したカイトは森の中を軽い足取りで進んで行った。

 一人取り残された俺は深く溜息を吐き、残された大量の食糧を運ぶために再び台車を引く。

 森の中とはいえ、すでに中東支部のギルドメンバーは演習場に到着しているので足場はそんなに悪くない。

 地面に残された足跡をたどれば、じきに目的のテントに到着するはずだ。


「問題は……この荷物を俺の力で運び終わるか、なんだけど……。はぁ……」


 さっきから少ししか進んでいない……。

 本当にもう、今回でやめにしよう。

 カイトの言っていることも決して間違えていないから、俺は何も言い返せないのだ。


 ――俺は、冒険者に向いていない。


ゴゴゴゴゴ…………。


「……ん? 何だ、この地響き……?」


 突如、森の周囲に津波でも押し寄せてきたかのような重低音が木霊した。

 いやいや、ここは山の中だぞ?

 山崩れが起きるような急な斜面も無いはずなんだけど――。


 俺はふと、木々の隙間から空を眺めた。

 まだ日が高く、夕暮れまでには時間がある。

 なのに、急に空が闇に覆われた。


「え……? ええ……? えええええええええええええ!?」


 闇の正体は、山よりも大きな、黒い竜だった。

 俺の叫び声は重音にかき消され、口を開いたまま俺は尻餅を突いた。

 あれは……本で見たことがある。


 ――邪竜神。この世界で最強の竜の神。


「ちょちょちょ、ちょっと待って……! あの方角にはテントが……!!」


 早く皆に知らせないといけないのに、恐怖で足がすくんで動くことが出来ない。

 本当にもう、自分が情けなくて涙が出そうになった。

 あれだけの音だ。きっとカイトも気付いている。

 もしもあれ・・に襲われたら、中東支部のメンバーでさえ生き残るのは難しいかもしれない。


 ――逃げよう。もうここが潮時だ。

 俺が皆の元に駆けつけたって、足手まといになるのは目に見えているじゃないか。

 死んだら、何も残らない。

 俺の人生はこれからなのに、何もできないまま死ぬのは御免だ。

 

 ――誰か、助けてくれ。

 何も出来ない俺の代わりに、皆を助けてくれ。

 力なんていらないから、俺は一生弱いままでも構わないから。

 だから、俺の代わりにみんなを――!


『はいはーい! その願い、叶えちゃいまーす!』


「…………へ?」


 急に女の子の声が聞こえ、俺は周囲に視線を向ける。

 しかし、当然誰もいない。

 ……ヤバい。邪竜神が襲ってきたせいで幻聴まで聞こえるようになってしまった。


『こっちこっち! どこ見てるんですかー! 上ですよ、上!』


「……上?」


 俺は言われるがまま、先ほど邪竜神が通り過ぎた木々の隙間に顔を上げた。

 そこには…………何故か、パンツが、あった。


「あ、ちょっと! みみみ見ないで下さいー! 降りるから! 降りるまでタンマ!」


「…………」


 喋るパンツ、いや、スカートを穿いた女の子が空からゆっくりと降りてくる。

 俺の真上に浮かんでいたのでパンツしか見えなかっただけというわけだ。

 ……。

 …………。


「どうして浮かんでんだよ!! 何!? 魔女!? 邪竜神の使い!?」


 パニックに陥った俺は曲刀を抜こうと腰に手を当てる。

 その瞬間に勢い余って鞘を固定していたベルトが外れ、曲刀はブーメランのように飛び、後ろの木の高い場所に突き刺さった。


「あっ、俺の剣……! くっそ、届かねぇ……!」


 手を伸ばしても飛び上がっても木に突き刺さった曲刀までは手が届かず。

 諦めた俺は後ろを振り向き――。


「ドジですね」


「うわ、近……っ! ビックリした!」


 謎の魔女は俺のすぐ後ろで頬杖を突き、下から俺を見上げていた。

 とりあえず俺は一つ咳ばらいをし、彼女に問う。


「……コホン。おい、そこの魔女」


「魔女ではありませんよぅ。大天使ルールーです」


「…………」


 ゆっくりと起き上がった少女は、その場でクルリと回ってみせた。

 見たこともない白いドレスのような物を着た女。長い髪はリボンでまとめている。

 ……見るからに怪しい。絶対怪しい。

 魔女には見えないが、自分を『大天使』とか名乗る奴にまともな奴がいるわけがない。


「貴方は今、『助けて』と言いましたよね? 大丈夫、何も言わなくても私には分かります。あの邪竜神から、仲間を守りたいのですね? お任せください。ちゃちゃっと倒してやりますから。そこで相談なのですが、あの邪竜神を倒した暁には、大きな声で天に向かって『大天使ルールー様! 願いを叶えて下さって、本当に本当に、ありがとうございますー! 神! ルールー、マジ神!』って叫んで下さい。それが条件です。良いですね? もう一度言いますよ?」


「あ、ちょ、ちょっと待って! え? 何を言っているのか、さっぱり分からないんだけど……!」


 途中で何度も質問しかけたんだけど、全然間に入らせてもらえなかった……。

 どうしよう。本当に頭がおかしい奴みたいだ。関わらないほうが身のためだろう。

 それよりも、おかげで目が覚めた。

 早くバルバトス様に報告に向かわないと……! もう遅いかもしれないけど……!


「ああっ! ちょっと、何処に行くのですかぁ! 私の話をちゃんと聞いて下さいよぅ!」


「おい、放せ! 服が伸びるだろうが! 今は時間が無いんだよ! お前も見たんだろう? 邪竜神が仲間の元に向かおうとしてるんだよ!」


「だーかーらー! 『助ける』って言っているじゃないですかぁ! 今さっき言った条件を飲んでくれさえすれば、今すぐにあの邪竜神を倒しますからー! だから腕を振り払おうとしないで下さいー!」


 どれだけ振り払おうにも、腕に爪が喰い込むくらいの勢いで掴みかかってくる頭のおかしい少女。

 ……というか、こんな女の子の腕もひっぺ剥がせないなんて、俺はなんて非力なのだろう。

 あー、もうホント冒険者なんて辞めてやる!!!


「うるさい、放せ!! あの邪竜神がお前みたいな奴に倒せるわけがないだろうが! できるモンならやってみろよ! 倒せたらいくらでも感謝してやるさ!」


「……ピクリ。言いましたね? 今、あの邪竜神を倒したら私に『感謝する』って、確かに言いましたね?」


 急に腕を離した少女は、何処からともなく取り出した杖を振り上げ目を瞑った。

 そして何やらブツブツと呟いている。


「……おい。何してんの」


「お静かに。今、魔法を詠唱中です。あの邪竜神を倒し、貴方に心から感謝されれば、私のミッションはコンプリートなのです。ここまで……長かった。主神オーディウス様の命により地上に左遷されましたが、人間の願いを一つでも叶えることができれば、私は天界に戻れるのです。それなのにこの世界の人々は、私の姿を見るなり叫び声を上げて逃げる者もいれば、何ひとつ話を信じず私をそのまま何処かに連れて行き、そこが病院であったこともしばしば。ならばと思い、病人を治してあげると言ったら、余計なことはするなと医師に叱られ、挙句の果てに不審者扱いをされた私は、街を追い出されて食べる物にもありつけず……うっ、うっうっ……」


 魔法を詠唱中のはずの少女は、辛い過去でも思い出したのか急に泣き出してしまった……。

 なんか聞いているだけで俺まで心苦しくなってくる……。


「それもこれも、今日で終わりです! 辛い過去も、流した涙の数だけ成長できると考えれば、前に進めますから! オーディウス様、見ておいでですか! 今まさに、私は人間の願いを叶えようとしております……! 左遷の件は、これでチャラになりますよね! 聞いてますか、オーディウス様ぁ!」


「……大天使が左遷って、それって『堕天使』ってことなんじゃ」


「誰が堕天使ですかああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 あっ。地雷を踏んだっぽい。

 魔法を唱えながら、すっごい顔でこっちを睨んでいる。叫んでいる。

 これ……魔法、大丈夫なんだろうか。


「……え? あれ? ……おや? ええと、うーん、あー……間違った」


 何やら急に不穏なことを言い始めた少女。

 間違った? もしかして、魔法を?


「あー、ああー、ごめんなさい。詠唱中に色々と喋ってたら、その、違う魔法を唱えたっちゃみたいで」


「…………」


「ああ、違うんですぅ! そうじゃなくて、間違っちゃったんですけど、邪竜神は倒せないんですけど、それでも別にいいかなーっていう」


「良くねぇよ!!! お前、何してくれてんだよ!!!」


 俺は頭のおかしい少女を怒鳴りつけ、テントの方角に駆けだしていった。

 一体何なんだ! あの女は!!

 これで仲間が全員死んでたら、あの女を裁判所に連れて行ってやる!!


「あ、ちょっと! 逆転魔法が・・・・・掛かってるから・・・・・・・気を付けて下さいねぇ・・・・・・・・・・! ……あ、良いのか。気を付ける必要が無いのか……? うん……?」


 何やら後方で女が叫んでいたが、俺の耳にはもう届かなかった。



 ――しかし、彼女との出会いが俺の運命を大きく変えることとなったのは、言うまでもなく。




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