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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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お人好しのあがき


 考えるから時間をくれと言ったら、優吾に嫌だと言われた。嫌ってなんだよ。

 だがさすがに一週間以上も仕事を休んでるらしいから、行くようには言ったよね。本当、なんでそういう所だけアホなんだろうか、あいつは。

 だけどまあ。私もヤツに甘いのは認めるしかない。居なくならないでと言う優吾の言葉に、正直に言えば絆された。


「私って、お人好し?」


 独り言に近いそんな私のつぶやきに、レジカウンター横にある作業台で小物の袋詰めをしていた瑠美ちゃんが、私の方を向いて目を丸くして見せると小首をかしげる。


「え? お人好しと書いて春乃さんと読むんじゃないの?」


「誰がお人好し代表だ」


 失礼な子だよまったく。


「でも彼氏が追いかけてくるとか。愛されてるじゃん」


 瑠美ちゃんの横で袋詰めを手伝いながら、西城さんまでケケケッと笑っていた。


「まあ『元』ですけどね」


「いやいや。でもさ、やり直したいって追いかけてくるのは本気って証拠じゃん? それに自分から出て行った女を追いかけるってかなり勇気が要るよ? 心身ともに宮島ちゃんじゃないとダメってことなんでしょ」


「どうなんだか」


 私の代わりなんていくらでもいるし。

 そう考えてしまうと、まるで私が拗ねてるみたいで、なんかちょっと……うん。

 いまだに『どうしよう』という考えから抜け出せないせいで、まだ優吾の言動にどう反応すればいいのかわかっていないのだ。疑いだせばきりがない。

 もう契約はない。だから、余計にどうしたらいいのかわからない、のかもしれないけど。

 だけど『どうしよう』と思うこと自体、私が何かを期待していた証拠になるのかなぁ?


「でもいいなぁ。オーナーの息子さんなんでしょ? オーナーってすっごい美人だから、きっと息子さんもイケメンだよね? 夏希さんは見たことある?」


「んにゃ。ないね。でもマネージャーが言うには、相当『美しい』らしいよぉ? 『美しい』だよ? 男にたいして使われることが少ない言葉だし、めっちゃ強面だけどイケメンのマネージャーかそう言うんだから、いい意味で期待を裏切る美しさじゃないかと私は想像してるな」


「はわぁ~。『せか広』の奈宮くんとどっちがイケメン?」


 なんて、瑠美ちゃんが目を輝かせて私に聞いてくるものだから、思わず真剣に悩んでしまった。

 ちなみに『せか広』と言うのは『この広い世界で』と言う、人気乙女ゲーのタイトルの略称だ。そのメインヒーローが『奈宮なみやアギト』と言うイケメン君だったりするが、あっちは二次元だからなぁ。


「うーーーん」


 アギトはヒーローらしいヒーローだし、優吾は確かに美人系だよなぁ。比べるにしても方向性が違いすぎる。


「迷うのかよっ。二次元と三次元を比べてやるなお嬢さん方よぅ」


「でも迷うくらいイケメンなんだぁ。いいなぁ」


 瑠美ちゃんはそう言って、嬉しそうにキャッキャと跳ねる。そう言えば、瑠美ちゃんはアギトが本命だったわ。ちなみに私はそのアギトの親友の『北条ソアラ』という癒し系男子が好きだったりする。っ


「リアルに恋しろ乙女ども」


 なんて西城さんが呆れたように笑うが。


「ある意味リアルは別腹だよねー。春乃さん」


「間違いないな。三度の飯より妄想だよ。これぞオタクたる所以」


「このオタク共が」


 それも踏まえた上で、私を愛してくれるリアルな男のなんと貴重なことか。

 あ、自分でリアルな男の貴重さを実感してしまった。

 そう言えば。この間、蛟さんに跪かれたときのことは、彼が大げさに表現したからと言うことで押し通した。おかげで優吾が私の家に来たことやオーナーの子供、つまり奏さんの息子だという説明までさせられる羽目になったが、まあ、それは仕方ない。






 結局のところ、私の『離れる』という計画は、失敗した。と言うことだ。

 優吾との生活に戻したわけじゃないし、私が今、住んでるアパートもそのままで、仕事も続けてる。

 変わったことがあるとすれば、優吾と一緒に暮らしていた時に使っていたスマホを返されて、今はそっちを使っていることや、時々、優吾や要さんたちがアパートに来るくらいだろうか。

 それにしても、新しく買ったスマホがいくら探しても見つからないと思ったら、私の知らない間に優吾が持って行ってしまい、おまけに勝手に解約までされてしまっていたらしい。あのやろう。まあ、解約金は全額あいつが払ったらしいからいいんだけどさ。

 あとは、雅臣さんや奏さんと一緒に出掛けることが増えたことだろうか。

 隠す必要がなくなったので、奏さんはまあ嬉しそうに私を昼食や夕食に誘いに来る。私としても断る理由がないからいいんだけど。

 多少の変化はあったけど、いろいろ考えると、あんまり変わってないような気もするのだ。

 結局は優吾からも駒百合からも離れられなくて、私がきちんと食事をとってるか心配だからと、要さんたちが時々、私の様子を見に来てくれて。ついでに食事も用意してくるあたり、さすが優秀な従者たちだ。

 だから、生活環境は変わったのに、私は独りになっていないことが不思議でならなかった。

 あの人たちだって十分にお人好しだと思う。赤の他人の私のことをいつまでも気にかけてくれて、まあ優吾が私に執着してるっていうのが一番の理由かもしれないけど。

 流されたくないとも思ったし、不安を拭えたことはないけど、曖昧でなあなあだった契約中よりも、縛るものがなくなった今の方が、はるかに私は寂しさと幸福を感じられていると思う。

 本当に不思議だよなぁ、としみじみ思う頃には、優吾が最初に私のところへ来てからひと月が経とうとしていた。






 真冬は本当に寒くてかなわない。昨日バイト帰りに降り出した雪は、今朝にはすっかり路面を白く染めていた。


「今日が休みじゃなかったらきっと泣いたな。私」


 窓の外を眺めながら、いまだに止まない雪に明日のことまで心配になってくる。


「もうこれ、帰るの面倒なんだけど」


 テーブルに顎を乗せ、優吾はダルそうにテレビの天気予報に向けて、ため息をはいて見せた。

 このまま引き続き明日も雪のようだ。


「夕べは泊めてやったけど、今日は帰ってください。てか、着替えもないじゃん」


 うちにはお客様用の布団などない。なので、優吾が昨日どうやって寝たのかはご察しだ。一緒に寝たんだろうって? んなわけないでしょ。毛布を二枚ほど優吾に渡して私は先に就寝しましたとも。ええ。後のことは知らん。

 優吾がうちに泊まった理由? 帰りたくないとわがままを言い出したので、仕方なくだ。


「本当にそれ。でも、男物のスエットがあることに僕は深く感謝してる所存です。ちょっと小さいけどね」


「無駄にお前がデカいんだ。サイズは普通だからね?」


 主に縦方向にデカいものな。

 私は話もそこそこにキッチンに立ち、お湯を沸かしてコーヒーを二人分入れる。もちろんインスタントですよ?

 優吾の前にカップを置いて、私も優吾の向かい側に座り、カップに口をつける。


「背だけじゃないよ? 大きいの」


 優吾はそう言うと、まったりと笑みを浮かべながらカップをもって口を付けた。


「ほう? 『何が』大きいんですかねぇ?」


「そりゃ君が大好きで、すっごく欲しいものだよ」


「私の欲しいものを知ってるんだ?」


 これで下ネタぶっ込んできたら殴ろう。


「だって、僕も欲しいからね」


 優吾も欲しい? 本当になんだろう?


「焦らしてます?」


「そう言うわけじゃないよ。でも、分かるだろ?」


 優吾はそう言うと、じっと私の目を見つめる。いや、分かんないって。そう思って首をかしげる私に、優吾は小さく、おかしそうに笑った。


「僕の胸を切り開いて君に見せてあげられたら、きっと信じてもらえると思うんだよなぁ。君が欲しくて僕が欲しいモノを、きっと僕たちはお互いに持ってると思うんだ」


 優吾の言葉に、私の胸が小さく音をたてる。


「そう言えば、ご飯どうする?」


 私は自分の持っているカップの中身をのぞき込んでそう返していた。

 だって、優吾が何を言いたいのか、分かった気がしたから。なんか、恥ずかしくて、居た堪れない。


「夕べ、キッチンの戸棚にカップ麺を発見したからそれでいいんじゃない?」


「いいのかよっ!?」


 なんか作ってとか、ねだられるかと思った。


「そもそも僕はあんまり食にこだわりないから。大事なのは『何を食べるか』じゃなくて『誰と食べるか』だよ」


「家に帰ればあったかくておいしいご飯が用意されてるじゃん」


「要が作ってくれるからね。でも春乃が居なくなってからは、夕食はいつも一人だね」


「それ、私に対しての嫌味?」


「そうじゃないよ。圭介と付き合っていた時もよく一人で食べてたから、前のように戻っただけ」


「実家暮らしじゃなかったの?」


 そう言えば、優吾の過去のことをほとんど本人から聞いたことはないなと、不意に私は思い出した。


「大学に入るときに一人暮らしをはじめてから、今までずっと一人暮らしだったよ? 圭介にも同棲しようって言われてたけど、ほら。僕の様子を見に要たちが来るし、両親も来ちゃうからね」


「あー。西園君とイチャイチャしてるところなんて見られたら、なんか穴掘って埋まりたくなるよね」


「それね。情報としては知っていても、本物を見るのとでは衝撃が違いすぎるでしょ? 母さんに見られたら絶対に泣かれるよ。あの人はなんだかんだ言ってお嬢様育ちだし」


「ああ、奏さんってそんな感じはする。でも、息子を理解しようと頑張ってるじゃん?」


「そうだね。だから僕は両親にとても感謝してるんだ。二人が望むように孫の顔も見せてあげたい。だけど適当な女性と結婚なんてしたくないんだよ。君以上に愛せる人も見つけられる気がしない」


「人生も出会いも人の数だけ存在するんだよ?」


 なんでそんなに私なんだろう? 世の中の人間の半分は女だぞ? 変わり者や変人だってきっとたくさんいる。私じゃなくても条件を満たせる人間は絶対に居ると思う。

 そりゃこうして会いに来てくれることや、私がいいと言ってくれるのは素直にうれしいと思う。だって、私のマイナスな部分も知っていてそう言ってくれるんだから、そりゃ嬉しいに決まってる。

 だけど、素直に彼のことを受け入れるってのは……。


「僕は春乃がいいの。あるだろ? そう言う勘のようなもの」


「うーん。ないとは言わないけど」


「だから結婚して」


「だからってなんだ。流れるように求婚するんじゃないよ」


 色気どころか雰囲気までまるでミスマッチなんだよ。


「だって、雰囲気を作ったところで春乃が自らぶち壊すでしょ」


「やだ、バレてる」


「一年の付き合いは決して短くないってことだね。だけど、僕としてはもう手詰まり状態なんだ。どんな餌で釣っても、春乃に『YES』と言わせることができないんだもん」


「あーーうん。そうね」


 食べ物も贈り物も効果はない。守られない約束もする気はないし、情に絆されるのも一回限りだ。だから、私は引っ越しを止めたんだから。

 じゃあどうすれば、私が優吾の言葉を素直に信じるのかなんて、私自身が一番知りたい。

 私たちはそのまままたテレビへと顔を向けた。

 天気予報はとっくに終わっていて、他の番組がやっているけど、特に興味を引かれるようなものではなくて、ただのBGMと化している。


「一人でいることはわりと嫌いじゃないんだ。子供の時から両親は忙しくて家にいないことも多かったし、要たちも僕の邪魔をしないようにと必要以上にそばにいることはなかった。まあ、家には誰かしら居たからまったくの一人ではなかったんだろうけど」


 ふとつぶやくように、そう優吾は口を開いたが、顔は相変わらずテレビを向いたまま。


「今思うと、寂しかったんだろうとは思う。自分の家がどんな家かって言うのを小さい時から教えられてたせいもあるかもしれないけど、誰かにそばに居てほしいなんて、わがままは言えなかったんだよね」


 優吾はそう言うと、あきらめたような顔で口元を笑みの形に歪めて見せる。

 昔の話を優吾本人から聞くのは初めてじゃないだろうか。

 子供の時は、やはり寂しいと思うこともあったんだなぁと思うと、なんだか聞いてる私が複雑な気分になる。


「そもそも両親や要たち以外の人間を簡単に信用してはいけない立場でもあったし、人の内面の恐ろしさが見えてくると、いろんな感情に苛まれて口を噤んでしまうしかなくなったんだよ。そう言う意味では、圭介でさえ、信用できていなかったのかもしれないね」


 そんなことはないよ。と、ただ言葉を吐き出すことに、何の意味もないんだろうと思うと、私は何を言っていいかわからない。


「だからさ。春乃と一緒に暮らした時間が、僕には何よりも特別だったんだ」


 そう言って優吾は私に顔を向けて、気をぬいたような笑顔を見せた。


「護衛もなく、家族も監視もなく、ただ一緒に暮らして、当たり前のように『おはよう』と『お休み』を繰り返し、ご飯を食べて、一緒に遊んで、くだらないことで怒って、笑って……そんな当たり前な日常が、僕は――何よりも恋しいんだ」


 優吾は私に手を伸ばし、恐々と私の手を握った。


「僕にそんな当たり前な日常をくれる春乃を愛してるんだ」


 優吾はそう言葉を締めくくると、私の手を強く握りながら、小さな箱を取り出し。


「だから、僕と家族になって」


 そう微笑みながら私の手に小さな箱を乗せた。

 小さな赤い箱の中に何が入っているかなんて、見るまでもない。


2021/8/17 誤字の修正

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